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ミヤマノモウジャ  作者: 愛川とら
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episode0.出会い

土砂降り。名も知らない山の奥深く。鬱蒼と茂る草木。壊れた小さな門。ボロボロの廃屋。錆びついた物干し竿。

格好の舞台だ。

ここなら、誰の目につくこともなく、幕を下ろすことができる。


この無為な人生の幕を。


すっかり手に馴染んでしまったこのロープを結ぶのも、今回で最後。

やっと、終われる。

やっと、開放されるんだ。

「……」

物干し竿にロープを固く結び、体重をかけても折れないことを確かめる。恐怖はなかった。

あとは、この輪に首を通すだけ――。


「あの、どなたでしょうか」


なんの前触れもなく背後からかけられた女性の声に、思わず飛び上がりそうになる。まさか、こんなところに人がいるなんて。


「私に、何か御用でしょうか」


廃屋だと思って人がいる可能性なんて微塵も考えなかった。故に確認なんてしなかった。この期に及んで、僕はなんて愚かなんだろう――。

いや、まだ、まだチャンスはある。後ろの誰かが倒れたような気配は感じない。まだ、生きている。それならば、チャンスはあるはず。

今の自分の格好を思い出す。フード付きのレインコート、長ズボン、その上に脛まである長靴、手首まで覆う防水グローブ。今は雨よけにフードを被っているので、真後ろからは僕の「体」は見えないはずだ。現に、見えないから僕に話しかけられているのだ。

今の状況を脱するには、僕がこの体制を維持したまま、彼女にどこかに避難してもらうよう説得するしかない。

でも、少しでも近づかれて僕の「体」を見られてしまえば――。


彼女は、死ぬ。死んでしまう。

今までの人たちと同じように、理解する暇もなく死んでしまう。


「すみません、あの、どちら様でしょうか…?」


僕の長考にしびれを切らし、向こうから話しかけられてしまった。かなり怪しがっている様子。当たり前か。ともかく、これ以上時間を使うのはまずい。何か、何でもいいから話さなければ。

「この家の、方ですか?」

「ええ」

苦し紛れに訊いたことだったが…本当に住んでいたのか。こんな、家とも呼べない所に。

「すみません、そうとは知らずに勝手に入ってしまって。すぐ立ち去りますので、どうか僕の姿が見えなくなるまで退いてもらえませんか」

「泥棒とも知れない人を、無条件で見逃せとおっしゃるのですか?」

この廃屋に盗めるようなものなどあるように思えないが…。

「このような深い森の中で暮らしているものですから、盗られては困る物しか持ち合わせていないようなものなのです。念のため、持ち物を改めさせて頂けますか」

確かに、彼女の言うとおりだ。普通に手に入る物でも、彼女にとってはそうではないのだろう。

言い返す言葉を考える間もなく、背後から一歩ずつ近づいてくる気配が。

なんとかしなければ。逃げようにも道は右側のみ。走り出せば横顔を晒すことになるだろう。勢いでフードがずれるかもしれない。かといってこのままでは、彼女の歩みを止めることはできないだろう。


――最期で、最後だからといって、人の命を奪うようなことはもうしたくない。


「正直に話しますので、とりあえずそこで止まってもらえませんか」

「そんな言葉で隙が作れるとでも?」

また一歩、近づいてくる気配。

焦った僕は思わず叫んだ。

「殺したくないんです!」

姿は確認できないが、足音が止む。僕の気迫に圧され、なんとか歩は止めてくれたようだ。

「……終わるまでは絶対に逃げませんので、どうか、話だけ聞いてもらえませんか」

一瞬、考え込む間が生まれる。

「……わかりました」

了承してくれた。これなら。これなら、正直に話せば何とかなるかもしれない。

「僕は、普通の人たちとは違うんです。いや、人ですらないかもしれない」

そうだ。僕はもはや人間ではない。

「僕の体を少しでも見た人は、死んでしまうんです。見た瞬間に」

「……はい?」

「俄には信じられないでしょうけど、本当なんです。」

「……」

「いろんな人が、僕のせいで死にました。僕が生まれただけで、それだけで親を含めて数十人の大人が死んだと聞いています。その人たちのように、あなたも死なせたくないんです。」

「……それで、なんでここに?」

「それは……」

沈黙。ついさっきまで固まっていた決意が、恐怖を感じてすらいなかった程の決意が、口に出せなかった。

「……もう、いいんです」

辛うじて、それだけを言うことができた。

心が苦しくて、押しつぶされそうで、辛くて仕方がなかった。

死に向かう恐怖ではない。今まで生きてきたことに対する後悔、何のために生を受けたのだろうという虚無感、それらの感情を見知らぬ女性にぶつけようとした情けなさ。生まれてから今まで過ごしてきた時間全てが、束になって僕を世界から排斥しようとしているような気がした。

「すみません、こんなことに巻き込んでしまって。危害を加えるつもりはありませんので、どうか、お下がりください」

「……はぁ」

溜息。

「言い訳するなら、もうちょっと上手な嘘はできないんですか?」

言うが早いか、止められていた足がまた動き出す。ゆっくりと着実に、静かな足音が背後に迫ってくる。

この場で初めて感じる恐怖と絶望で、冷や汗がふき出てくる。この距離で僕が動けば、見られてしまうのは必至。かといって動かなくとも、彼女は近付いてくる。

迫る死の足音。僕の死か、彼女の死か。ああ、いっそ今ここで僕が死んでしまえば…。終わりの輪は文字通り目と鼻の先。これをくぐってしまえば、もうなにも知ったことではない。そうなってしまえば、彼女が死ぬことは無いかもしれない。

「それに」

やるしかない。今しかない。

「たとえ本当の話だとしても」

一瞬の浮遊感。直後、フード越しに首元を掴まれ、思わぬ力で後ろに引っ張られる。

仰向けに倒れる僕。きらきらと滴る雨露。濡れた土の香り。木々の間から除く曇天の僅かな光。逆光で陰る女性の顔。揺らめく長髪。


幾度となく苛まれてきた、大罪の予感。


また、僕は…


「私には関係ない話ですね」


初めて感じる、人の吐息。初めて触れる、人の体温。初めて香る、髪の匂い。初めて耳にする、至近距離での人の声。初めて目にする、人の顔。

知らない花の香りを纏った、精巧な硝子細工が、雲の切れ間から覗いた日差しを浴びて、眩しく輝いている。

滲みだす視界。曖昧になる輪郭の中で。


「私には、あなたの姿なんて見えませんから」


焦点の合わない瞳が、そう言って微笑んだ。

初投稿になります。愛川とらと申します。

拙い文だとは思いますが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

何となく思い浮かんだストーリーを作品にしてみました。正直、続きは何も思い浮かんでいませんが、考えつき次第書いてみようと思います。

ダメ出しでも何でもいいので、感想をいただけると今後の励みになります。もし、こんな作品でも続きが読みたいと思っていただける方がいらっしゃったのなら、是非ともその旨をお聞かせください。めちゃくちゃ頑張ります。

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