7 勇者が暴走しました。
それにしても、なかなか始まらないなあ。晩餐会。
テーブルに食器や果物は置いてあるけど、食べ物が運ばれてこないし、この世界の人達は中央のテーブルに居る俺達を遠巻きに見ているだけだ。かといってクラスメイト達も小さいグループがテーブルの周りにバラけている。一番数が多いのは城山グループ+ユカのグループの8人で、後は3、4、3、2、3、2、3、3、2(俺と青野)といった感じである。
「なかなか始まらないな。何かあったのか?」
「そういえば、拙者が獅子宮を出てきたとき、後ろの方で運動部の奴らが騒いでいたでござる。そ奴らはここに居ませんな」
「運動部の奴らって、勘違いしてそうな勇者連中か?」
「そうでござる」
「騒いでいたって、どんな風に?」
「俺達は勇者だ、偉いんだ、でござる」
「やらかしたっぽいな。面倒なことになりそうだ」
「やらかしたとは?一体何を?」
「異世界に勇者として召喚されました。貴賓扱いされて可愛いメイドさんに『御用の際は鈴を鳴らしてお呼びください』と微笑まれました。宛がわれた部屋を確認して、寝室でご奉仕させることを思いつきました。多分そんな感じ」
「複数勇者召喚物でのモブ勇者の定番でござるな。真っ先にハニートラップに引っ掛かる愚か者、あ奴らにはお似合いでござる」
俺の予想を聞くと青野が納得したように頷いてそう言った。
そうこうしているうちに騎士と思われる格好の人達が来て、言葉遣いは丁寧だが有無を言わせぬ感じで追い立てるようにして、俺達を会議室のような場所へと連行する。
「なんでこんなところに連れてこられたわけ?」
「女官長と警護隊長、宰相閣下が来られてから説明いたします。暫しお待ちください」
「どうしてこんなことになってるの?」
「晩餐会なんていいから、とりあえず部屋に帰してよ」
「これが歓迎の宴だとしたら笑えないな」
「皆落ち着いて。説明してくれるって言っているんだから、それを待とう」
入口を騎士と思われる数人で固められ、部屋の奥に追い込まれている形になった俺とクラスメイト達。城山がクラスメイト達を抑えている隙に、俺はちゃっかりとユカの近くに潜り込んで、素知らぬ顔で青野と話をしながら女官長と警護隊長と宰相を待つ。
暫くして、宰相と思われる人物が女官長と警護隊長を従えて部屋の中に入ってきた。眉間に皺を寄せたその人物は、俺達を品定めするように見回して、口元を扇子で覆った。宰相と思われる人物は執事を思わせるような服装をしているが、長い髪を後ろに束ねて薄くではあるが化粧をしている女性だった。
「わたくしはクレンティーヌ王国の宰相、シモーヌ・フラン・ディ・アルベルト侯爵である。此度の来訪を歓迎すると言いたいところではあるが、問題が発生したため、急遽こうして説明の場を設けることとなった。女官長、護衛隊長。説明を」
「はい。皆様方をそれぞれ獅子宮、乙女宮にご案内した後、獅子宮にお迎えした五名の殿方が、部屋付きの侍女に無体を働こうとしたため捕縛し、王宮護衛騎士団に引き渡しました」
「我々は報告を受けて獅子宮に急行し、五名の異世界人を地下牢に移送しましたが、その際、『勇者の俺に何をしやがる』『仲間が黙っていない』『後悔しても許さないからな』などと暴言を吐き、現在も牢内で騒いでいるとのことです」
返り討ちにされたんだ。傷付けられたメイドさんが居ないということがわかって、一安心である。
「ここに居ない五人っていうと、阿部、春日部、村岡、石黒、富岡か?」
「勇者だってはしゃいでたし、そいつらだろ」
「無体を働こうとしたって、侍女さんを襲ったってこと?サイテーじゃん」
「勇者じゃない私達を見下してたよね。厭らしい目で見られたし」
「皆、ちょっと落ち着いて。彼らは仲間だろう?」
城山の言葉を聞いた宰相さんが眉を顰める。やばい。巻き込まれるのは御免だ。
「城山君。俺は犯罪者を仲間と言いたくないから、宰相閣下に保護してもらうよ」
「君はクラスメイトを裏切るのかい?」
「裏切るって言われてもなあ。もともと彼らと交流は無かったし、女の子に乱暴しようとした奴らを庇う気は無いし」
「薄情だな、君は!」
「女官長さんや護衛隊長から説明があっただろ!それでも彼らを信じるって言うなら勝手にしてくれ。俺は犯罪者を庇うなんて御免だ」
そう城山を切り捨てると、後はすべて無視して宰相さんの側へと歩いて行く。
「拙者も行くでござる」
「私達も行くわ」
「そうよ。性犯罪者を庇うなんて御免だわ」
「皆、行こう」
「え?水瀬さん?」
「僕達も行くよ」
「俺達も行くわ。別に犯罪者を庇う気は無いし、あの勘違い野郎どもにはムカついていたからな」
「清吾!?浩二!?」
「あたしもさ、さすがに犯罪者は庇えないよ。龍也もわかってるっしょ?」
「姫乃!?」
面白いようにクラスメイト達が城山から離れていく。橘さんまで離れたのは予想外だったが、城山は頑なに五人を擁護する姿勢を崩さない。何故そこまで擁護するのだろうか?
城山の周りには誰も居なくなり、彼はただ一人で宰相閣下と対峙していた。
「彼らの言う『仲間』とは、お前のことか?シロヤマ」
「彼らだけじゃない。皆だって俺の仲間だ。なあ、そうだろう?」
「俺達を巻き込むのは止めてくれ。見ればわかるだろう。俺達は仲間じゃない」
「君には聞いていない!なあ皆、よく考えてくれ」
「私は性犯罪者を庇いたくない。ましてや仲間になるなんて絶対に嫌」
「そ、そんな。水瀬さん」
「キモい。名前を呼ばないで。って言うか話しかけないで」
「うわあ。由香里ちゃん容赦ないね」
「志保だってそう思ってるくせに」
「フヒヒ。サーセン」
なんか今、西条さんから聞いてはいけない言葉が聞こえてきたような気がするんだけど。気のせいだよね。
「あのさ、龍也。なんでそんなにあいつらのことを庇うわけ?この人達の話を聞けばどっちが悪いかなんて一目瞭然じゃん」
「水瀬さんが話しかけるなって言った。嘘だ、こんなの嘘に決まっている」
「ちょっと龍也、聞いてんの?」
「ああっ!?攻略済は黙ってろ。あいつらは俺がクラスの女を落とすのを手伝ってくれる奴らなんだよ!見放せるわけないだろうが!」
「は?キスもしてないのに攻略済扱い?バッカじゃないの」
「なんだと!このビッチ!!」
「残念でした。あたし処女だからビッチじゃないし。ってかアンタ最低。宰相さん、こいつも牢屋に入れちゃって。あいつ等の仲間だって白状したし」
「確かに仲間だという自供はしたな。護衛隊長、シロヤマを地下牢へ連れていけ」
「了解しました。引っ立てろ」
「畜生!離せ!俺は勇者だぞ!」
「うわぁ。ホントに言うんだ。馬鹿みたい」
「あと、ヒメノ?お主、しょ、しょ、オホン、そのようなことを大声で言うな。はしたない」
「男子!聞かなかったことにするし!命令だからね!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす橘さんを見るクラスメイト達の視線は、とても慈愛に満ちたものであった。