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02.墓の前で

 第二王子がやせ衰えて風貌の変わってしまったリーゼと会っていたので、餓死した女がリーゼと別人だと疑われることはなかった。若い女だったが髪は総白髪になっており、リーゼの髪は飢餓のため輝きを失ったと言っても違和感はない。

 父親である公爵は女をひと目見ただけで娘と認めた。公爵は娘が生きている可能性に気がついたのかもしれないと牢番は思ったが、公爵の瞳からは何も伺えない。いくらやせ衰えても子どもの顔がわからないなんてあるのだろうかと疑問に思ったが、高位貴族とはそういうものかもしれないと、少し呆れていた。


 牢番は囚人を餓死させた責任を問われたが、停職十日という軽いものだった。リーゼがほとんど食事をとっていないことは度々報告していたのにも拘らず王宮がそれを無視していたのだから、牢番の責任を問う方がおかしいとも言えた。

 囚人がいなくなった貴族女性用の牢は牢番を必要としていないので、停職明けには男性用の牢へと異動になる予定だ。




 リーゼの葬儀は行われなかったが、かなり豪華な棺が用意されたくさんの花が届いていた。牢番は遺体を棺に寝かせまわりを花で飾った。このような棺も花も、本来ならば決して用意してもらえない境遇の女だ。

『これで安らかに眠れるだろう』

 誰もいない監獄の門前で、牢番は独り言を口にした。


 牢番は棺を荷台に乗せて馬で引くことにする。埋葬するのは王都の共同墓地。平民はここに埋葬してもらえるのは極一部の大金持ちだけだ。高位貴族は自分の屋敷内に墓地や霊廟を持つのでここは使わない。領地を持たず王都に狭い屋敷しかない低位貴族が主に眠る場所だ。

 牢番が指定された場所に穴を掘り棺を埋めた。その後、石工がやってきて小さいながらも墓標を置いていった。

 家名を刻むことは許されなかったらしく、墓標にはただ『罪人リーゼ』と刻印されている。牢番は花を前に置いて手を組んで祈りを捧げた。

 願うは見知らぬ女の冥福か、それとも、リーゼと呼ばれた女の幸運だろうか。



 手を合わせて佇んでいる牢番の後ろから迫る人影があった。気配を感じて振り返った牢番が見たものは、黒いドレスをまとった貴族令嬢だった。

「リーゼさんのお墓はこちらでしょうか?」

「ああ、そうだ。俺は牢番でここに埋葬しにきた。あなたは家族ですか?」

 やっと家族が来たのかと牢番は思ったが、

「いいえ、私はリーゼさんの友人で、アドリーヌと申します」

 令嬢の答えは牢番の期待を裏切った。リーゼには死を悲しむ家族はいないのかと牢番は思う。父親が遺体を確認に来た以外、牢番はリーゼの家族に会っていない。

 アドリーヌは手に持っていた花を墓に捧げて、手を組んだ。



「リーゼさんの身に何が起こったか、話してもいいですか?」

 アドリーヌの言葉に牢番は驚いた。家族でもない男にリーゼのことを語ろうとするのか理解できない。

「なぜ、俺に?」

 思わず訊いていた。

「リーゼさんの最期を看取ったんでしょう? ずっと悲しそうに祈っていたから、リーゼさんの死に納得していないのかなと思って」

 納得していないのはアドリーヌではないかと牢番は思った。

「よければ聞かせてくれ」

 牢番は埋葬が終われば停職の身となり、時間はたっぷりとある。この埋葬した女より悲惨な末路をたどる可能性があるリーゼのことを、牢番は知りたいと思った。


「リーゼは美しくて優しい完璧な女性だった」

 それは牢番も知っていたので黙って頷いた。美しいリーゼは貴族令嬢とは思えないほど高飛車な態度もとらず、わがままも言わなかった。ただ諦念したように黙って牢に入った。

「リーゼの婚約者は第二王子。恋愛感情など入る余地もない政略的なものだった。リーゼも王族に嫁ぐことを覚悟していたわ。彼女にとってそれは義務だった。だから、殿下も同じだと思っていた」

 アドリーヌは悔しそうに言葉を切った。牢番は一度牢に尋ねてきた第二王子を思い出して顔を顰めた。あれほど美しく気高い女相手に恋愛感情を持たないでいられるというのも理解しがたい。


「第二王子は自らの役務を忘れて、一人の女性に恋をした。平民の血が入っているという子爵令嬢のリリアンヌさんは、舞踏会で殿下に近付き誘惑したり、王宮まで押しかけ殿下に会ったりしていたわ。あのような下品な様に心惹かれるなんて信じられないけれど、殿下はリリアンヌと恋に落ちてしまったらしい。それからリーゼの悪評が社交界でささやかれるようになった。私は心配していたのだけど、病気を患ってしまって領地で療養をしていたの。先日王都に帰ってみると、嫉妬したリーゼさんがリリアンヌさんの命を狙ったとして罪に問われて牢に入れられてしまっていた。王の裁定で父親のサンティニ公爵も納得済みだと言われれば、ただの伯爵家の娘には助けることなどできなかった」

 アドリーヌは涙を流しながら訴えていた。よほど悔しかったのだろうと牢番は思う。


「リーゼさんはそんなことをする人ではないわ。そもそも嫉妬するはずないもの。殿下を愛していないし、王子妃なんて望んでいなかった。殿下が他の人を愛したと言うならば、普通に婚約を破棄すればよかったのに。なぜリーゼさんに冤罪を着せるような真似をしたのか。リリアンヌに骨抜きにされているとは言え、一国の王子としてあるまじき行為よ」

 かなり不敬な内容になってきたが牢番は気にしない。

「そうだな。あの王子が王太子でなくてよかった」

 それは牢番の正直な思いだった。せめて王太子だけでも有能な人物だと信じたかった。そうでなくてはこの国の将来が心配だ。妻と娘を亡くしている牢番にとって死は脅威ではないが、妻と娘の墓が蹂躙されることは耐え難い。


「私はリーゼを救うために何かできたのでしょうか?」

 アドリーヌの問に牢番は黙って首を横に振った。静寂の墓地にアドリーヌの嗚咽だけが響いている。

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