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ゴミヤ

「うわっ、地面がベチョベチョ。キモチワルイ」


 車から降りた瞬間に小さな悲鳴。


「後部座席に長靴があるぞ」


 あるといっても一足だけ、しかもヴィヴィが使うには大きすぎる。

 試しに履かせてみたが、歩くと長靴だけがドブに奪われて足だけが抜けてしまった。

 ヴィヴィは小さなスニーカーを履いていたが、ドブまみれのここだと、一瞬で泥の中にドブが入り込む。

 そこで買い物リストにヴィヴィの長靴を追加した。

 ヴィヴィはそれまでの間、今まで通りスニーカーで過ごしてもらう……少しの我慢だ。


「最初に長靴を買うか?」


「うん」


 使うものだから最優先だ。

 確かゴミヤの東の方には衣類や靴がよく売られている場所がある。

 そこで買えば良いだろう。

 その他にも服を何着か……いや、何着も買う必要がある。


「てっきりゴミヤって、お店の名前かと思った。でも屋台だった」


 小さな小屋がドブの上にポコポコと幾つも建っている。

 これらの建物は私が住んでいる家以上にオンボロだったり、造りが簡素だったりする。

 雨風すら防げないような建物だが、ここにはナント人が住んでいる。

 店舗兼住宅なのだ。

 ゴミヤもパラサイトと同じような集団であり、似たような考えを持つ人間が集まった結果、自然発生した集団、そして建物群である。

 ゴミヤはアークのような裕福な団体から不要な在庫品や中古品、果てにはゴミを買い取り、それを他の場所に売って生計を立てている。

 どうしても売れない物は分解してパーツ単位や素材単位で売ったり、場合には自分で使ったりする。

 ここの建物群も売れ残りで造ったものばかりだ。


 集団が変われば状況も変わる。

 パラサイトは同じ場所に住み、同じ意思を持っているが、基本的に互いの交流はしない。

 ゴミヤはパラサイトとは異なり、仲間同士で深いネットワークを結んでいる。

 互いに協力し合って生活しているのだが、それでもパラサイト以下の生活を続けざる負えない。

 ここに来ると毎回、「一日三食も食えるだけマシか」と私は思うのだ。


 建物の作りは劣悪だが、建物が建つ環境も劣悪だ。

 何がどうしてこうなったのか知らないが、地面はドブである。

 そこに鉄板を敷いて基礎とし、その上に無理やり家を建てている。

 泊まったことは無いが、快適な住まいではない事は容易に想像がつく。

 そして彼らが売り買いしているのはゴミだ。

 在庫品や中古品ならともかく、完全なゴミも食料品なら肥料として、家電なら金属やプラスチックとして売り買いしている。

 ゴミヤの町を西に進むと廃材処理に使っている場所があり、そこでは毎日休みなく黒々とした煙を吐き出している。

 こんな場所に一日いると煙で目と喉をやられるし、オマケに悪臭で鼻もやられる。

 靴越しとは言えドブに浸かる感触も最悪だが、こんな場所を現地の人はサンダル……場合によっては裸足で歩く。

 広がるドブではドデカイ虫や鼠も平常運転でテッテケ走っている。

 間近で見ると気分を害するので、見かけたとしても視界や思考に入らないように努力する。


 劣悪なのは地面ばかりではない。

 ゴミヤでは物を解体したり、逆に建物などを作ろうとしており、あちこちで溶接作業が行なわれている。

 気を抜かして歩いていると溶接の火花を直接見るハメになる。

 あの光を見ると数分は他の物が見えなくなってしまう。


 この通り、正直、人が住むような場所では無いが、ここに住んでいる人が大勢いるのだ。

 広さも人口もパラサイトよりもウンと大きい。

 そんなゴミヤに存在する衣類市場に向かうためには、機械市場を通る必要がある。

 家電も売っているが、マトモに動いてくれるものは少なく、ジャンク品扱いである。

 技術を持った店主なら直してくれる事もある。

 私は機械を使うことができても、修理やメンテナンスまではできないので、修理を依頼するためにゴミヤに持ち込む事がある。


 今回、機械の類いを買う予定は無いが、車の燃料は機械市場で売られていることが多い。

 燃料を買う訳だが……その量はポリタンクを四つ。ポリタンクそのものは軽いが、満杯にするとヘビーなタンクになる。

 中身の入ったタンクは持ち運びが大変なので買うのは最後だ。


 そんな事もあり、機械市場は通り過ぎて最初にヴィヴィの服を買おうと思っていたのだが、ヴィヴィは言うことを聞いてくれなかった。

 ドブ道をグッチャグッチャと音を立てながらスキップし、ドブを撒き散らして進む。

 初めはドブがキモチワルイと話していたが、ドブに慣れ、そして機械の類が珍しいらしいのか、店先で売られている機械にチラッと目線をやっては、またスキップを始める。


「機械を見た事ないのか?」


 アークは技術者団体なので機械だらけだ。

 本部のあるベルリンに来る度に新しい機械が動いている。機械など、珍しくもないはずなのだが……


「機会は見たことあるけど……コレって機械のパーツじゃないの?」


 ヴィヴィが指差すのはジャンク品を寄せ集めて作った新品のコンピュータだった。

 新品とは言え、かなり汚れている。どうやら分解されたり古かったりするとヴィヴィは機械として認識してくれないらしい。

 最新技術を押し出すアークのドールズはオンボロ機械に厳しい人間であり、新品しか使わない。

 古い機械を部品呼ばわりするのも無理はない。そういえば機械とその部品の境界ってなんだろうか? ちょっと気になる。


 その後も機械市を歩いていると目的の物の一つを見つけた。

 まさかここで見つかるとは思いもしない。機械やその部品が並ぶ軒先に長靴が売っていたのだ。

 大人向けの黒い長靴でヴィヴィには大きすぎるが、もしかすると店の中に子供向けの長靴があるかもしれない。


 その店の店主には見覚えが有った。

 五十程の男で、白髪と白髭がやたらと目立つ。一度見たら忘れない容姿だ。彼は五年ほど前からゴミヤとしてここに住んでおり、私も何度か車や発電機などの修理を依頼した事がある。ある程度は信頼できる男だ。


「おや、たまに来る兄ちゃんじゃねぇか、いつの間に子供が出来たのか?」


 店主も私と同様で私の顔は覚えていた。私の事を兄ちゃんと呼ぶあたり、名前まで覚えているかは怪しい。


「自分の娘ではない。訳があって預かることになった」


「そっかい。兄ちゃんパラサイトだったよな。そっちも大変やな」


 察しの良い店主だ。少なくとも幸せな家族の追加ではないという事を即座に見抜いた。


「コイツの長靴が欲しい。ここに子供向けのサイズはあるか?」


「ちょっと待っていろ。奥に行ってくる」


 店主は奥に引っ込んだ。

 この店は一応、機械の類が多いが、改めて店を見渡すと作業用の工具や服も売っている。

 先ほどの長靴も滑り止め加工された物だった。

 作業用ならともかく、雨天用……それも子供向けの物はあるのだろうか。


「嬢ちゃん。これならどうだ?」


 店の奥から戻ってきた店主が声をかけてきたのは私ではなくヴィヴィであった。

 店主の手には黄色の長靴、ちゃんと子供用の物だった。

こんな油臭い店に可愛らしい長靴が置いてあるとは意外だ。


 ヴィヴィはドブだらけになったスニーカーを脱ぐ、靴下も同じくドブだったのでこれも脱いで素足になった。

 私が持ち合わせていたタオルを渡すと、ヴィヴィはそれで足を拭いた。

 匂いは残ってしまっているだろうが、引っ付いている泥は取れた。

 家に帰ってシャワーを浴びる時はヴィヴィに足の指をよく洗う事と言っておこう。


 泥を取り除いて、ようやく長靴を履いた。サイズはやや大きいが、まだ許容範囲内だろう。

 少なくとも私が履いている長靴よりは、大きさ的にもデザイン的にも良い。


「買うよ、いくらだ」


 ふむ、と店主は目を閉じてウヌンと首を動かして、そしてようやく口を開いた。


「いや、金はいらない。売り物ではないからな。タダで譲るよ」


「売りものではない?」


「……その長靴は娘のものだった」


 聞けば店主は昔、妻と娘で別の集団にいたらしい。

 農業を営む集団だったらしいが、五年前に水害が発生し妻が川に流された。

 残された娘と共に拠点を離れたが、移動中に疲労に食料不足も重なり娘も死んだ。

 店主は命からがらゴミヤの人間に助けられ、そして今に至るのだという。

 農作業用の機械を弄っていたので機械に詳しく、今はそれでゴミヤをやっているとの事だった。

 私と何処か似た境遇だ。私も母を失って彷徨った結果、パラサイトになっている。


「娘の形見なんて貰っていいのかよ。大切なものだろ?」


 店主がコレを売り物にはしたくない、だから無償で譲るというのはなんとなく理解できる。形見の品に値段を付けたくはない……思いは金に変換できないからだ。

 無償なのは納得できるが、その思いを手放すという行為が理解できない。


「辛いんだよ、それを見ていると娘の事を思い出す。妻の物は何も残っていないし、娘の物もそれだけだ。ひとつだけ残った形見の品、ひとつだけであるが故に余計に五年前のあの日を思い出してしまう。でも捨てることも出来なかった。このままでは過去をずっと引きずってしまう。」


 最後に店主は哀れだよなと付け加えた。


「これ、サイズが丁度良い。それに、ちょっと可愛い」


 大人の話など無関心だと決め込むヴィヴィが感情の篭っていない言葉で、感情の篭る長靴の踵をトントン鳴らしている。

 店主は何も言わずに笑顔を見せていた。


「代金は気持ちだけで良いか?」


 この発言自体が気持ちのつもりだ。


「仮に金を払うと言っても、気持ちだけで結構と言うさ」


 気持ちは見えないもの。だから伝わりにくい。

 それだからこそ、人は気持ちを物に込める。

 店主は気持ちを長靴に込めた。それなら私は何に気持ちを込めれば良いのだろうか?


「車に使う燃料はあるか?」


「少ないがある。80リットル程度だが……それで大丈夫か?」


「その80リットルを全部貰う」


「こっちは売り物、しっかりと代金いただくぜ」


 そうでないと困る。だって私は、この店の商品に気持ちを込めたのだ。

 商品を買うことで、長靴の恩を返すつもりだ。

 元々、燃料は重量があるので最後に買うつもりであったが、これは多少の予定変更だ。

 この程度は誤差の範囲で収まるだろう。 80リットルの燃料は相当な重さだ。私は一度車まで戻り、車を店の前まで移動させ、店の前で燃料を車に乗せるという方針になった。


 私はヴィヴィを店に置いて、車を持ってくるつもりでいたのだが、ヴィヴィは長靴の履き心地を試したいという理由でくっついてきた。


「もうちょっと、長靴で歩きたかった」


 車までの道のりは五分程度、長靴でドブ道を歩く時間も五分程度だ。

 私はこの五分を面倒で長く感じる時間であったが、ヴィヴィにとっては短く感じる時間だったようだ。


 店の前に車を止め、20?のポリタンクを四つ用意する。

 私が用意していたタンクは四つ、合計で80リットル入る。

 偶然にも店の在庫とピッタンコであった。

 店の裏手には私が持っているのと同じようなポリタンクが山済みにされている。

 どうやら、ここに燃料を保管しているらしい。

 この燃料は売り物でもあるが、自分で使う用途でもあるとの事だ。


 容器から容器に移し替えるまでには時間を要する。

 燃料に関しては店主に任せることにして、その間にヴィヴィの服を買う事にした。

 衣類関係の店は東側に多い。

 私は店から東に向かって歩き出す。ヴィヴィも当然、後ろを着いてくると思っていたが、素直に歩き出してくれなかった。

 車の中では歩きたいと言っていたのに、今は動こうとしない。


「どうした? 服を買いに行くぞ」


 声をかけるも私と顔を合わせてくれない。私は東に行こうとするのに、ヴィヴィは真逆の西を見ているのだった。


「あの煙は……お祭りかな? さっきから上がっているけど……」


 西側には黒い煙がモクモクと立っている。

 あの付近は廃材処理に使われる場所だ。

 ゴミを売るゴミヤだが、所詮はゴミなので売れ残りは当然出る。

 一部は住民が使うが、それでも使われないものは廃材扱い、ゴミ中のゴミだ。

 これらを焼いて灰にした物を、ゴミヤは再び売る……材料ごとに灰にしているので、ある灰は肥料に、ある灰は機械に使われる。最悪、舗装道路用の土にも使われる。

 ゴミヤに廃材という概念はあっても、廃棄という概念はない。


「環境に優しいね。見てみたい」


「現実は逆だったりするものだ。ホラ、服を買いに行くぞ」


 どうしてもヴィヴィは焼却施設を見てみたいと言うが、時間的な問題もあるし、何より私が行きたくない。

 だからヴィヴィを引きずっても服を買いに向かうのであった。


「確かに再利用ってのは、環境に優しいってのが常識的な考え方だな」


「うん、そう覚えた」


 何処で覚えたのかは知らないが、そこまでは聞かないことにする。

 どうせ学校とか、そんな答えが返ってくるだろう。


「でも現実はそんなに綺麗ではない。あの煙を見れば分かるだろ?」


 ゴミヤには何度も足を踏み入れた私でも、廃材処理地区には踏み入れたくない。

 治安が悪いわけではないが、体に悪いのだ。

 あの付近は特に煙や臭いがキツイ。

 普段よく見る機械だって、素材単位で見てみれば有害物質は多く使われている。

 ゴミヤではそれらの処理をバーナーによる融解や、工具や素手を使って無理やり分離させている。

 汚れを落とすのに使うのはドブ川だ。

 当然、廃材処理によって休みなく生み出される有害物質はゴミヤ一帯を包んでいる。

 ……完全に垂れ流しだ。それらを含んだ煙や食料が体内に入ると思うとゾッとする。

 これらをゴミヤの人間は危険と思っていながらも、それが日常であると思っているから不思議だ。

 煙や水による中毒は頻発しているはずだが、もしかすると中毒とさえ認識していないのかもしれない。


「じゃあ尚更、見に行かなくちゃ。あの煙も、この集団の一部だよ。ここに来た意味がないじゃない」


 ヴィヴィの言うのも一理ある。

 ゴミヤは多くの物を手に入れる事ができる反面、あの煙のように問題点もある。

 それらを全て把握する事で、少しずつでも良い方向に進めることが出来るのだが……。


「今日は買い物をしに来たんだ。観光をしに来たわけじゃない。あっちに行くのは、また今度な」


「今度って何時?」


「また買うものが出来た時だ」


「その時は買うだけで終わってしまうと思うんだけど?」


 バレたか……子供っていうのは変なところで大人以上の鋭さを見せる。

 これには参った。ヴィヴィには悪いが、煙に近づきたくないという私の思いも、その鋭い勘で察して欲しい物だ。


 あの煙がゴミヤを動かし、そして停滞させている煙である事は理解している。

 でも私は大人だ。だから悪いことは考えない。目を逸らして無視を決め込む。それが大人ってやつだ。

 人間は悪いと思っていても……悪いもの程、定着し、変えたがらない。大人となれば尚更だ。


「服を買いに行くぞ」


 私は話を逸らした……やっぱり大人は汚い。都合の悪いものには目を向けない。


「うん」


 そして子供は目を向ける。ヴィヴィは服が売られている東方向に足を向けながらも、顔は西方向、あの煙を見ていたのだった。


「服は一着でいいでしょ? 毎日洗えば……」


「天気が悪いと乾かす事ができない。何着か……いや、何着も買うぞ」


「まだ最後まで言っていない……」


 これから三年も私と一緒に暮らすのに、服が無いのは困る。

 ヴィヴィは要らないと言っても、私は構うのだ。

 ありがた迷惑と感じるだろうが、女の子らしく、なるべく可愛らしい服をたくさん来てほしい。

 私の持ち金では多くの服は買えないが、できる限りの贅沢はさせてやるつもりだ。

 結局、ヴィヴィは服に関して興味が薄く、サイズさえ合っていれば男物だろうが、女物だろうが関係ないらしい。

 下手すればサイズすら気に留めていないかもしれない。


 その証拠に服を買うのに使った店は一店舗のみであった。

 私としては複数の店を回ってヴィヴィの服を買いたかったのだが、ヴィヴィは一店舗だけで買い物を済ませた。

 量的には(最低限に)足りているが、センスはゼロである。

 お陰で買い物は非常に短時間で終わってしまった。

 もっと服を見ようとヴィヴィを誘うが、ヴィヴィは飽きてしまったのか、次の店に行こうと誘うと「もう帰る」とか言い出す。


「長靴をくれたオジさんを待たせちゃいけない」


 長靴を履くヴィヴィは少しだけ早足でドブを少しビチャビチャ立てながら進んでいた。

 道はもう覚えたのか、歩く方向に迷いはない。

 その後ろにダンボールを抱えた私がついていく。服屋の店主にダンボールをひとつ貰い、それに服を詰め込んでいた。

 最初、ヴィヴィは「私のは私が持つ」と言い出したが、運んでいる途中でダンボールをひっくり返すのが目に見えている。

 買ったばかりの服が、無残にドブまみれになるのは勘弁して欲しいので、私は全力で拒否した。


 長靴を譲ってくれた機械店まで戻ると、ガソリンの積み込みは終わっていた。


「良い服は見つかったかい?」


 店主の問いに対してヴィヴィは満足そうに頷いた。


「そうか、たくさん買えたようで何よりだ」


 店主も満足そうに笑顔を見せる。不満そうな顔をしていたのは私だけだった。

 私が抱えているダンボールには確かに服がたくさんあるが、どれもこれも微妙なデザインばかりだし、下手すりゃサイズすら違う。

 こんなのばっか見せられる私の身にもなって欲しい。


「今回は世話になった。今度また、買わせてもらうよ」


「買うものが出来てからでいい。買う物があるのに在庫がないのも困るしな」


 店主はその日、最後まで笑顔だった。

 満タンのポリタンクと、大量の衣類乗せた車に私とヴィヴィが乗り込む。店主は動き出す車が見えなくなるまで手を振っていた。


「また来たい」


「買う物があったらな」


 ここはアークのような裕福な団体が来るような場所ではないが、このような時は貧富など気にしない方が楽しい。

 ゴミヤは決して裕福な集団ではない。アークの方がよっぽど裕福だ。


「ヴィヴィはアークとゴミヤ、どっちにいた方が楽しいんだ?」


「パラサイト」


「そっか……」


 即答だった。まさかの第三の選択肢だ。

 ヴィヴィが今まで暮らしていた場所の中で、私と一緒にいるのが一番楽しいと答えたのだ。これは素直に嬉しい。


「だって、楽しい場所に毎日いたら、それが普通になって楽しくなくなっちゃう。」


「そっか……。」


 つまり、一番楽しいのは私の所ではなく、ゴミヤだと言うのだ。

 一番ではないのは凹むがポジティブに考えれば、私の所が最も落ち着ける場所だという事だ。

 私の家だってボロ小屋で裕福ではないが、それでも楽しいと言ってくれるなら、例え血の繋がりがない親子も関係ない。


 アークは遺伝子を置き換えた人間、ドールズで社会が構成されている。

 その名もドールズマーチ……アークは技術団体であるのと同時にドールズマーチ団体でもある。

 そんなアークでヴィヴィはエラー……つまり不良品と判断された。

 そんな不良品がアークの中でどんな暮らしをしていたのか、それを私は知らない。

 知らないけど楽しくない生活なのは容易に想像できる。

 ヴィヴィに聞いたら答えてくれるのだろうか? 

 まだ一緒に暮らし始めて二日目なのに、答えてくれる信頼関係は築けているのだろうか?

 まだその自信はない……それに、聞いて何か変わるのだろうか?

 ヴィヴィは私といるのが楽しいと言ってくれた。

 なら、楽しくなかっただろう昔の事を掘り返す必要はない。今が楽しい暮らしであるために。


 車は来た時と同じようにドブの道を進む。

 ドブの道を進み続けると、道はドブから土に変わった。家が近づいた証拠だ。


 今日は楽しい場所に行った。

 ドブと煙にまみれた場所だったが、楽しい場所だった。

 帰る場所は楽しい家だ。

 私とヴィヴィの住む楽しい家に帰る。

 きっと明日も、これからも楽しくなる。貧しくても、大変でも、苦しくても、それでも楽しいなら幸せだ。

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