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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

追体験

作者: 関島

※この物語はフィクションです

※作者の最後の投稿にはなりませんのでご安心下さい

※また、内容に含まれる行動を推奨するものではありません

※ダメ、ゼッタイ

「・・・あー、ありがとうございます。でもこれ全部間違ってますね。えっと、あと俺やるんで、他の作業しててください」


「えっ・・・す、すいません」


「や、大丈夫っす」


派遣先の社員がそう言うと、早く立ち去れと言わんばかりに足早に会話を切った。

俺は肩を落として自席へ戻る。

畜生、いつもこうだ。仕事ができない自分への自己嫌悪で死にたくなる。

今回はちゃんと、作業に入る前に確認をしたはずだったのに。

入念にチェックもした、と思っていた。

確かに、業務中にサボってネットサーフィンをしていた時もあったけど、余裕があると思ったからに他ならない。


早めに確認に出すとこうだ。

指示が悪い、と何度も他人のせいにしたこともあった。

しかし、どの職場でも同じことを繰り返していることに気づいてから、やり方が悪いんだと思うようになった。

色々と変えては見たんだ、自分なりに。

でも、結局、変わらない。


あー、しょうもない。

こんなことで、泣きそうになる。

俺は悔しい思いを隠すように、トイレへと席をたった。

たった5分くらいの話だ。

用を足し、顔を洗って、気合を入れ直してオフィスへの扉を開けようとすると、うっすら声が聞こえてきた。


「――で、本当に、最悪ですよ」


「ううん、そうか。問題有りだね」


「朝も遅刻多いし、頼んだ仕事もできていないし、ちょっとこれ、切り替え考えたほうが良いかもしれないです」


「そしたら、今月更新だから、切ろっか。他に人がいないか問い合わせてみるね」


「すいません、ご判断ありがとうございます。次の人はちゃんとしてると良いんですけど」


「まあ派遣だからね。当たりハズレは差があるよ」


「今回は大外れってことですね」


「そうだねえ。この件に関しては、向こうに伝えとくよ」


扉一枚隔てて繰り広げられる会話。

あれは先程会話をした担当と、その上司の声だ。


終わった。

まただ。


俺はとてもじゃないが席に戻れなかった。

扉のドアから手を話して、時計を見る。

タイミング的にはお昼時だった。

たまたま財布も持っている。

いてもたってもいられなくなって、俺はそのまま会社を出た。


牛丼屋で、並を食べて、心を殺して会社へ戻る。

若手の社員は一切俺を見ようとしなかった。

特に誰かと話すこともなく、仕事もほとんど無く、ただぼーっとディスプレイを眺めた。


頭と心はぐっちゃぐちゃだ。

気がつけば、その日を終えていた。


「お疲れ様です」


早口でそう言って、急ぎ足で帰路についた。


帰り道。

何度もあの会話を脳内で反芻する。


"大外れ"。


俺の扱いはそんなものだ。

自分より年下の若者に大外れと呼称される。

クソみたいな人生だ。ただ、悔しさだけを歯の奥で噛み締めた。


「ただいま」


誰も居ない6畳ほどのワンルーム。すっかり疲れた俺の声が部屋に響く。

ここが俺の城だ。

部屋はゴミが散乱し、衣服はその辺に脱ぎ捨ててある。

ゴミだけが俺を出迎える。帰る度にゲンナリするが、部屋をかたす気力もない。


帰ってきてそうそう、俺は布団にダイブした。

少しおじさん臭くなってきた枕の匂いを思い切り鼻で吸い込んで、死にたくなる。


「あーーーーー」


枕に口を押し付けたまま、中途半端な大きさの声を出す。

ため息と一緒に、叫びのような、嘆きのような声を漏らした。

今日の事が、頭の中をぐるぐると回っている。


くそだ、何もかも。


仕事もうまくできない。人付き合いも苦手。挙句年下にナメられる。

最低だ。


大人と話すのも疲れる。

自分ももう随分と大人になったつもりだったが、18の頃から何の成長もない。

大人になりきれていない俺は、大人が苦手だった。

年下も苦手だ。キラキラして、まだいくらでも選択肢がある顔をしているから。


人が苦手だった。

自分との差をわからせるためにしか、存在していないと思っていた。


気がつけば相談出来る相手も居ない。

ていうか、内容がしょうもなさ過ぎる。

ひたすらに俺がダメだという話で、恥ずかしくて相談もできない。

話したところで、ただ怒られるか、呆れられるか、どっちかだ。


腹を割って話せる友人もいなくなった。

学生時代の友達とも疎遠になっている。


当たり前だ。皆結婚していって、家庭がそれぞれできている。

気軽に飲みに行ける関係性なんて、とっくになくなっていた。


たまに連絡が来ても、子供が生まれた報告や、同窓会の連絡だけ。

数年前に一度参加した時に、周りの友人達と自分の人としての差に絶望したのを覚えている。

それっきり参加は全部拒否だ。


別に中心で話をするわけでもないし、参加してもいつも端っこで近くの席のやつの話を聞いているだけだ。

誰が困るわけでもない。会に必要な人材ではない。


社会にだってそうだ。俺は必要な人材ではない。

別に俺がいなくても誰も困らないし、俺がいることを喜ぶやつもいない。

むしろ疎まれている。


こんな自分が嫌いだ。

しかし、もっと自分が嫌いなポイントが有る。


今こんなに考えているのに、明日の朝になれば忘れていることだ。

いや、忘れていないが、今日ほど悔しいと思って生きていない。

復讐や怒りに心を燃やせない。


考えれば、今まで何度もそうしてきた。


新人時代に毎日落ち込んでいると、「そんな顔して働くな。周りに悪影響だ」と言われた事があった。

それ以来、考えすぎないようにしようと、自身を抑制した。

考えないように、を意識していくと、寝て起きると何も考えられないようになった。

今落ち込んでいるダメージが軽くなる。

俺の精神衛生を守るための、自己防衛本能のようなものだと思っていた。


その抑制が悪化した結果、言われている時も話半分にしか聞けなくなってしまった。

心を閉ざしてしまうのだ。反省したふりだけは、うまくなった。

故に、失敗が改善されない。反省や後悔も、翌日には薄れる。


精神衛生を守るための行為が、俺に悪影響を与えている。

こうしたことで「アイツには言っても響かない」やつだと言われるようになった。


ただ、情けない、と言う気持ちと、悔しいと言う思いだけが、累積していっている。


そう、悔しいと思った。

でも、それすら続かない。


明日の朝にはまた忘れ、遅刻ギリギリの時間にあわてて部屋を飛び出すのだろう。

次第に、諦めと言う感情に変化していく。

俺みたいな人間、どこに行ってもうまくいきていけないんだろう。

どこでもこうなんだろう。


心のなかで両親に謝罪した。

できの悪い息子でごめん、父さん、母さん。

また仕事で失敗しちゃったよ。

今日は年下に呆れられたんだぜ。参るよな。


俺も驚くばかりでさ。

生き続けることで、自分が人間社会でいかに底辺の存在かって、思い知らされるんだ。


なにくそ、と奮起する気も起きなかった。

だって、なんにもうまくいかないんだぜ。


俺は俺をもう諦めてるんだ。

ごめん、父さん、母さん。


なんて。

実際には口にも出来ないようなことを、自分の中だけで繰り返す。


こんな人生望んでいなかった。


今頃は大きな会社でなくても、どこかで出世して、それなりの立場で働いていて、結婚して、家庭を持って――。

そんな皆が当たり前になしていることを、俺は当たり前になせていない。


色んな職場に行った。

その度に、何か失敗をして、何度も契約を切られて、切られて、切られて。


ガツンと言われたことはない。

大人の世界はシビアで、冷たい。

仕事ができないなら、さよなら、だ。


ひどい労働環境に居たこともあった。

でもそれさえも、もっと仕事ができていれば違っていたんだろうと思う。

ブラック企業なんて言葉が流行りだしたが、俺はそれには懐疑的だった。

もちろん劣悪な環境がある事実は否定しない。

しかし、それと同様に、在籍している人間が優秀であれば、実はもっと早く帰れたりするのかもしれない。

俺のような仕事のできない人間が、自身の能力の低さを棚上げして愚痴をこぼしているだけなのではないか?

そう言う仕事の遅いブラック社員の存在が、ブラック企業を作っている気がする。


きっと俺のような"大外れ"の人間達が、自身の能力の低さに気がつかずに、自身の会社をブラックだと罵っていることだってあると思う。

そうやって、会社のせいにもできない俺は、更に自身を追い込む。

仕事がもっとできるタイプの人間だったら。なんて。


もう何度も、こんなことを繰り返している。


正直、生きている意味がわからなかった。

あんな思いをして働き続ける意味も、もうわからなかった。


気がつけば毎日、死ぬことばかり考えている。


どうやったら比較的迷惑をかけないで死ねるか。

そんなことばかり。

もう、なにもわからなかった。


気がつけば、帰宅してから1時間が経っている。


風呂にも入らず、飯も食わず、ただ布団でいろんなことを考えては、自己嫌悪に陥って「あー」と唸ることしかできなかった。

それ以外のことは、する気が起きない。

もう何回もこういうことを繰り返している。

こうなると、もう寝る以外に取れる選択肢は無かった。

寝てしまえば、こんなくだらないことを考えなくて済む。


ごちゃごちゃと考え続けた結果、俺の思考は「しんどい」に収束した。

ただ、しんどい。


明日働く事も、人と接することも、生きていることも。

何もかもがしんどかった。


俺には荷が重かったんだ。


もしあの時、こんな選択をしていたら。そんなよしなしごとを考える。

もし学生時代にハマっていた音楽を続けていたら、アーティストになれていたかもしれない。

「人生辛いけど、生きていればきっといつか見返せる日がくる。チャンスは誰にでもある」なんて、インタビューで言ってのけるのだろうか。


もし部活をくじけずに続けていたら、プロサッカー選手にでもなっていたかもしれない。

「好きなことを続けていて、努力が実って嬉しい」と、試合後に汗だくでテレビに写っていたりするのだろうか。


もし勉強をもう少し頑張って、いい大学に行って、大手企業に就職していたら。

「勉強と同じで、要領よく物をこなすことができれば、社会なんて余裕だよ」なんて、後輩に伝えていたりしたのだろうか。


もし、もし、もし、もし。


考えている間に、俺の人生のルートは勝手に決まっていた。

そして、今はもう、取れる選択肢は無い。

選択肢すら存在しない道筋に足を踏み入れて、しばらく歩いてから「こっちじゃなかった」と嘆いている。


もう、戻れない。

いや、もしかしたら、今からでも修正は間に合うのかもしれない。

ただ。


「もう、頑張れねえよ」


震える声で、泣きながらそんな言葉が出てきた。

頑張るだけの力は、残っていなかった。

絞り出せる気が、全くしなかった。



今日の俺はおかしかった。

一向に眠れる気もしない。

思考はどんどんとネガティブな方向へと落ちていく。


考えれば考えるほど、頭は痛くなってくる。

吐き気もひどい。心身ともに最低な気分だ。

一番厄介なのは、この気だるさだ。

なぜだか身体が異様に重たく感じた。

まるで重しでも乗せられているようだ。


軽くなりたい。


こんな狭い檻から抜け出して、飛び立ちたい。

そんな気持ちになった。


もう、居てもたっても居られなかった。

俺は幾ばくかの荷物をまとめて、外に出た。


フラフラとした足取りで、駅へ向かった。


防寒だけを意識して、衣服屋で買ったダウンを着て、下はジャージに、スニーカー。

普段被ることは無いキャップを深く被って、マスクをしている。

背中には、小さめの黒いリュックを背負っていた。


リュックには、耐久性の高いロープと、一応、遺書的な物が入っている。


何年か前に、同じ状態に陥った時に準備したものだ。

結局、その時は親に迷惑がかかると踏み切れなかった。


ただ、「いつでも死ねる」という事実が、俺を安心させた。

もう自分で決められることなんか何一つなかった俺にも、自殺の権利だけはあるんだと。

いざという時は、死んでやる。

そう思って、用意していたものだ。


・・・くだらない。

何をバカなことを考えているんだろう。

自殺の権利?そんなもの、あるわけ無い。

俺が自分の死を都合よく解釈しているだけだ。

実際、死ねば身内に迷惑がかかる。

あの家の息子は自殺したと。そういう評価が下る。

親の教育が悪かったんだとか、心無い人間がそう囃し立てるんだろう。


ああくそ、何を考えているんだ、俺は。

なんでこんなもの、平日に深夜に持ち歩いている?


自分がおかしいことには気づいていた。

思考回路が2つ並行して動いている様な気分だった。

俺はうなだれるように、電車の座席に深く座り込んでいた。

座席のヒーターの暖かさだけが、思考をやんわりとぼやかしてくれた。


また少し、眠たくなる。

ああ、この状態はいい。

何も考えなくていいから。


でも、そうか。

死ねば、こうなるのか。

この微睡みのような状態が、続くのか。


随分楽になれる、んだな。

永遠に、起きなくていいって、最高かもしれない。


「お客さん、終点ですよ」


気がつけば、車掌さんが俺に声をかけていた。

俺は随分と寝ていたようだ。

県のハズレの、電車で行けるところまで行き着いたらしい。

聞いたことも無い駅名だった。


「すいません、おります」


そう告げて、俺は足早にホームへと出た。

ホームは人気がまったくない。

それどころか、駅以外に灯が全く無かった。


簡素な改札を抜け出て、俺は当てもなくフラフラと歩いた。

暗くてよく見えないが、山のようなものが見えた。

俺はそこへ向かって、ぼうっと歩いた。


人生、色々あった。

小さい頃の思い出、小中高の思い出、専門学校の思い出、そして、社会人になってからの思い出。

俺みたいなダメ人間でも、中々色々あったなあ、なんて、何故か思い返していた。

覚えている記憶に出てきた人たちは、俺のことを覚えているだろうか。


死んだら、父さんと母さんはどう思うかな。

やっぱり、泣いてくれるだろうな。


妹はどうだろう。

あいつも、なんだかんだ泣いてくれるかな。


友達は、何人かは泣いてくれそうだ。

覚えていたら、だけど。


流石に葬式に誰も来ない、なんてことは無いと思いたい。


・・・ああ、くそ!

なんでこんなこと考えているんだ!

死ぬ気なのか、俺は!


もう、自分で自分がわからなかった。

こうやって否定することもしんどいとすら思った。

心臓がやけに早く動いている気がした。痛かった。


夢遊病の様な状態を繰り返している。

数秒程度の思考だと思っていれば、気がつけば俺は山に入っていた。


ふと意識を戻すと、俺の足は勝手に動いているんだ。

まるで自分の身体じゃないみたいに。


こんなに身体は重たいのに、どうしてこんなに歩けているんだろう。

人間は不思議だ。


気がつけば家を出ていたし、気がつけば電車に乗っていたし、気がつけば、今こうして山にいる。


人気はまったくない。

鳥の羽音が聞こえるくらいで、静かなものだ。


色々考えすぎて、もう、わけがわからなくなっていた。

無言でリュックを方から外し、中に入っているロープを取り出した。


普段ならなんとも思わない、タダの縄だ。

それが今、こんなにもずっしりと、重く感じる。


こんなので、死ぬのか。

こんな紐で、人が。俺が。死ねるのか。

俺は震えた。ガタガタと震えた。

心臓がバクバクしている。


帰ろう。死ぬなんて、馬鹿らしい。

リュックにロープをしまい、スマートフォンを取り出して時間を確認する。

チャットアプリの通知もない。


俺は、ふっと、鼻で笑った。


時刻は2時を回っていた。


はは。

まあ、もう、帰れないしな。

無言でスマートフォンを操作する。


SNSアプリを開いた。

実際の友人たちとはつながっていない、このサービスだけのアカウントが、俺の命を繋いでいた。

多くはないが、ネットに存在する匿名の100人程度が俺のフレンドとなっていた。


ここには愚痴は書いてない。

そういった内容は、人を遠ざけることを学んでいたからだ。

なので、「さあ、今日も頑張るか!」など、心にも無いことを書いて投稿する。

こういう場でも、自分の気持ちを吐露できなかったなあと思い、俺は苦く笑った。


たまに、「今日もお勤めがんばってください!」と、反応してくれる人もいたことを思い出した。

どこの誰かは知らない。でも、それが嬉しかった。

そのつながりだけが、俺を支えていた。


遺書以外で最後に俺の言葉を残すなら、ここだろう。

100人程度の、どこの誰かもわからない人たちに向けて、俺は文字を起こした。


「もう、疲れた」

「今はただただしんどい」

「最近はそれしか考えられなかったな」

「人生は辛いことが山ほどある。嬉しいことなんか本当に少ししかない。人との差を感じて折れてしまう人も、きっといると思う」

「でも、そのうち、いいことがあるから。とりあえずでいいんだ。とりあえず、生きてさえいれば。テキトーってのが大切だって気づいた」

「俺は変に真面目だったから、なんか逃げらんなかった。闘ったつもりだった。まあ、つっても、俺程度の闘ったは、ゴミみたいなもんだけど。すっげえ疲れた」

「・・・本当に疲れてるなw 今日はもう寝よう」

「おやすみ さよなら」


はは。


これ、最後の言葉か?

なんだよ、全然、大したことかけね―な。


自分で書いてて、何書いてんのかわからなくなった。

今から死のうとしてんのにさ、「とりあえず、生きてさえいれば」って、なんだよな。

でもまあ、俺らしいか。


SNSアプリを閉じて、前を見る。


俺は大きな木の前にいた。

引っ掛けになるコブもあるし、なんとか登れそうだ。


・・・木登りなんて、何年前だろう。

そう思いながら、よじよじと木を登る。

よじよじって、可愛いな。

俺が言っても可愛くないけど。


少し登れば、十分な高さだった。

枝も太い。これなら、行けそうだ。

再度ロープをリュックから取り出す。

木に巻き付ける。固く結ぶ。


周りには誰もいない。

真っ暗闇で、俺だけが、ここにいる。

聞こえるのは、変わらず鳥の羽音だけ。


こんな光景、なんだな。


昔、自殺するやつはみんな馬鹿だと思ってた。

生きてりゃいい事ありそうなのに、なんでだろうって思った。

まさか今、俺がこの光景を目にしているなんて。


気がつけば呼吸が荒くなっていた。

いったん、息を落ち着かせる。


そうだ、最後に、俺なんかでも、役に立てることをしよう。

自殺前の近辺整理について、をスマホで調べた。

つらつらといろいろな事が、ネットには大量に存在していた。

いわば、先人の知恵、だ。


すると、一件面白い物を見つけた。

ドナー登録、に近いものだった。

死体の脳を提供する、と言う契約を結ぶサービスだ。


場所だけ伝えれば、あとで死体処理も含めて処理してくれるらしい。

随分と都合がいいサービスがあるもんだ。


会員登録のため、俺の情報を打ち込んでいく。

これが、最後の、俺がいた、と言う証明の作業か。

金の振込先を実家にして、登録。

現在の位置情報を共有する、まであるのか。


これ、自殺者向けのサービスじゃないのか?

そんなの、まかり通らないだろうに。


・・・ふは。

まあ、いいか。どうでも。死ぬんだし。


俺自身、今どこにいるかなんて分かってないし。

位置情報を送信して、完了画面が表示された。


いつ頃回収がくるかなんてわからないけど、使えるもんがあるなら、どうぞ使ってやってくれ。

ダメな人間でも、人間は人間だから、大丈夫だろ。


再度前を見直す。

コレが最後の、俺の人生最後の光景。


・・・ああ、馬鹿だなあ。

もっとうまく、生きられなかったかなあ。

もっと、楽しく生きたかったなあ。


俺は、ゆっくり、ロープを首にかけた。

粗い目のロープが、肌を擦る。


背筋がゾクッとした。

心臓が撥ねた。

冷や汗がどっと吹き出た。


これ、とんだら、もう。


そう考えると、また恐ろしくなった。

足がすくんだ。筋肉が硬直した。


怖い。

こんなにも、怖いなんて。

や、やめる、か?


俺はロープを両手で掴んだまま、しばらく固まっていた。

ふ、ふ、と息が乱れている。


ふいに、先程の電車の暖かさを思い出した。

あの微睡みは、気持ちよかったな。


ああ、でも、そっか。

これちょっと飛んだら、もう楽になれん、のか。

明日から、辛い思いを抱えて生きていかなくていいんだ。

もう、今後の人生を考えて、苦しくなる必要も、なくなるんだ。


・・・よ、し。


父さん、母さん。

本当にごめん。

先に行っちゃうけど、向こうで叱ってくれ。

迷惑ばっかかけてごめん。真面目にやってたつもりだったけど、最後まで、こんなんで、ほんとごめん。


もう、つかれちったんだ、俺。


俺は、覚悟を決めた。

覚悟、といってしまうのは、良くないかもしれない。


でも、もう、飛んじゃおう、と決心がついた。

自殺という、後ろめたい感覚ではなかった。

バンジージャンプをする前のような、意気込んだ、前向きな気持ちだった。

重たい身体を捨てて、早く高くへと飛んでいきたい。

そんな気持ちだった。


目を閉じる。

また、いろんなことを思い出す。

胸がどんどん苦しくなる。

そうしてたら、涙がでてきた。


嗚咽が漏れる。


辛かったなあ。


でも、よく頑張ったなあ。


誰も言ってくれねえから、俺だけがいってやる。

俺は頑張った。よくやったよ、こんな低いスペックでさ。

真面目にやってたもんな、お前なりにさ。

お前はいいやつだったよ。な。頑張ったよ。マジ。


な。

ほんと、頑張ったよ。


だから。


もう。


・・・いい、よな。

悔いだらけだ。

でも、それ以上に、生きてんのが、つれえ。


最後の言葉、どうしよっかな。

一応、誰も聞いてないけど、なんか、最後だし、なんか言うか。

・・・なんもおもいつかねーな。

はは。


「お疲れ様」


俺は、地球の中心に向かって、飛びk |[EOF]



『これにて、"ある男の一生。-自殺体験-"終了です』


『本プログラムは、自殺した男性の直前の光景を追体験することで、自殺意識を抑制する目的のため、公開されています』


『本プログラムをご利用後、稀に利用者の自殺願望を刺激することがありますため、もし精神に異常を感じた場合は、即座にリラクゼーション用プログラムをご利用くださいませ。本プログラム開発チーム、関係者各位はあらゆる責任を負いませんので、ご了承下さい』


『本日はご利用いただきありがとうございました。またのご利用、お待ちしております』

.

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