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22.侍女は見た

 リーナを迎えに行ったのはハルフォーフ侯爵家。珍しい青碧の虹彩。そして、盗賊五人をあっさりと倒してしまった強さ。

「まさかな」

 小さいく呟いたエドガーは、ディルクを見つめながら頭を振った。

「どうかしたのか?」

 不思議そうに見返すディルクの穏やかな表情に、エドガーは救国の闘神の面影を見ることはできなかった。

「いや、何でもない」

 エドガーはあの盗賊五人組が弱かっただけだと結論付けた。シュニッツラー侯爵領は広大であり、施作が行き届かない僻地の領民は貧しい暮らしをしている。そのような地域の農民が貧しさに耐えきれず、盗賊に身を落とすのは珍しいことではない。彼らは農民時代に剣など持ったことがないので弱いのは当たり前だ。


「もうすぐウェイランド伯爵領に着く。しかし、油断はするなよ」

 エドガーは自らに言い聞かせるように、ディルクに警告した。



 ウェイランド伯爵領はそれほど広くはなく田舎であるが、美しい湖と森を持つ風光明媚な土地である。領民は飢えることなどなく、穏やかに暮らしていた。


 見渡す限りの麦畑の中を馬車は進んでいく。

「エックハルト様、お帰りなさい」

 農作業をしていた農民たちが、前領主の乗った馬車を見て手を振っている。前ウェイランド伯爵夫妻も窓から手を振り返していた。

 豊かな自然と優しい人々は、リーナの心も体も癒してくれるだろうとディルクは安心していた。


「俺の故郷はいいところだろう?」

 エドガーは見慣れた風景を目にして嬉しくなり、ついディルクに自慢した。

「本当にいいところだ」

 柔らかい日差しと微かの吹く風を受けながら、ディルクも同意していた。




 程なくしてウェイランド伯爵邸に着く。現ウェイランド伯爵であるクリストは財務局に努めており、家族と共に王都住まいをしているので、エックハルトが実質上の当主である。

 屋敷は深い森を背に建てられていた。広さはそれほどではないが、美しい佇まいを見せていた。

「美しいお屋敷ですね。とても素敵です」

 馬車から降りたリーナが目を輝かせている。その様子を見たディルクは、リーナがここを気に入りすぎて王都に行きたくないと思ったらどうしようと心配していた。



「父様、お帰りなさい」

 前ウェイランド伯爵夫妻とリーナが屋敷に入ると、エドガーの元へ赤い髪を三つ編みにした可愛らしい少女が走ってきた。

「アリーセ、ただいま。いい子にしていたか」

 エドガーは愛娘を抱き上げてそう言った。

「父様、私はもう十五歳です。そのような子供扱いは止めてください!」

 頬を膨らませて文句を言うアリーセは十分子どもであるとエドガーは思ったが、愛娘の機嫌を損ねたくはなかったので素直にアリーセを地に降ろした。


「俺の娘のアリーセなんだ。可愛いだろう? こいつは王都からお嬢様を護衛してきたディルクだ」

 エドガーは親馬鹿の自覚があるのか少し照れている。

「アリーセです。お嬢様の侍女になる予定なんです。よろしくお願いします」

 侍女の制服姿も初々しいアリーセが頭を下げる。

「僕はディルク。えっと、リーナ様の護衛かな? リーナ様をよろしく」

 ディルクはリーナの侍女になるというアリーセが優しそうな少女で安心していた。アリーセは護衛にしては強そうに見えないディルクを不思議そうに見ている。


「俺の妻は奥様の侍女なんだ。アリーセの下に初等学校へ通っている娘が二人いる。本当は息子が欲しかったんだがな。娘婿に期待だな」

 ディルクは娘を欲しがっていた母を思い浮かべ、子の性別は思うようにならないのだなと遠い目になった。そして、リーナとの子ならば男女どちらでもいいと考えて頬を染めていた。




「お嬢様に仕えさせていただきますアリーセです。父は護衛のエドガーなんです。よろしくお願いいたします」

 元気よく挨拶するおさげの初々しいアリーセを、リーナはひと目で気に入った。年も近いのですぐに仲良くなれそうだ。

「私はリーナです。お世話をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」

 リーナの美しい笑顔にアリーセは魅せられていた。


 リーナはウェイランド伯爵家縁の令嬢で、父が亡くなった後継母に監禁されていたと使用人たちは聞かされている。もちろん、アリーセもその話を信じていた。思った以上に痩せているリーナを心配し、アリーセは誠心誠意仕えようと決意していた。



 その夜、リーナはバルコニーに出て少し欠けている月を見上げていた。

 王都からウェイランド伯爵領まで五日間、ディルクと共に旅をしたが殆ど会話をしていない。

「あの時もそうだった」

 リーナは一年前のブランデス訪問の時のことを思い出していた。国境からブランデスの王都まで五日間の旅、リーゼは第二王子と馬車の中で、甲冑姿のハルフォーフ将軍は馬にまたがっていた。必要最低限の会話しか交わさなかったが、大国の将軍らしからぬ気遣いが感じられて嬉しかったのを覚えている。

 そして、この旅でもディルクの暖かさに安心感を抱いていた。

「それでも、もっと話したかった」

 ディルクは翌朝に王都へと旅立つ予定になっているので、今宵が一緒にいられる最後の夜だ。



 ディルクが外に出てリーナを想い月を見上げていると、二階のバルコニーで人影が見えた。部屋からの明かりに照らされて輝くプラチナブロンドの美しい髪を見誤るはずはない。

 ディルクは壁に手をかけてするすると登り始める。


「ディルク、逢いたい」

 リーナが呟く。

「僕も逢いたかった」

 バルコニーに降り立ち、ディルクが微笑んだ。


「ディルク!」

 隣の部屋に控えているアリーセに聞かれぬように、声を抑えたリーナがディルクに駆け寄る。

「リーナ!」

 リーナを軽く抱きしめながら、ディルクも声を抑えて愛しい人の名を呼んだ。


「逢いたかった。ずっとディルクのことを想っていたの。昨年出会った時のことや、ハルフォーフ家のことも」

 ディルクから受ける二度目の抱擁は、夜風に冷えたリーナの体にとても気持ちがいい。

「僕もずっとリーナを想っていた。あの月がもう一度満ちたら必ず迎えに来る。そうしたら、リーナは僕の婚約者だよ。そして、半年後には結婚式だ」

 ディルクはリーナを抱きしめる腕を片方外して、リーナの顎を持ち上を向かせて触れるだけの口づけを落とした。



 リーナの部屋の隣には侍女の部屋がありアリーセが控えていた。小さな窓から外を見ると、リーナの部屋から続くバルコニーで抱き合うリーナとディルクが見えた。

 会話内容は聞こえないアリーセは、二人は禁断の恋人同士だと勘違いをする。

「応援してあげたいけれど、伯爵令嬢とただの護衛。難しいわよね」

 それでも今夜のことは父にも話さず、自分の胸だけに仕舞っておこうとアリーセは考えていた。


 

***  

 二千十八年四月二十八日 鈴元 香奈 著

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