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13.家族の心配

「ディルクは私を恨むかしら? 私が止めたから間に合わなかった」

 ディルクの母親は小さく呟いた。

 リーゼが牢に幽閉されたとの情報がブランデスの軍部に届いたのは一ヶ月ほど前のこと。

 翌日に怒りの表情で花嫁を連れて帰ると出ていこうとしたディルクを止めたのは母親だった。

 ディルクが単身乗り込んで救出しようとするのならば、リーゼの身分を明らかにしないつもりだと思った母は、身分なき女性でも憂いなく結婚できるようにと、前ウェイランド伯爵に養女にしてもらえるよう頼むから、返事をもらうまで待てと説得したのだ。

 家督を長男に譲って領地で悠々自適に暮らしているウェイランド伯爵ならば、養女となった女性の身元は判明しにくい。そして、事情を察したウェイランド伯爵からは快諾を得ていた。それで全てがうまくいくと母親は安心していた。

 母親の望みは可愛らしい女性なので、リーゼは美しすぎると思うが許容範囲だ。


「怒りに身を任せてしまいそうなあの時の兄上は非常に危険だった。冷静になる時間を与えた母上の判断は間違っていない。リーゼ様が食事をとらずに餓死してしまうとは想定外だった。我が国に来られた時は第二王子に恋愛感情を持っていない感じだったが」

 ディルクの弟ツェーザルは今まで見たこともないほど落ち込んでいる母に驚き、思わず慰めた。



 小さい時からディルクは容姿も性格も穏やかな少年だった。だからこそ母親はきつく鍛えた。圧倒的な力を示さなければ将軍として舐めらてしまうと心配したからだ。

 ディルクは身体能力に優れていたので、勇猛な容姿と性格のツェーザルよりも剣の才能はあった。それでも前将軍の父親はディルクには侯爵位だけを継がせ、次期将軍にはツェーザルを考えていた。

 そんな中戦争が始まり、後継者問題が有耶無耶のまま父親が戦死してしまった。

 皆が狼狽えている中で、ディルクが自分が将軍になると宣言した。怒りの表情を浮かべるディルクに誰も反対できなかった。


 長く将軍を勤めた父親は、権力を集めすぎていたのかもしれないとディルクは考えた。だから、二百人ほどの兵を束ねる隊長たちに指揮権を委ねて、『どんなことをしても勝て』と命じた。

 八十名ほどいた隊長たちは自ら考えて指揮を執る。ある隊は前将軍の教えを守り正々堂々と戦い、違う隊は奇襲を仕掛けた。罠を仕掛けたり毒を使った隊もあった。

 そして、ディルクは自ら顔をさらして目立つように戦い続けた。勝利は若き将軍の圧倒的な力によるだと示すように。

 ディルクの伝説は意図的に伝播されたが、それでも、戦場でディルクを見た者は誰もあの伝説が嘘であると思わない。

 それほど怒ったディルクは危険な男だった。


 母とツェーザルはため息をついた。ディルクが無事帰還することを願っているが、怖くもあった。





「今日もいいお天気ですね。風が気持ちいです」

 リーゼがディルクを見上げて微笑んだ。二人が出会ってから半月近くの時が過ぎ、まだかなり細いものの骨と皮という状態から人間らしい膨らみを取り戻しつつあるリーゼだった。

「本当に気持ちいいな」

 馬は見渡す限りの草原を進んでいた。近寄ってみると雑草の小さな花だが、遠くを見ると草原全体が青碧に染まっているように見える。

「ディルクの目の色と一緒だわ。綺麗ね」

 リーゼにそう言われてディルクはまなじりを下げた。


「馬に二人乗りとは、見せつけやがって」

「馬と女を渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」

「金もあるだけ置いていけ」

 ゆっくりと進むディルクの馬に、剣を持った三人の男たちが後ろから近付く。馬はかなり立派だし、女は痩せ過ぎているが売れないほどではないと思った追い剥ぎだった。

 ディルクが不機嫌そうに振り向く。追い剥ぎたちは一気に顔色をなくして震えだしそうになった。


「何か言ったか?」

 ディルクがそう問うと、追い剥ぎたちは一斉に首を振った。

「仲がいいので、羨ましいなと……」

「お気をつけて、旅をしてくださいと……」

「いい天気だなと……」

 三人の追い剥ぎは一所懸命に誤魔化した。

 この三人は元カラタユートの兵士だったが、敗戦後カラタユートは荒れ果てたので国を飛び出してブランデスに密入国していたのだ。もちろん密入国者に職があるはずもなく、追い剥ぎに身を落としていた。

 彼らは戦場で青碧の闘神を見たことがあった。当時のディルクは顔を出した甲を身に付けていたので三人はディルクの顔を知っていたのだ。

 それは恐怖の記憶だった。とても逆らうことなどできない。


「この先の町の騎士駐在所に行ってみろ。鉱山作業でよければ職を斡旋してくれるはずだ。もし、このままここで我が国の民を害することがあれば、僕は許さないよ」

 ディルクがそう言うと、三人は壊れたように頭を縦に振り続けた。


「あの人たち、誤魔化していたけれど悪者ですよね。さすが将軍閣下、すごいですね」

 リーゼがそう言うと、ディルクは恥ずかしそうに下を向く。


 そのようなことがあったが、旅は順調だった。

 ブランデスの王都に無事到着し、ハルフォーフ侯爵邸に向かう二人。賑やかな大都市を楽しそうに眺めているリーゼをディルクは嬉しそうに見ていた。



***

 二千十八年四月二十日 鈴元 香奈 著

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