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31.青碧の闘神を止められるのは

 ルドルフと共に部屋に入ってきた美少女を、アルノルトは絶望の眼差しで見つめていた。ここに連れて来られた以上、ルドルフが少女を生きて帰すとは思えなかったからだ。

 しかし、アルノルトは少女の様子に違和感を覚えた。その少女は上半身裸で拘束されているアルノルトを見ても動揺していないように見えた。


「これはどういうことでしょう? 宝石を見せてくれるのではないのですか?」

 アルノルトは微笑みながらそう言う侍女にも驚く。

 あまりにも平常なマリオンと母の様子にルドルフも戸惑っていた。美少女が恐怖に慄く顔も見てみたいと思っていたルドルフは、落胆を隠せない。

「この男は盗みを働いたので拘束している。盗んだものの在り処を言わないものだから少し困っているのだ。手伝ってもらえないかな」

 気を取り直したルドルフがマリオンに訊くと、さすがにマリオンは眉をしかめた。


「やめろ! 彼女たちには関係ない」

 アルノルトは無駄だと思ったが、それでも叫んだ。密書の在り処をしゃべっても、取り返すのが難しい場所なので、ルドルフは自分を殺して密書とは無関係だと言い張るだろうとアルノルトは考える。そうなれば、アルノルトが囚われていることを知っている彼女たちも無事では済むはずがない。だから話せないとアルノルトは思う。

 しかし、黙っていれば無関係な少女が鞭打ちされるかもしれない。

 アルノルトは血が出るぐらいに唇を噛み締めたが、痛みはとっくに感じなくなっていた。



「窃盗犯ならば騎士駐在所に連れて行くべきではないでしょうか? 私刑は禁じられています」

 マリオンの言うことは正論である。しかし、ルドルフは鼻で笑った。

「盗られたのは大切なものなのでね。どうしても取り返さなくてはならない」

 壁に吊るされている乗馬鞭を手に取り、ルドルフが顔でマリオンの後ろに立っていた男に指示すると、男はマリオンの腕を拘束しようとした。


 男の腕を掴んだマリオンは、そのまま体重をかけて捻る。

「ウォっ!」

 関節が外れる音がして、男は野獣のような呻き声を出し、地を転がりながら痛がっていた。

「お嬢様に気軽に触れないでください」

 母は冷静にそう言った。そして、母をただの侍女だとなめていて不用意に近付いたもう一人の警備の男の腹を蹴り上げた。腹を抱えて悶絶しながら泡を吹いて倒れていく男。


「警備として雇われたのでしょう? いくらなんでも弱すぎませんか?」

 呆れたように母が言い放つ。

 お前らが強すぎるだけだとルドルフは思ったが顔に出さず、懐から短剣を取り出しアルノルトに突きつけようとした。母が太ももに巻いたベルトに仕込んだ短剣を抜き放ち、ルドルフの短剣を止める。

「いい度胸ね。私に刃物で挑むとは。受けて立ちましょう」

 母は妖艶に笑ったが、ルドルフは母の一撃で短剣を取り落としており、戦意はすっかり萎えてしまっていた。

 久し振りに暴れられるかと思って喜んだ母は、残念そうに舌打ちをする。剣の勝負に応じてくれるのは息子のディルクだけだが、彼はいくらなんでも強すぎで、軽くいなされているのがわかり欲求不満だったのだ。


「ドォーン」

 その時大きな音と共に入り口の扉が倒れてきた。木の枠に止められていた蝶番が完全に外れてしまっている。

 ぽっかりと開いた入り口に姿を見せたのは大柄なディルク。彼はアルノルトの惨状を見ると、怒りで目をつり上げた。顔は半分しか露わになっていないが、彼の怒りは背後に炎になって見えるほどである。

「リーナを卑怯な手段で手に入れようとし、アルノルトさんを監禁してひどい目に遭わせた。許せん。形も残らないぐらい斬り刻んでやる」

 扉が壊れる物音に驚いて飛び起きた警備の男たちは、ディルクの怒りを恐れで腰を抜かし、それでも這いながら少しでも離れようと壁際を目指していた。

 ルドルフは恐怖のために身動きさえできない。


「止めなさい!」

 母は何とかディルクを止めようとした。

「退け!」

 こうなったディルクは母でも止めることはできない。

「そこの馬鹿、死にたくなかったら早くアルノルトの枷を外しなさい」

 ルドルフの長い家名など呼んでいる暇はないが、社交は三男のヴァルターに任せているので名前を知らない母だった。

 母の命令に従い手と足を一緒に出しながらも、ルドルフはアルノルトに近付き足枷の鍵を外した。

「ディルク、まずはアルノルトを救出しなければ。お前の気持ちはわかるけれど、こいつを殺せばアルノルトの冤罪が晴らせないのよ。そうなれば、リーナの養父となる叔父やウェイランド伯爵家が没落してしまうわ。リーナに嫌われるわよ」

 母の言葉は絶大な効果があった。リーナは自身を危険にさらしてもアルノルトを救出したいと望んでいた。ディルクのせいでアルノルトの冤罪が晴らせないとなれば、確かにリーナに嫌われてしまう恐れがある。そう感じたディルクは深呼吸を繰り返して落ち着こうとした。


「ディルクなのか?」

 アルノルトは普段は温厚で優しい従甥を驚きの目で見つめていた。文学好きでつい語ってしまうアルノルトの話を、辛抱強く聞いてくれた心優しい青年だったはずだ。

 青碧の闘神というのは作られた伝説だと聞いていたが、本当のことかもしれないとアルノルトは思っていた。


「まさか、マリオンか?」

 天使のような美少女はにっこり笑って肯定する。

「そして、従姉殿?」

 母はアルノルトの問に妖艶に微笑んだ。

「信じられない」

 アルノルトは痛む頭を振った。


長期に渡って監禁されていたアルノルトは足に力が入らずまともに歩けなかった。ディルクはそんなアルノルトを軽々と担ぎ上げる。


「逃げようなんて命知らずなこと思うんじゃなわよ。今度こそディルクは止められないわ」

 母の脅しにルドルフは壊れたように何度も頷いていた。 

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