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24.女たちの謀議

「アリーセ、お願い。二人の話を確かめてきて。あなたなら警戒されないから」

 侍女のアリーセにそう頼んだのはベルタであった。明らかに様子がおかしい息子を心配して、アリーセに盗み聞きをさせようとしていた。

「でも、奥様。立ち聞きはしてはいけないと母から言われました」

 解雇されるかもと母に脅されたアリーセはためららう。

「大丈夫。私が命じたのだから。夫に知られても絶対に守るから。お願い」

 ベルタは両手を組んで祈る格好をした。

 アリーセは母親を振り返る。ベルタの侍女である母親は大きく頷いた。

「わかりました。行ってきます」

 茶器を載せたワゴンを押しながら、アリーセは執務室へと向かった。 


 執務室の扉の下部には空気を取り込むための細長い穴が複数空いている。アリーセはかがみ込むようにして穴に耳を近づけた。

 

「リーナは駄目だ。シュニッツラー侯爵には金でなんとかしてもらおう」

 エックハルトにとって、金の力で息子の不祥事を隠蔽するのは断腸の思いだが、家族と領民のために受け入れるしかない。

「しかし、リーナは父親が死んで継母に殺されそうになっていたところを父上が助けたのでしょう。可哀想とは思うけれど、ウェイランド伯爵家のために役立ってくれてもいいのではないですか? ウェイランド伯爵家が潰されるようなことになれば、リーナだって困るでしょうに」

 リーナのことは手紙で知らせただけだったので、エックハルトは詳しいことを記述していない。そのため、ウェイランド伯爵はディルクと結婚するためにリーナを預かっていることを知らなかった。

 真面目なエックハルトが金銭での解決でさえ受け入れるのは辛いことは、息子のウェイランド伯爵にはわかっていた。ましてや養女にしたリーナを愛人として差し出すことに了承するはずはないと思っているが、家を守るために説得しようとしている。

「違うんだ。リーナはハルフォーフ将軍の花嫁と望まれている。そんな女性を他の男の愛人にしようものなら、領地どころか国が潰れるかもしれない」

 軍部を担うハルフォーフ侯爵家と、財政を担うシュニッツラー侯爵家が争うことになれば、それこそ国家の危機である。

「そ、そんな……。行方不明になっているアルノルトが横領の罪に問われていると言うのに」

 ウェイランド伯爵は頭を抱えてしまった。救国の英雄の花嫁を他の男の愛人として差し出すことなどできるはずはない。

「それにしても、ルドルフのやつ、若い女性を愛人にしようなどと。なぜ、そんな男になってしまったのか」

 エックハルトも頭を抱えていた。



「リーナ様、なんて不憫な」

 アリーセは信じられない思いで二人の会話を聞いていた。

 リーナはやはりハルフォーフ将軍に花嫁と望まれていた。そして、妻のいるシュニッツラー侯爵からも愛人として差し出すように言われているらしい。


「誰だ?」

 物音に気付いたエックハルトが廊下に向かって叫んだ。

「侍女のアリーセです。お茶を持ってまいりました」

「話は済んだ。入ってこい」

 アリーセは上の空で茶を入れていたので、随分と濃くなってしまったが、エックハルトとウェイランド伯爵は思いにふけっていたので気が付かなかった。




「どうでした?」

 茶器を引き上げて帰ってきたアリーセを捕まえたベルタは、三男の不始末とシュニッツラー侯爵の不快な要求を知ることになった。その場で一緒に聞いていたリーナも驚く。

「リーナ様は、ハルフォーフ将軍様とシュニッツラー侯爵様なら、どちらがいいですか?」

 アリーセは真面目に聞いていた。化物のようなハルフォーフ将軍の花嫁と、普通の貴族シュニッツラー侯爵の愛人、アリーセにはどちらの方が幸せになれるか判断できない。

「ハルフォーフ将軍に決まっています。シュニッツラー侯爵には奥様がいらっしゃるのよ。そんな方の愛人なんてまっぴらです」

 たった一度だけ出会ったシュニッツラー侯爵の鋭い目と、見下すような態度のシュニッツラー侯爵夫人を思い出して、リーナは身震いをした。あのような男の愛人になるぐらいなら牢の中で暮らした方がいいと感じるぐらいに、リーナは生理的な嫌悪を感じていた。

「当然でしょうね。夫の元部下で息子たちの上司らしいけれど、シュニッツラー侯爵は何だか嫌な感じだったわ」

 ベルタも同意した。


「そうですか」

 アリーセは悲痛な思いで頷いた。リーナが恋人のディルクと結ばれることはないのだと一人落ち込んでいる。

「それにしても困ったわ。アルノルトが横領をするなんて」

 次男はベルタの実家である子爵家へ養子に入ったので、爵位を継ぐことになっていた。長女は侯爵家へと嫁に行っている。三男のアルノルトだけが結婚もせずに兄の家に居候していた。ベルタにとっても心配の種だった。


「私では駄目でしょうか? 私がシュニッツラー侯爵様の愛人になったら、アルノルト様をお救いできるのではないでしょうか?」

 アリーセとって十歳上のアルノルトは、やさしくて頼りになる兄のような存在だった。自分は継ぐ爵位もないので身分は気にしないでいいと笑って遊んでくれた記憶がある。

「駄目よ! そんなこと、エドガーが許すはずないしゃない」

 ベルタが怒ったように首を振る。

「アリーセをあんな男の愛人になんて、絶対にさせないから」

 リーナもかなり怒っている。

「でも、アルノルト様を助けたいです。それに、ウェイランド伯爵家のことも」

 ベルタやリーナの気持ちは本当に嬉しいとアリーセは思う。しかし、ウェイランド伯爵家が潰れたりしたら困ることになるのも真実だった。

 それならば、自分ひとりが我慢すれば全てはうまくいくのではないかと思う。

 リーナがあのハルフォーフ将軍に嫁がなければならないのであれば、自分も貴族の愛人になるぐらいできるとアリーセは考えていた。


「アルノルト様が行方不明というのも怪しくないでしょうか?」

 リーナはシュニッツラー侯爵を思い浮かべながらそう言った。

 リーナから見ると、シュニッツラー侯爵はそのような謀略を巡らせるような男に見えた。

「最初からリーナを狙っていて、アルノルトを謀ったと。確かにあの男ならやりかねない」

 ベルタも同じように感じていた。

「アルノルト様を陥れて、リーナ様を手に入れようなんて、なんて男なの。許さない」

 アリーセは拳を握りしめて怒り出す。



「私は王都へ行きシュニッツラー侯爵様に会います。アルノルト様が私のために巻き込まれたのならば、助け出さなければなりません。もし、アルノルト様が横領したのが真実であったとしても、シュニッツラー侯爵がなにか知っているような気がします」

 リーナは決意したように言い出した。

「リーナ、駄目よ。あんな男に近付いてはいけないわ」

 もちろんベルタは止める。

「リーナ様、無謀なことはお止めください。とても危険です」

 アリーセは顔色を蒼白にして、無謀なリーナを止めようとした。


「大丈夫。あの人がきっと助けてくれるから」

 リーゼはディルクの優しい顔を思いかべていた。


  

***  

 二千十八年四月二十九日 鈴元 香奈 著 

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