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☆ 6時間目・国語(落し物置き場・武道場) 【30/45分】

 私を引き留める保健室の先生を振り切って、職員室の横にある「落とし物置き場」に走った。そこには文字通り、生徒の落し物が鍵のかかったガラスのケースの中に保管されている。私はケースに顔を近づけ、中を覗き込む。筆箱、手袋、メガネケースが1つずつ、それに鉛筆が数本あるだけで、上履きはなかった。


 次に犯行現場となった武道場の玄関にも足を運んだ。武道場は現在の時間は誰にも使われていないらしく、剣道場への入り口となるスライドドアは閉じられ、玄関の下駄箱と床には1足たりとも上履きは見当たらなかった。あるのは来賓用のスリッパが数十足。それともう1つ。床は綺麗に掃除されていたが、一か所だけ黄色いシミがあるなと思って近づくと、とうもろこしの粒が1粒だけ落ちていた。


 犯人が分からなくなった今、上履きだけでも見つけようと思って落し物置き場と武道場の2か所を回ってみたが、徒労に終わってしまった。とぼとぼと自分の教室に引き上げる。 


 5時間目の体育の時間、阿部と大津はどこで何をしていたのだろう。私の予想と2人の実際の行動は決定的に乖離していて、もはや想像することは不可能に思える。


 藁をも掴む思いで、先ほどの授業中にやりとりした手紙に何かヒントはないかと、スカートのポケットの中にしまっておいた数枚の紙片の内の1枚を無造作に手に取った。




「大津は保健室にはいなかったと思うけど」




 これは阿部とのやりとりの物だ。普段からあまり物事をはっきり言わない彼女が、ここまで断言しているところが印象的だ。


 この手紙に対して私は「どうしてそう思うの?」と返したがそれに対する返事がなく、確かそのまま教室を出たのだった。


 あの時の私は大津が保健室にいたはずだと思い込んでいたために、阿部からの手紙を読んで少し混乱してしまった。しかし実際には、大津は保健室には行っていなかった。保健室内には先生の他に人がいなかったから阿部は「大津はいなかった」と判断したのだろう。


そこまで考えて、先ほどの保健室の先生の言葉を思い出した。先生によると、保健室では体育の授業があった5時間目の始めから6時間目の開始の時間まで、ずっと3年の女子がベッドを使用していた。ということは、阿部が保健室に入って来た5時間目の終わりの時間にも、3床のベッドのうちの1床はその3年生によって使用されていたという事だ。「大津も保健室に行った」という事前情報を持った阿部ならば、きっとそのベッドの使用者を大津だと思うだろう。しかしこの手紙には「大津はいなかった」と書かれている。「大津は見なかった」ならわかる。ベッドを囲うカーテンの向こうの人物を、阿部は確かに見てはいないのだから。しかし「いなかった」という言葉だと事情は変わる。その言葉は、カーテンの向こうにいる誰かが大津ではないということをわかっていなければ言えない言葉なのだ。


 その時ふとした予感が脳裏をかすめた。


 阿部は保健室以外の場所で大津を見かけたため、保健室に大津はいなかったと断言できたのではないだろうか。そうすると阿部が保健室にたどり着いた時間の遅さにも説明が付く。


 阿部が保健室以外に向かいたかった場所は、しかし思い浮かばない。


 いや、そう考えるから詰まるのだ。保健室以外に向かいたい場所があったのではない。阿部は保健室には行きたくなかったのだ。


 それには、私が5時間目に阿部に放ったあの言葉が影響しているに違いない。


「大津が保健室にいると思うけど」


 私がそれを口にしたときに、阿部がどんな表情をしたのかを思い出す。あの時、その表情は「驚き」だと私は思った。それは違った。あれは「恐怖」だ。


 阿部にとって大津は出会いたくない人物なのだろう。理由はすぐに思い浮かぶ。2人にとって初めての飼育委員の仕事をすっぽかされ、朝休みに話しかけようとすれば上原に乗せられて自分のことをいじめてきたような人物だ。そんな相手と狭く静かな保健室の中で顔を合わせたくない。そう思った阿部は、大津が保健室から出てくるまでどこかで時間を潰そうと考えた。


 どこかで。それは2年1組の教室だろう。まさか図書室には行くまい。生徒が授業時間中に出入りできる場所は少ない。自分の教室、自分の席で少しの時間をやり過ごすと考えるのが妥当だろう。


 それが阿部が隠したがった保健室に行くまでの寄り道だ。


 大津を避けるために向かった教室にはしかしなんと大津がいた。大津は保健室でサボるのではなく、自分の教室で体育をサボっていた。この時阿部は余計なことを言った私のことを呪わしく思ったかもしれない。


 阿部が寄り道をしていないと嘘をついた理由は、自分が犯人だと疑われていることに感づき、真っすぐに保健室に向かわなかったと言えば自分がより一層疑われてしまうと危惧したためだろう。


 まずはここまでの推論が当たっているかを確認しよう。授業を受けるためではなく手紙を書くために、私は2年1組教室まで戻った。

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