4.ディアドコスの洞窟
ディアドコス伯爵家は、一夜にして滅亡の危機を迎えてしまった。
けれども私は、この家に生まれた者だからこそ知る手段を持っている。だからまだ絶望しきってはいない。
しかし、これは一か八かの賭けだ。
成功するか失敗するか、この目で確かめてみなければ分からない。
それでも、試してみる価値はある。
亡くなった者達の無念を抱き、希望の道へと書き換える為の、唯一無二の方法──クロノスの針。
「そのクロノスの針ってのが、この洞窟の先にあるんだな?」
「ええ、そうよ。この洞窟の奥には、私のご先祖様が残したとされる大精霊の遺物があるの」
私とグラウは、屋敷から北に向かった所にある洞窟に来ていた。
先程彼に説明した通り、この洞窟にある遺物が目当てでやって来た。
洞窟の中には、いくつかの仕掛けがある。これを私一人で突破するのは現実的ではないので、傭兵であるグラウが居るのは好都合だ。
私は目的を説明しながら、彼と共に洞窟の中へ入っていく。
当然、灯りが無ければ暗闇を進む事になるので、私は発光する性質のある光石の球を作り出した。
手の中で輝き出した光石はランタンには劣るものの、視界を確保する役目を果たしてくれた。
「ご先祖様は、時の大精霊クロノスの加護を強く受けた人物だったそうなの。ご先祖様が亡くなる間際、子孫にもしもの事があった際に使うよう託したのがクロノスの針だったと教えられたわ」
「大精霊に気に入られる程の人間、か……。随分立派な人だったんだろうな」
「そうだと思うわ。その針を封印したというのが、この洞窟らしいのよ」
世界には様々なものを司る精霊が存在する。
地水火風の四大精霊はあまりにも有名だけれど、私の宝石魔法が特殊魔法に分類されるように、時の精霊もその枠には収まらない。
ご先祖様が愛された時の大精霊クロノスをはじめ、光と闇の大精霊。そして、未確認とされている大精霊の存在も研究が進められている。
「……見えて来た。これがきっと最初の仕掛けだわ」
私達に降り掛かる第一の難関は、開かずの扉だった。
岩壁を掘り進めて造られた人工の洞窟に、歴史を感じる重い石の扉。
確かこの洞窟は、千年程前に出来たはず。
それまでディアドコス家の人間が一度も使用してこなった遺物を、私は使おうとしているのだ。
……クロノスの針を使わなければ、ディアドコス家は大きな損失を抱えてしまう事になる。
領民に慕われる有能なお兄様と、私達家族を支えてくれるメイド達。彼らを失ってしまうくらいなら、私は──
「この扉、押しても引いてもビクともしねえし、鍵穴も見付からねえ……。仕掛け扉ってのはどうやら本当らしいな。なあ、ここどうやって開けるんだ?」
「あ、ああ……。ええと、確かどこかに扉の起動スイッチがあるはずよ」
考え事をしていると、扉を調べていたグラウが振り向きながらそう言った。
私はその声に意識をこちらに戻し、改めて目の前の問題に取り掛かる。
「スイッチは二つあるそうなの。それに魔力を流しながら同時に触れれば、この扉を開けられるわ」
この洞窟の仕掛けは、私達ディアドコス家の人間以外が読む事が出来ない、隠し書庫にある書物である程度把握している。
洞窟には全部で三つの仕掛けがあり、それらを乗り越えた先に最後の間に続く扉があるのだ。
私とグラウはそれぞれスイッチを探し、まずは一つ目を自分が発見した。私が見付けたのは、その辺に転がっている小石に紛れていた小さなスイッチだった。
「一つは見付けたわ! グラウ、そっちはどう?」
「待ってろ、すぐに探し出してやる! ……あ、あった!」
そう言ってグラウが指差したのは、彼の頭上──よく目を凝らさなければ気付けないような、ゴツゴツとした岩肌の隙間だった。
「そこ、ジャンプすれば届きそうかしら?」
「人狼の身体能力舐めんなよ! そっちは準備良いか?」
「勿論よ。それじゃあ、せーのの掛け声で行くわよ?」
せーのっ! と互いに声を出し合い、指先に魔力を集中させながらスイッチに触れる。
グラウは自身の身長の二倍程はある高さにまで跳躍し、見事にスイッチへタッチしてみせた。
扉の起動条件を満たした事で、道を閉ざしていた岩の扉は空気に溶けるようにして、その姿を消してしまった。
「どういうカラクリだよ、これ……」
「さあ……。あまり魔法には詳しくないから、何とも言えないわね」
私は宝石魔法以外は満足に扱えないから、魔法を利用した建築物についての知識なんてまるで無い。
どうやらそれはグラウも同じようで、スッと消えた扉の謎は解けず仕舞いだった。
そこから先には、何も無い道が続いていた。
魔物もおらず、次の仕掛けが待つ場所まで進むだけ──とはいかないのが、この洞窟の嫌なところである。
私は左腕を広げてグラウを制した。
「グラウ、まだこの先には行かないで」
「どうしてだよ」
「これが第二の仕掛けだからよ。一見、安全そうに見えるけれど……」
足元に転がる小石を一つ掴み、それを放り投げた。
すると私が投げたその石はら地面に跳ね返る。
そして、私達の目の前から消えた。
「おい、これってまさか……」
小石は二度目の着地を果たす事無く、地面に触れたのを合図に出現した落とし穴に呑まれてしまったのだ。
私達が立つ扉の辺りから数歩先に広がる落とし穴を、グラウは恐る恐るといった様子で覗き込む。
彼が目にした穴の中には、一度落ちれば貫かれてしまう針地獄があるはずだ。何も知らずに呑気に歩いていたら、助かる可能性は低いだろう。
その証明に、グラウが眉を下げながら私に言った。
「あんたのご先祖さんってのは、こういう悪趣味な罠を作るのが好きだったのか……?」
「悪趣味とは失礼ね。大精霊から賜った貴重な品なのだから、これぐらいの罠を置くのは同然でしょう? むしろ、もっと大掛かりな罠を用意してもいいと思うわよ」
「まあ、それはそうなのかもしれねえけどさ……」
基本的には、この洞窟の存在はディアドコスの人間しか知らないはずだ。
万が一の時の為に厳重に保管されているクロノスの針が、伯爵家以外の者に持ち出されるのは大問題だ。
何故なら、クロノスの針は過去へ行く事が出来る貴重な品。時を司る大精霊だからこそ生み出せた、秘宝級の道具なのだ。
それを外部の人間に知られれば、悪用される危険がある。そんな者を排除する為の仕掛けこそが、開かずの扉やこの針の落とし穴なのだから。
「……ところで、この先へはどうやって進めば良いんだ? 飛び越えられるような幅じゃねえし、壁を伝っていくのは現実的じゃなさそうだぞ」
グラウの言う通り、落とし穴はかなり先の方まで広がっている。
けれども、私はここを切り抜けられると思ったからこそやって来たのだ。考え無しにこんな洞窟に挑むような事はしない。
私は落とし穴へと意識を集中させ、魔力を高めていく。
すると、ぽっかりと空いた大きな穴の上に、乳白色の水晶で出来た橋が架かった。橋といっても立派なものではなく、厚い板状の水晶なのだけれどね。
「さあ、これでここを切り抜けられるわ。足元に気を付けなさい」
言いながら、私は肩幅より少し広めの幅の水晶の橋を渡り始めた。
私が透明な水晶ではなく、乳白色の水晶を作ったのには理由がある。
透明な水晶では足元の見通しが良すぎる為、うっかり足を踏み外してしまう危険があるからだ。
そうして私に続いてグラウも橋を渡りだし、二人共無事に落とし穴を突破した。
「さてと……。ここから先は貴方にも働いてもらう事になるわ。準備は良い?」
「準備っていうと……戦闘か?」
「ええ、そうよ。第三の仕掛けは、私一人では厳しいから……」