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38.僕は怖い

「リーナに話がある」

 リーナの実家となったウェイランド侯爵の屋敷をディルクが訪れ、対応に出た執事に伝えた。

 すぐにリーナの部屋に通されたディルクだが、侍女のアリーセが同室していた。

 リーナの個人的な話になるので、ディルクは困った顔をする。

「ディルク様、ご安心ください。この部屋で聞いたことは絶対に他言いたしません」

 きっちりと礼をしなからそう言うアリーセは、随分と成長したように見えた。


「リーナ。君の国の元第二王子、今は公爵となった男がブランデスへやって来る」

 アリーセに促されて椅子に座ったディルクは、向かいの席に座っているリーナにそう言った。思い出したくもない名を聞いて、リーナは美しい眉を寄せた。

「まぁ、何のために?」

「職業訓練所の視察をしたいそうだ。だが、それはただの名目だろう。リーナを確かめに来ると思う」

 ディルクの顔色はすぐれない。テーブルの上に置いた指先が少し震えているのがリーナのも感じられた。

「ディルク。何を恐れているの?」

 ディルクは大陸一の大国の将軍である。彼が恐れるものなど何もないとリーナは思うが、ディルクの様子は明らかにおかしい。


「リーナは、あいつを、本当に、愛していないのか?」

 答えを聞くのが怖いのか、ディルクは言葉を短く切りなからそう訊いた。青碧の目はまるで捨てられた子犬のように頼りなく小刻みに動いている。

 リーナは呆れたようにディルクを見つめ返す。

「逆に聞きたいです。女に騙されて婚約者を牢に入れ、食事を満足に与えなかったり髪を切ったりするような男を、どうしたら好きになるというのでしょう?」

 リーナの声には怒気が含まれていた。元第二王子への怒りはもちろんあるが、リーナの愛情を疑ったディルクのことも少し怒っていた。

「良かった」

 ディルクは安心したように大きく息を吐いた。リーナの答えが心配で息を止めていたらしい。

「ディルクは、私のことが信じられないのですか? 貴方と結婚できることが嬉しいと何度も伝えたはずですよね」

 リーナの怒りに気が付いたディルクは、盛大に首を振る。


「違う。僕はリーナの愛を疑ったりしない。ただ、僕が望んでしまうと、頷く以外ないと思うから……」

 大国の伝説となるような英雄であるディルクが望んだとしたら、拒否できる女性はほとんどいない。ブランデスの王女ですら、押し付けられそうになったディルクである。

 だから、ディルクは一年前にリーゼを諦めた。望めば小国の公爵令嬢など本人の意志を無視して差し出すことがわかっていたからだ。

 あまりに大きな名前を背負ってしまったディルクは、リーナから寄せられる好意がディルク本人に向けられたものかわからなくなっていた。


 リーナはテーブルの上の大きなディルクの手を握る。その暖かさが大好きだった。

「ディルク、愛しているわ」

「僕もリーナを愛している」

「私の方がもっと愛しているもの。だって、命を助けてくれたのよ。二人で旅をする間、ずっと優しくしてくれた。どうして好きにならないでいられると思ったの? ディルクの暖かい手も、優しい目も全部好きよ」

「僕の方がもっと好きだよ。リーナは気高くて美しくて、そして、優しい。僕は逢うたびに恋をしているよ」


『婚約しているのだから、手を握るぐらいなら黙認しましょう。でも、それ以上は許しませんから』

 アリーセはそんな二人を穴が開くほど見つめていた。


「あの男を憎んでいるんだね?」

 愛していると言われて、ディルクは嬉しそうにしながらリーナに訊いた。

「当然よ。あいつに殺されそうになったのよ。牢番さんがいい人でなかったら、私は純潔を奪われていたかもしれない」

 ディルクの顔が厳しくなる。牢番を一人しか置かなかったのは、そうなってもいいと第二王子が思っていたということだ。

「あいつの首が欲しいか」

 何でもないようにディルクが問うた。

 リーナは慌てて首を振る。ディルクが本気で首を望むならば、小国の公爵の命などすぐに消えてしまう。

「もう何の関係もない人だから、死んで欲しいとまでは思わない。だけど、文句の一つも言いたいかもしれない。だって、私はハルフォーフ将軍の妻になるのですもの。舐められるわけにはいかないわ。少しはお義母様を見習って強くならないと」

「いや、母を見習う必要はないと思うよ。リーナは今のままで十分僕の花嫁に相応しいし。っていうか、あんまり強くなると、僕、怖いから」

 剣の力量は圧倒的にディルクの方が上だが、小さい時から母に死ぬほど鍛えられてきた恐怖は消えていない。


『本当にこの男が青碧の闘神なのかしら。領地の皆が知ったら驚くだろうな。大きな体をしているけれど、まるで子犬のようだわ。リーナお嬢様に尻に敷かれているし』

 アリーセはディルクの英雄譚に心踊らせた過去を返してくれと心の中で叫びながら、信じられない思いでディルクを見ていた。




 ディルクがヴェルレ公爵一行を迎えるために、精鋭部隊五十人を引き連れて国境へと旅立ったのは五日後である。

 ヴェルレ公爵と護衛は国境にある小さな町で待っていた。もちろん、五人の護衛の中にはスランがいる。

 若い近衛騎士の中で目立っているスランは、彼らの力量を見極め、三人相手ならば死ぬまでの間にヴェルレ公爵を殺すことができると考えていた。


 ついにハルフォーフ将軍が姿を見せた。甲冑をまとった異様な姿からは、殺気が肌を刺すほどに漏れ出てきている。スランは震えを抑えることができなかった。

『いくらなんでも違うだろう』

 橋の上のぼんやりと立っていた優しそうな大男と、指一本動かせないほどの迫力を身にまとっている甲冑の男。とても同一人物とは思えないスランだった。 

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