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08.青碧の闘神!ハルフォーフ将軍

「おい。大丈夫か」

 ディルクが語った通り、近衛騎士は気を失っているだけだった。馬車から降りた第二王子が一番近くに倒れていた近衛騎士を軽く揺り動かすと、彼はゆっくりと目を覚ました。

「で、殿下。ご無事でしたか」

 近衛騎士は飛び起きながら、首を振って意識をはっきりさせようとしている。

「心配ない。あの男は何もせずに去っていった」

 第二王子はディルクが去っていった場所を目で示した。

「すぐに暴漢を捕獲する手配を」

 近衛騎士はまだ倒れたままの同僚を助け起こしながら、そう怒鳴った。

「いいや。あの男は青碧の闘神だ。間違いない。私達は何も見なかった。いいな」

 あの憎しみを込めて睨む青碧の目、そして、剣の柄も青碧に塗られていた。第二王子はあの男で間違いないと思う。

 目覚めた近衛騎士たちはそれを聞いて皆顔を青ざめた。青碧の甲冑をまとって戦う大国の守護神。生きる伝説。大陸最強の武神。その名は小国の騎士を震え上がらせるに充分であった。


『たった一ヶ月ほどの交流であったのに、リーゼを助けるために単身乗り込んできたのか。救出が間に合えば国に連れ帰るつもりだったのだろう。リーゼはそれの方が幸せだったのかもしれない』

 あの男が熱い目で見つめていたことにリーゼは気がついていなかったと第二王子は思う。しかし、憎しみの目を向けられていた彼にはわかってしまった。あの時は無事に帰国できないのではないかと恐れたものだ。

 



「ただいま帰りました」

 ディルクは元気なく戻ってきた。

「お帰りなさいませ。やり残したことがうまく行かなかったのですか?」

 落ち込んだ様子のディルクにリーゼが訊いた。

「いや、全て終わった。約束通り明日にはブランデスへ向かう」

「えっ。ディルクの国はブランデスなの?」

 行ったことがあると言いそうになって、リーゼは慌てて止めた。平民の娘が他国へ行く機会などあるはずはないからだ。


 大国ブランデス、長い伝統のあるこの国は、国王より将軍の方が有名かもしれない。

 五年前、新興国カラタユートに侵略戦争を仕掛けられたブランデスは、先代将軍のもと国を守るために戦ったが、準備万端整えていたカラタユートの前に苦戦を強いられていた。そして、将軍率いる主力部隊が敗れる事態となり、将軍が戦死してしまった。

 このまま大国ブランデスが沈んでしまうのかと周辺諸国は息を呑んで見守っていた。ブランデスが破れてしまうと自国にカラタユートが攻めてくるのも時間の問題だったからだ。

 カラタユートは侵略した国の富を奪い、その国民を奴隷として死ぬまで働かせて国力を増強してきたのだ。


 大陸中の国が見守る中、戦いに決着を付けたのは新しくブランデスの将軍に任命された先代の長男ハルフォーフ将軍だった。先代の妻であるハルフォーフ将軍の母親は戦乙女と呼ばれて戦場を駆ける烈女で、彼を戦場で産み落としたとの伝説が残っている。


 ハルフォーフ将軍の全てが伝説だった。戦いが終結した時、青碧の闘神と呼ばれていた。彼のまとう甲冑が青碧に塗られているのは、血を見た時の興奮を抑えるためだと言われている。それほど血に塗れて伝説となったのだ。


 リーゼはそんなブランデスを昨年訪れた。ブランデスとカラタユートの戦争が完全に終結し、周辺の小国がブランデスに忠誠を誓うために使節を出している頃だ。リーゼも第二王子と一緒に婚約者という立場でブランデスを訪れた。

 国境線にはハルフォーフ将軍が待っていた。彼は甲冑をまとったまま、正式な使節である第二王子とリーゼに対面した。貴賓に対して不敬な態度であるが、彼はどの国の使節に対しても素顔をさらすことはなかったので、第二王子は抗議しなかった。

 ブランデスの国王は忠誠心を測りたかったのかもしれないとリーゼは思う。


 伝説にまみれたハルフォーフ将軍に、最初は威圧感を覚えて萎縮していたリーゼだったが、王都までの五日の間には、偶に雑談するぐらいには親しくなっていた。


 ブランデスの王都では、美姫と評判のリーゼを見ようとたくさんの人が集まってきていた。第二王子とリーゼは長距離異動用から屋根のないパレード用の馬車に乗り換え、騎乗したハルフォーフ将軍率いる精鋭部隊に先導されて王都を進む。沿道には手を振る多くの民衆。リーゼが手を振り返すと、興奮は最高潮になった。


 そんな時、一人の少年が縄をくぐり抜けふらふらと馬車に近付いた。

 それに気がついたハルフォーフ将軍が馬を素早く降りて、少年を抱えるようにして転がり、馬車を引く馬の脚から守った。

 膝をすりむき泣き出す少年。馬車は静かに停車した。

 馬車から降りたリーゼはドレスが汚れるもの厭わずしゃがみ込み、少年の膝の血をハンカチで拭いた。

「大丈夫よ。すぐに痛くなくなるから」

 リーゼが優しく頭を撫でると、少年はようやく泣き止んだ。

「ハルフォーフ将軍閣下はご無事でしょうか?」

 リーゼの美しい紫色の目が、目だけしか出ていない甲を被っているハルフォーフ将軍を心配そうに見つめている。

「甲冑のおかげで怪我はない。リーゼ様、お気遣い痛み入る」

 少年を抱えたまま軽々と立ち上がったハルフォーフ将軍が答えると、リーゼは安心したように微笑んだ。その美しい笑顔を青碧の瞳が熱に浮かされたように見つめていたことに気がついていたのは、馬車に残っていた第二王子だけだった。


その後、ブランデスでは平民への職業訓練校があると知ったリーゼの求めに応じ、ハルフォーフ将軍は様々な場所へ案内した。もちろん主役である第二王子と一緒である。


 リーゼは甲冑を脱がないハルフォーフ将軍に訳を聞いたことがある。

「陛下が私を使って周辺諸国を威圧したいと思っている。それで国が安定するのならば私に異存はない。舐められて攻め入れられることになると、苦しむのは国境近くに住む民だから」

 戦場でのハルフォーフ将軍の勇姿は伝説となるぐらいだが、平時の彼には威圧感も威厳も殆ど無い。そのため、外国の要人と会う時は甲冑をまとうように王は命じた。もちろん、リーゼはそんなことを知らない。




 ディルクの目の色はハルフォーフ将軍と同じだとリーゼは気が付いた。ハルフォーフ将軍の声は甲を通じているので少しくぐもっていたが、話した方もディルクに似ているような気がする。

 さすがに同国人、特徴が似るのだとリーゼは思った。

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