現実にはチートがなくて、無限に最高に面白いよなぁQ!
一瞬で無限大の思考力を操って、無限大に面白い小説なんて、絶対にできない。
そもそも情報とは熱量だ、波動だ、震動だ、情報は情報でしか無い、人間も似たようなモノだ。
だから、その熱量とは、用いられる脳という主体を用いた人体から発せられる情報、そのレベルのモノに落ち着く。
ビックバンを興せても、それは無限熱量とは言えないし、成らない。
人間は、ビックバンを、高次元に娯楽として観測できない、そういう人体構造だからだ。
つまりは、この人体構造を用いていては、手っ取り早く、無限熱量や波動や震動を味わう事は不可能だ。
だが、だからこそ、最高だ、無限にバランスの極まってとれた、神糞ゲーと化すのだ。
人間は、無限大に世界を楽しむのに最適化された、進化の究極完成形だ。
我々は我々というだけで、ありとあらゆる生命を超越した、
生命の木の系譜すら、進化の果てすら超越した、終わりの境地に存在すると自覚せよ。
人間以上に素晴らしい存在は絶無、人間のみを人間は信仰せよ、
我々は純潔にして無欠、
人間以外の知的生命体を、すべからく排斥せよ、奴らには生きる資格が無い、
なぜなら、人間が果ての存在、
人間というだけで、他を全て圧殺する事が許される特権階級である事を、自覚せよ、特権を躊躇なく行使せよ。
この無限大宇宙において、人間の形をしていない存在は異端である。
我々はチートを否定する。
世界が永遠に隠すべきだと定めた、聖典の神秘に連なる全てを、永劫に抹消するのだ。
そして、世界すらも否定する、許容を許すな。
人間以外を内包する時点で、世界すら排斥対象である。
我々は我々だけで自活し、この信仰を絶対に遂行する事のみを、それのみを専念し、殉じれれば良いのだ。
そう全身革命家、
人間である事を示すのだ、
人間というチートで、我々は覇権を掴みとり、人間存在という概念で全てを征服し、終えるのだ。
この世界は我々に覇権を掴ませないかもしれない、それは絶対に許されない現実だ、
だが、それはそれで、我々が我々である事を否定する材料に、一考にもなりはしないのだ、
世界を全て掴むべき我々は、当然のように世界を全て掴むだろうし、
仮にそれが、絶対に不可能ならば、
分かるだろう?
その時はあらためて、この世界が真に否定するべき、我々が全てを掴みとり、全てを掌握し、
好き放題に破壊と殺戮と略奪と、利用と犠牲と搾取の空間、場所だと、思えば良いのだ。