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42.牢番はリーナと会う

 ヴェルレ公爵一行は王都に着き、王宮の迎賓館に宿泊することになった。ただし、三棟ある迎賓館のうち門に近い一番格下の棟である。昨年の訪問では二番目だったので、王籍を外れて扱いが下がっている。

 それでもさすが大国ブランデスの迎賓館である。その威圧するように豪華な風情に、貧乏男爵家の三男で平民と変わらない生まれのスランは怖気づきそうになるが、身分など意味を持たないと殊更颯爽と迎賓館の中に入った。


「やっぱ、落ち着かねえな」

 賓客の部屋が立派なのはわかるが、護衛の部屋も広くて美しかった。そんな馴れない部屋を見回しているスラン。

 ヴェルレ公爵は近衛騎士三人と与えられた貴賓室に入っているのでこの場にはいない。残った近衛騎士は伯爵家の次男で、馬鹿にしたようにスランを眺めていた。


 そんな部屋に鎧を脱いで騎士服を着たディルクが訪れる。

「よう、ディルク」

 気軽に片手を上げるスランを、近衛騎士は不思議そうに見た。

「スランさん、リーナの所へ一緒に行こうと思って」

「おう、わかった。ちょっと出てくる。後は頼んだぞ」

 近衛騎士にそう伝えて、スランは素直にディルクに従う。

「ちょっと待て」

 残された近衛騎士は止めようとするが、

「ブランデスの騎士が護衛を連れて行ったとヴェルレ公爵に伝えておけ」

 柔和な青年だと思っていたディルクから睨まれて、近衛騎士は頷いてスランを見送るしかなかった。


 迎賓館の職員はもちろん自国の将軍の顔を知っている。行き交うたびに深々とお辞儀をしていく職員を見て、気安い雰囲気のディルクだが、精鋭部隊に所属する騎士だけあって高位貴族なのかもしれないとスランは思った。しかし、家名を名乗らないのが悪いと呼び捨てのままにする。

「ディルク、随分と急だな。帰還してすぐに部隊を離れて大丈夫なのか?」

 国を捨てる覚悟のスランはともかく、ブランデスの騎士であるディルクには咎めがあるのではないかスランは心配になる。

 ハルフォーフ将軍率いる精鋭部隊の結束の固さは、その最強伝説と共に周辺諸国にまで届いている。勝手な離脱が許されるとスランには思えない。


「うん、大丈夫。婚約者に会いたいと言ったら、さっさと行って来いって言われたんだ」

 ブランデスの騎士たちは、これ以上ディルクが不機嫌になると大規模災害ほどの被害が出るかももしれないと、リーナの所に行くことを勧めた。

「そ、そうか?」

 思った以上にブランデスの騎士団が優しいところのようなのでスランは驚いていた。もちろんディルクが特別なだけだが、スランはそのことを知らない。



「リーナは僕の大叔父上の養女になって、王都の屋敷にいるんだけどね。屋敷の皆が結婚するまで手を握るまでしか許さないって言うんだよ。酷いと思わないか?」

 結婚式まであと二ヶ月。時間があるとウェイランド侯爵邸を訪れているディルクだが、リーナと会う時はいつもアリーセが目を光らせている。エックハルトに抗議しても、二ヶ月ぐらい我慢しろと軽くあしらわれるだけだった。

「当然だろう。まさか、まだ結婚もしていないのに、リーナ様に何かしたんではないだろうな!」

 スランは剣を抜いてディルクに突きつけようとした。もちろんただの牽制のつもりで、ディルクを斬ろうとしたわけではない。

 ディルクは目にも留まらぬ速さで剣を抜きスランの剣を受け止める。ディルクは片手で軽く受けているが、両手で持ったスランの剣は微動だにしなかった。

『絶対に勝てないな。やはり精鋭部隊はすごすぎる』

 そう思うスランだが、リーナの父親を自認している彼は素直に負けを認めることはできない。

「とにかく、結婚するまでは手を握るまでだ。常識だろうが!」

 剣を引きながらスランはディルクにそう言い放つ。

「わかったよ」

 不満そうなディルクだったが、一応頷いておいた。 


 

「馬ならば、半時間もあれば着く」

 厩舎に案内したディルクは、疲れていない馬を二頭選んで、一方の手綱をスランに渡す。

 ディルクの言葉通り、ウェイランド侯爵邸には半時間ほどで着いた。


 リーナの部屋に通される二人。例によって部屋の隅にはアリーセが控えている。

「牢番さん?」

 リーナはスランを見て驚く。彼女は大恩人のスランのことを心配していて、幸せになっていることを伝えたいと常々思っていたのだ。

「元気そうで良かった」

 リーナのふっくらとした薔薇色の頬や、輝くようなプラチナブロンドの髪を見て、スランは涙が出そうになる。

 別れた時は骨と皮だったリーナがここまで健康的になっているとは、スランは思ってもみなかった。

「牢番さんも元気そうで安心しました。あの時は本当にありがとうございました」

 生きることに価値を見出だせなかったリーゼが、幸せなリーナに生まれ変わらせてくれたのはスランに他ならない。リーナは感謝してもしきれないと思い、深々とお辞儀をした。


「やめてくれ。俺はリーナ様に酷い仕打ちをした。憎まれても仕方ない」

 スランはヴェルレ公爵に命じられるままに、リーナの髪を切り落とし、名を呼び捨てにした。貴族女性にとってどれほど辛かったかと思うと、スランはリーナに礼を言われるのが心苦しい。

「私は知っています。あの人が命令に従わなければ牢番さんを解任して他の男を牢番にすると言っていたのを。牢番さんは私を守ろうとしてくださったのでしょう?」

 スランは自分が解任されてしまうと、リーナを襲うような男が次の牢番になるのではないかと恐れ、解任されないぐらいにはヴェルレ公爵の命令に従っていた。それは、病気で亡くした娘と同年代の女性に対してするのはとても辛いことで、リーナ本人よりスランの方がヴェルレ公爵を憎むようになっていた。


「あいつ、やはり許せん!」

 ディルクが拳を握りしめて叫ぶ。

「あいつの首が欲しいか?」

 スランはリーナに問う。リーナが頷くならば、命にかけても首を捧げようとスランは思っている。しかし、彼女は微笑みながら首を振った。

「ディルクと同じことを訊くのね? 私にとってはもう関係ない人だから、死なんて望まない。私たちの幸せを無関係な人の血で水を差されたくないもの。でも、ディルクと婚約してものすごく幸せなことを見せつけたいと思うの。あのドレスを着てね」

 リーナが指さしたところには青碧のドレスがかけられていた。

「鈍い青緑?」

 スランはその色に見覚えがある。ハルフォーフ将軍がまとっていた甲冑の色だ。

 不思議そうにスランはディルクを振り返り、彼の目の色が青碧であることを確認した。

「まさか、青碧の闘神なのか?」

「それ、ちょっと恥ずかしいから」

 ディルクは頬を染めて俯いた。

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