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15.もてなしと晩餐

「はぁ」

 久し振りに自室に戻ったディルクは盛大なため息をついた。

 

 武に秀でた母親であるが、実は可愛いものが大好きである。常々息子しかいないことを嘆いていたので、可愛らしいリーナのことを気に入るとは思っていたが、母の反応はディルクの予想以上だった。

 リーナを取り上げられた気がして母に反感を覚えたディルクだったが、リーナは仮初の花嫁であることを思い出す。


 リーゼを救うためには母の制止を振り切って救出に向かうべきだったとディルクは思うが、もしそうしていれば、リーナと出会うことができなかった。

 リーナが他の見知らぬ男に託されるようなことになっていれば、今も生きているか疑わしいとディルクは思う。生きていても、娼館に売られてしまったり、無理やり体を奪わたりと、幸せに暮らしているとはとても思えなかった。


 リーゼはどうしても救い出したかった。しかし、リーナも助けたいと思う。二人とも幸せにしたかった。ディルクは強く手を握りしめながら、どうすれば良かったのかと思案に暮れていた。




「気持ちいいです」

 湯浴みを済ませ、侍女に体中を揉みほぐしながら香油を塗ってもらっているリーナが思わず呟いた。三ヶ月近く前から手入れしていない上に栄養不足だった荒れた肌に、優しい香りの香油が染み込んでいくようで本当に気持ちがいい。

「リーナ様はもともと美しい肌だったのでしょうね。すぐ元に戻りますよ」

 侍女たちも楽しそうにしている。

 ハルフォーフ家は職場としては思った以上に良い環境だが、武人の夫婦に四人の男の子では、さすがに華がなさすぎた。そこに若い当主が花嫁を連れてきた。しかも、花嫁は非道な継母に囚われていた姫君、肌も髪も痛んでいたので手入れのやりがいもあり、侍女たちは皆張り切っていた。


「ディルク様もリーナ様が美しくなると喜びますね」

「ずっと想っていた囚われの姫君を単身助け出してくるなんて、本当におとぎ話みたい。穏やかなディルク様だけど、やる時はやるのね」

 賑やかに侍女たちが会話しているのを聞いていて、リーナはディルクには想う人がいることを思い出してしまった。

 ディルクが救出に成功していたら、ここにいるのは彼女だったのだ。

 幸せになるのは彼女だったはずなのに、自分が取り変わろうとしている。彼女に申し訳ない思いがリーナの心を締め付けていた。



 リーナはディルクに彼女のことを聞いてみようとしたことがあった。もしかして知り合いかもしれないと思ったのだ。他国の将軍が交流を持つ女性は限られている。貴族令嬢ならば顔見知りである可能性が高い。しかし、ディルクにとっては辛い記憶だろうし、何よりも嫉妬してしまうのが怖かった。

 彼女が死んでしまって良かったと思ってしまうのではないかと、リーナは恐れていた。

 自分だけが助かったのにも拘らず、そんな醜い心を抱くのは耐えられない。だから、リーナは彼女のことを考えないようにしていた。


 ディルクの母親や弟が良い人だったのもリーナには辛かった。

 二人はリーナがリーゼであると気が付かず、ディルクの想い人だと信じて疑っていない。侍女たちにもそう紹介された。

 リーナはディルクの大叔父の縁続きの娘で、一年ほど前にディルクが大叔父の領地を訪れた時に出会い、運命のように恋に落ちた。しかし、リーナの父親が死亡してしまい、遺されたリーナは継母に虐待されて監禁されていた。そこをディルクが助け出しハルフォーフ邸に連れて来たことになっている。

 侍女たちはこのおとぎ話のような恋愛譚を素直に信じて、痩せて手入れの行き届いていないリーナを気の毒に思い、美しく変身させたいと張り切っている。


 ディルクの母は彼女に居場所を用意して待っていた。それはどこまでも優しく居心地がいい。

 だからこそ、この環境を享受することにリーナは罪悪感を覚えてしまう。

 リーナは彼女への申し訳ない気持ちで涙を流した。

「リーナ様、どこか痛いのですか?」

 侍女が驚いて香油を塗る手を止める。

「違うの。幸せだなと思って」

「お辛い目に遭ったのですものね。でも、これからもっとお幸せになりますよ。これぐらいで泣いていては涙が枯れてしまいます」

 侍女は微笑みながらそう言うと、ことさら優しく手を動かした。



「晩餐の時間が迫っていますから、ドレスをお召しになってもらえますか。髪は横を編んで上げて、薄くお化粧をしましょう」

 長旅の疲れを取るようにゆっくりとマッサージを受けて、気持ちよさのあまり目を閉じてうとうとしていたリーナは声をかけられて覚醒した。

「お化粧は可愛くなるようにお願いできますか?」

 ディルクにリーゼであることを知られたくないリーナは、以前とは違う雰囲気になる化粧を依頼した。

「畏まりました」

 うやうやしく頭を下げた侍女は、持ちうる技術の全てを使いリーナを可愛く飾り立てると拳を握りしめていた。



 広い食事室には久し振りにハルフォーフ家の全員が揃っている。

 中央には当主のディルク。その隣は空席でリーナが座る予定だ。反対の隣には次男、向かいには母親と三男、そして、四男が座っていた。

 そこに侍女に手を引かれたリーナが入ってきた。


「まぁ、可愛い!」

 母親の言葉に嘘はなかった。侯爵家の侍女たちが磨き上げたリーナは、見違えるほどに可愛くなっている。

「本当に可愛いですね。兄上もそう思うでしょう?」

 次男のツェーザルはディルクの脇腹を肘で突きながら笑っている。ディルクは思った以上に可愛いリーナを見て、顔を赤く染めたが、見惚れている自分に自己嫌悪を感じながら俯いてしまった。

「華やいで良いのではないでしょうか」

 三男のヴァルターは、整った顔に皮肉な笑みを浮かべてディルクを見ている。


「僕はそんな女なんて、ディルク兄様の花嫁と認めないから!」

 まだ十三歳の四男マリオンは、天使のような可愛らしい顔を歪めながら立上がり、リーナを指さしながらそう怒鳴った。


***

 二千十八年四月二十二日 鈴元 香奈 著

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