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42.スランの幸せ

 スランはディルクがハルフォーフ将軍だと知り、一瞬気が遠くなり足元がふらついた。しかし、長年騎士をしてきた誇りで踏みとどまる。男三十九歳、若者たちに醜態をさらす訳にはいかない。

「大国ブランデスの守護神、全てを無に帰す破壊神、大陸最強の武神……」

 意図して流布されたのでディルクの二つ名は多い。いずれもかなり大げさなものだった。その名を列挙していくスランは、信じられないような顔でディルクを見ている。

「それ、もっと恥ずかしいから。勘弁して」

 知らない者に家名を名乗るとこうなるのがわかっているから、ディルクはいつも名前しか告げないようにしていた。

 国のためとはいえ、幼い少年向けに書かれた童話の登場人物のようでやはり恥ずかしい。



「なぁ、嬢ちゃん。本当にあれが嬢ちゃんの国の将軍様か?」

 恥ずかしそうに俯いているディルクを指さしながら、スランは部屋の隅に控えていたアリーセに問うた。リーナに訊かなかったのは、彼女が騙されている可能性もあると思ったからだ。

「はぁ、そのようです。ハルフォーフ家でもそう紹介されましたし、大旦那様も間違いないとおっしゃっています」

 アリーセの言葉は歯切れが悪い。彼女自身もディルクが伝説のハルフォーフ将軍だとは信じきれていない。

 スランとアリーセは顔を見合わせて首を何度も傾げていた。



「ディルク、ドレスをありがとうございます。とても美しい色だわ。私は大好きよ」

 リーナは真珠のような輝きを放つ青碧のドレスをいたく気に入った。派手すぎず地味すぎず、彼女にとても似合うと思う。

 青碧はハルフォーフ将軍の色である。その色をまとってリーナが舞踏会へ参加するということは、ハルフォーフ将軍の妻になることを知らしめることに他ならない。リーナはそれが嬉しかった。

 自分の色をリーナが好きと言ったので、ディルクもとても喜んだ。嬉しすぎてスランやアリーセのことを忘れてしまうほどに舞い上がっている。

「リーナには絶対にこの色が似合うと思ったんだ」

 ディルクがリーナの目を見つめる。リーナも頬を染めて見つめ返した。二人は無言になった。想いあった恋人には言葉さえも必要なかった。


 ディルクが腕を広げてリーナをそっと抱きしめる。幾分ふっくらとした彼女の柔らかい感触と香油の匂いが、ますますディルクを舞い上がらせる。

「ディルク様、そこまでです。それ以上リーナお嬢様に触れることは許しませんから!」

 アリーセは主人であるエックハルトの命令を思い出していた。

「離れろ、馬鹿! さっき言ったばかりだろうが。叩き斬るぞ」

 剣を抜いたスランが怒鳴る。

 リーナは人がいたことに気づき、慌てていディルクの腕の中から抜け出した。

「ちょっとぐらい見逃してくれてもいいじゃないか?」

 頬を膨らませてスランとアリーセに文句を言うディルク。

「よくありません!」

「いい訳あるか!」

 アリーセとスランは同時に怒鳴った。リーナは恥ずかしくて頬を真っ赤に染めている。




「スランさんは、私があの男の首を欲しいと言ったら、殺すつもりだったのですか?」

 まだ頬が赤いリーナは、話題を変えるためとスランのことが心配だったのでそう訊いた。

「ああ。そのつもりでこの国に来た。俺たちの国では近づくのも困難だが、護衛が俺以外四名しかいないここでは首を刈ることは可能だ」

 スランの目には曇りがない。リーナはその覚悟に息を呑む。

「護衛が他に四名もいるのでしょう? そんなことをすればスランさんだって無事では済まない」

「生きて帰るつもりはないから」

 それはスランのけじめだった。リーナが生きていたのは偶然に過ぎない。あの時の男がディルクでなかったら、リーナが幸せになることなど決してなかっただろう。だから、のうのうと生きているヴェルレ公爵のことをスランは許せない。


「そんなこと駄目です。スランさんが私の幸せを願ってくれたように、私だってスランさんの幸せを願っています。貴方の奥様やお嬢様だって同じ気持ちだと思います。生きてください。そして幸せになってください。お願いです」

 リーナは何度も頭を下げる。リーナの幸せはスランのお陰だ。お返しにスランを幸せにしたいと思うリーナだった。

「もし良かったら、僕の屋敷に来ないか。警備の仕事なら紹介できる。母がいるから賊が来ることはないと思うので、暇すぎるかもしれないが」

 抱擁は止められ少しふてくされているが、スランには本当に感謝しているディルクは自分の屋敷に彼を誘った。

 ハルフォーフ将軍の屋敷に押し入るような賊は滅多にいない。彼が留守であったとしても、伝説の戦乙女が在宅しているのだ。そんな所に押し入るぐらいなら、王宮を襲った方がまだ安易かもしれない。


 スランは無言で考えていた。そして、しばらく経ってから顔を上げた。

「心使いは感謝する。しかし、やはり国に帰ろうと思う。妻と娘の墓があるから。困っていたら渡そうと思って全財産を持ってきたんだけど、リーナには必要なさそうだから、国に帰って酒場でも開こうと思う」

 手を付けていなかった娘の持参金として貯めていたお金、ヴェルレ公爵から渡された口止め料、今回の特別手当、それらをまとめてスランはブランデスでも使えるように金貨に替えて持ってきていた。庶民にとってはかなりの額だが、リーナが着る予定のドレスも買えない金額だ。

「酒場ですか?」

 意外な答えに戸惑うリーナ。国に帰って騎士を続けるのかと思っていた。


「俺は妻と娘を亡くした時も、リーナ様の冤罪が晴れた後も、辛さを酒で誤魔化した。酒がなければ俺は生きていけなかったと思う。だから、どうしようもなく辛い時に気軽に飲めるような酒場を開きたいんだ」

 仲間を斬ろうとしたスランには、騎士を続ける資格はないと思う。騎士をすっぱりと辞めて、酒に逃げなければならないような辛い思いを抱えた客を癒やす酒場を開くのが最善だと考えた。

「それで、スランさんは幸せになりますか?」

 リーナの問にスランは自信を持って頷いた。

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