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23.それは特殊詐欺

 老夫妻と使用人だけだったウェイランド伯爵邸にリーナが加わり、一気に華やかになった。

 色鮮やかなドレスをまとったリーナが屋敷内を移動するたびに、皆が微笑んでいるのがわかる。それほど新しく養女になったリーナは愛されていた。


「本当にリーナは可愛いわ。お嫁に出したくないわね」

「ああ儂もそう思う。だが、かのハルフォーフ将軍閣下のご所望だからな。儂達には拒否できない」

 もちろん、エックハルトと妻のベルタの会話は冗談である。リーナを手元に置いておきたいのは本心だが、リーナがディルクとの結婚を望んでいるいるので反対できないだけで、ディルクがリーナの夫として相応しくないのであれば、エックハルトは絶対にリーナを嫁に出さない覚悟はある。

 しかし、それを冗談と取らない人物がいた。リーナ付きの侍女アリーセである。談話室の前を通りかかった時に偶然この話を耳にしてしまったのだ。


 発信源から遠ざかるほど、噂は尾鰭がついて大きくなっていく。ここウェイランド伯爵領ではハルフォーフ将軍はまるで怪物のようだと噂されていた。

「怪物のような将軍様に結婚を迫られているなんて、お可哀想なリーナ様。恋人のディルクさんがいるのに。でも、とてもあの優しそうなディルクさんがハルフォーフ将軍に敵うわけないし」

 アリーセはおろおろしながらリーナの部屋に戻ったので、リーナはとても心配してしまった。


「アリーセ、何かあったの?」

「あの、結婚のこと……」

 ハルフォーフ将軍との結婚のことを聞いてみようとアリーセは思ったが、リーナが知らないのであれば彼女から伝えるわけにはいかないと言い淀んだ。

「もしかしたら、好きな人のことで悩んでいるの?」

 そう言ってにっこり笑うリーナの笑顔が痛々しいとアリーセは思った。



「父様、母様、リーナ様がハルフォーフ将軍と結婚させられるんだって。エックハルト様とベルタ様がお話しされていたの」

 アリーセは一人で悩むことが辛すぎて、使用人棟に住んでいる父母のところに戻って相談することにした。

「リーナ様とハルフォーフ将軍が、まさか」

 エドガーはディルクを思い浮かべていた。将軍の結婚相手にするためにリーナをウェイランド伯爵家の養女にしたのであれば、あれほどリーナと親しくしていたディルクを護衛につけるだろうかとエドガーは疑問に思う。

「とりあえず、このことは皆に黙っていろ。ご主人様の話を立ち聞きしたと思われたら、解雇されるかもしれない」

「そういう時はそっと立ち去るのよ。立ち聞きは良くないわね」

 父と母の言葉を聞いて顔を青くしたアリーセは、このことを決して口に出してはいけないと思った。


 

 前ウェイランド伯爵夫妻の養女となったリーナは、一ヶ月後に王都のウェイランド伯爵邸でお披露目されることになっている。その際行われる舞踏会でリーナはハルフォーフ将軍と運命的な出会いをする手筈だ。そのため、リーナはまだディルクとは公式に出会っていないことになっていた。もちろん結婚の話など誰も知らない。

 アリーセさえも、あれはエックハルト夫妻の冗談だったのではないかと思い始めていた。




 リーナは穏やかなウェイランド伯爵邸でのびのびと暮らしていて、いくぶんふっくらとしてきていた。

 満月まで後十日ほど、リーナがディルクの迎えを心待ちにしていた頃、エックハルトの長男のウェイランド伯爵が前触れもなくやって来た。


 玄関へ迎えに出たルーナとの挨拶もそこそこに、ウェイランド伯爵は父を伴い執務室に消えていった。

「何ごとでしょうか?」

 置いていかれたベルタとリーナは心配そうに父子の背中を見送った。



「弟のアルノルトが行方不明なのです。おそらく財務局の出納帳を改ざんして金を横領し出奔したと思われます」

 アルノルトはエックハルトの三男で二十五歳。継ぐ爵位もなく未婚であった。兄と同じく財務局の職員だが勤務態度はとても真面目といい難く、ウェイランド伯爵の頭痛の種だった。

「何だって!」

 エックハルトは思わず叫んでいた。アルノルトが王宮の予算を横領したとなれば、爵位剥奪も覚悟しなければならない。家族や領地はどうなるのかと、エックハルトの顔は蒼白になる。ウェイランド伯爵も王都に遺してきた妻と子のことが心配で、領地に来た時から顔色が悪い。


「局長のシュニッツラー侯爵は、場合によっては隠蔽してもいいと言ってくれています」

 エックハルトは眉をひそめた。ルドルフの申し出はありがたいが、それは不正行為である。公明正大に生きてきたエックハルトの信条に反することだった。しかし、家族と領民を守るために、受け入れなければならないと思っている。

「金か?」

 前シュニッツラー侯爵の娘婿であるルドルフが、自由になる金がないと愚痴っていたのをエックハルトは覚えていた。

「それと、リーナがほしいと」

「それは駄目だ。シュニッツラー侯爵には妻がいるだろう」

 エックハルトはその申し出を受け入れることはできない。信頼して預けてくれたハルフォーフ侯爵家に顔が立たないことになる。

「王都に住まわして愛人にしたいと。籍は入れることはできないが、できる限りのことをすると言ってくれています。父上、リーナに頼んでもらえませんか。我が家の危機なのです。このままではウェイランド伯爵はなくなってしまいます」

 


***  

 二千十八年四月二十八日 鈴元 香奈 著 

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