36.余計なお世話
「リーゼ様は死んではいないのか?」
動揺してヴェルレ公爵を責めるスランを見た騎士団長は、眉をしかめてそう問うた。
スランは自分の心の中に仕舞っておくには大きすぎる秘密だと思い、素直に頷いていた。
「リーゼは生きる気力を失っていて、病気で死んだ娘と同じほどやせ細っていた。俺は苦しんで死んでいくリーゼを見たくなかった。王都には餓死者はあふれている。俺はそんな女をリーゼに仕立て上げ、本物のリーゼを牢から連れ出し、橋の上にぼうっと立っていた男に託した」
まるで懺悔するように両膝をついてスランが告白した。
「なぜ、リーゼ様が無罪とわかった時、すぐに言わなかったのだ」
騎士団長が再度問う。
「知ることが怖かったんだ。もし、リーゼが死んだと明らかになれば、俺は自分のしでかしたことを後悔するだろうから。俺は弱くてずるい男だ。それに、こいつがリーゼと結婚したと聞いたから。こいつはリーゼを殺そうとした。それなのに知らない間に結婚させられていて、生きて助け出されてもこんな奴が夫なんて、リーゼは不幸になるのに決まっているだろう!」
スランが悔しそうに床に拳を打ち付けた。手の甲が破れて血が滲んでくる。その手をヴェルレ公爵が握る。
「本当に済まない。私は本当に愚かだった。あまりにも愚かすぎて王家の恥になるため公表できなかった。私は罪を贖うことさえできずにいる」
リーゼは国を憂いて教会で奉仕活動をしていた。公爵令嬢とはいえ爵位をもたない彼女にできることは多くはなかったが、平民と直に接して奉仕活動をするリーゼは人気があった。
事件が発覚した時、第二王子の所業が世間に知られると、本人だけではなく王家そのものに憎しみが行ってしまうのではないかと心配した宰相が、リーゼの悲恋を捏造した。罪をリリアンヌ一人に押し付け、悪女に騙された第二王子が愚かにもリーゼを裏切ったから、そのことを苦にしてリーゼが自死をしたと発表したのだ。そして、書類だけの結婚が成立した。第二王子を愛し国を憂いていたリーゼの想いを叶えるため、第二王子は罪を悔い改め、リーゼを唯一の妻として生涯を国に身を捧げることを誓う。そんな美談に仕立て上げた。
当然、リーゼの父親であるサンティニ公爵は抵抗した。
しかし、サンティニ公爵自身も家を守るためにリーゼを見捨ててしまったことに加えて、平民から搾取することしか考えていない既得権にしがみつく貴族たちの影響力を削げるのならと、結婚に同意していた。第二王子への断罪を求めると、彼を助けて王に担ごうとする貴族が出ることを恐れたのだ。そうなれば国は荒れて潰れてしまうかもしれない。リーゼはそんなことを望んでいないとサンティニ公爵は思って苦渋の選択をした。
ただし、離婚はサンティニ公爵からの申し出で成立するようになっている。あの死体がリーゼでないことは一目見てわかっていた。娘が生きている可能性を信じているサンティニ公爵は、リーゼを探していたが未だに見つけることができずにいた。
「私がリーゼに行った仕打ちが許されることはない。しかし、今リーゼが苦しんでいるのであれば助け出したいと思う」
ヴェルレ公爵も懺悔するように膝をついた。
「心当たりがあるのでしょうか?」
そんなヴェルレ公爵に騎士団長が訊いた。
「大国ブランデスのハルフォーフ将軍がプラチナブロンドの女性と婚約したと公表された。その女性は貴族令嬢としては珍しく髪は肩までしかないそうだ。親戚筋の養女だそうだが、その優雅な振る舞いはとても身分が低い女性とは思えないと言われているらしい」
「まさか、相手は青碧の闘神ですか?」
突然出てきたあまりにも大者の名に、騎士団長とスランは驚く。
「一年前、彼はリーゼに恋をした」
ヴェルレ公爵は過去を思い出すように目を閉じた。
甲から覗くハルフォーフ将軍の目は、リーゼを見る時は甘く、その婚約者であったヴェルレ公爵には憎しみが含まれていた。
大国の将軍が妻にと望めば、小国の王子の婚約者といえども差し出さなければならないだろうと、当時のヴェルレ公爵は感じていた。
だから、ハルフォーフ将軍の結婚を誰よりも願い、リーゼを妻に乞う書簡が届くのを恐れていた。
いつしか、その苛立ちからリーゼを無視していった。愚かなことをしたと今になって思う。大国への劣等感から逃れるためにリーゼを遠ざけ、リリアンヌに溺れてしまった。
「橋の上に立っていた男はどんな感じだった?」
「体が大きくて優しそうな若い男だった。だからあいつを選んだ」
ヴェルレ公爵の問いに、満月の夜のことを思い出しながらスランは答える。
「目の色はちょっと白っぽい青緑ではなかったか?」
ハルフォーフ将軍で間違いないのではないかと思ったが、ヴェルレ公爵は確証が欲しい。
「夜なので、そこまではわからなかった」
スランは首を振った。
「職業訓練所視察目的でブランデスへ行こうと思う。もし、ハルフォーフ将軍の婚約者がリーゼであり、彼女が帰国を望むのなら、何としてでも連れ帰る。私との結婚を望まないのであれば、離婚してかまわない」
ヴェルレ公爵はハルフォーフ将軍の一方的な想いで婚約が決まったのではないかと恐れた。国を連れ出されたリーゼには選択肢がないだろうから。
「俺も連れて行ってくれ。本当にリーゼならば賭けに勝ったのか確認したい」
あの優しそうな男が破壊神とまでいわれている大国の将軍とはとても思えないが、それでも、リーゼが生きている可能性に賭けてみたかった。そして、リーゼがヴェルレ公爵の死を望むならば、自分の剣で始末をつけてやろうと考えていた。
「いいだろう。護衛として同行してくれ」
ヴェルレ公爵は憎しみを込めて睨んでくるスランの目に気が付いている。それでも、スランを視察一行に加えようとしていた。
「本日より酒を断て。そして、なまってしまった剣の訓練を受けろ」
騎士団長はどのような思惑があろうとも、国の要人を護衛する以上それに見合う腕が必要だと、スランにそう命じた。




