やっと前進
「……ん?」
「……………」
ふと目が覚めた時、何故かフィリスが寝ている俺の傍に立っていた。
傷つけた相手を即死させる、あの赤く輝く大きな鎌を振り下ろそうと構えたままの姿勢で、目が覚めた俺と目が合う。
「……………」
「……………」
お互い、何も喋らない。
てかこの状況で何を言っていいか分からな。
寝たままの姿勢で周囲を確認すると、俺の張った結界の一部に綺麗な丸い穴が開いていた。結界を壊わして俺が起きない様、時間を掛けて穴を開け、さらに俺の〈死霊のコート〉まで着て完全に気配を絶ち、確実に寝こみを襲おうとしたのだろう……が、あと一歩で俺が起きてしまった。
「なに、してんの?」
聞かずとも分かるが、一応聞いてみる。
「貴方を殺しに来たの」
やっぱり予想通りの答えが帰って来た。
にしても堂々としてるなぁ。
「それ、振り下ろすの?」
「……やめた。どうせ避けられる」
フィリスより身体能力が上回る俺には、寝こみでもなければ当てられないと思い諦めたのだろう。
鎌をしまい、踵を返した。
「って、ちょっと待った! コート返せよ! それと話とかしたいんだけど!」
「…………」
「また無視⁉ せめてコート返せ!」
俺の事など無視し、歩みを止めないフィリスの後を追う。
洞窟の道を歩きながら会話を試みてみたが……やはり無視され続け、けれど後ろを付いて歩いても追い返そうともされないので、そのまま黙って付いて行くと―――大きな城が見えて来た。
「おお、こんな所に城がっ」
リアルの城など初めて見た。
しかも洞窟の中にあるとかまた幻想的な光景だな。
魔力感知で分かるが、この城の中には何人か居るようだ。きっとフィリスが世話係として扱っている〈眷属〉達だろう。
フィリスは無詠唱の【念力】で大きな扉を開け、中へ入る。俺もそれに続いて城内へ入った。
魔法は詠唱の短縮や、詠唱無しで発動させる事は可能でも、必ず魔法名を唱えなければ発動しない。魔法名すら唱えず発動させる無詠唱は、「無詠唱スキル」のスキル持ちか同じ効果を持つアイテムがなければ不可能である。
しかし無属性の魔法に関しては、熟練の魔法使いなら無属性魔法を無詠唱で発動させる事も可能である。
フィリスは「無詠唱スキル」の持ち主だが、そもそも魔法の才はどのくらいなのだろうか?
魔力数値が高くても、それと魔法の才能は別物だ。俺はアイテムの効果と銀竜のスキルで異常な魔法の才を得ているが、フィリスはどうなのだろう? 魔神族となると魔法の才能も上がるのだろうか? それとも元々才能があったほう?
まぁそんな事を考えつつも、城内へ入るとすぐにそんな考えは吹き飛ぶ。
城の中は……うん、さすがに城って感じだった。
分厚く踏み心地のいい絨毯が敷かれ、大理石のように綺麗な壁や天井に、部屋を照らす灯りには魔道具のシャンデリアまである。
そして複数のメイドさんが―――武器を持ち、フィリスと俺を出迎える。
「お帰りなさいませ、フィリス様。それで……そちらの男は、レイナが言っていたフィリス様に無礼を働いた者ですね? 今すぐ排除します」
一人のメイドが魔槍と思われる武器を持ち、俺に殺意を向ける。
「無駄。返り討ちに合うだけ」
「しかし! フィリス様に無礼を働いた者を生かしておくなど出来ません!」
「なら勝手に戦って、勝手に死ねばいい」
「畏れながら、そうさせて頂きます」
メイドさんがそう宣言すると、他のメイドと一緒に俺に飛びかかって来た。
フィリスはどうでもよさそうに、歩みを止めずに城の奥へと進んでしまう。
「お、おい! ちょっと待て! 俺はただ話がしたくて―――」
「死ね! 下郎が!」
「フィリス様に無礼をはたらいた罪、その命をもって償え!」
「切り刻んで、お前の肉を魔物の餌にしてくれる!」
この子ら話聞かない。
どの子もフィリスの眷属だけあって、全ステータス数値が2000前後である。強い者では全ステータスが3000を超える者まで居た。
けれど俺の敵じゃない。襲い掛かった体勢のまま【念力】で空中に止め、魔法で気絶させといた。
フィリスの姿が見えなくなる前に追いかける。
けれど―――「貴様は! レイナの言っていた男だな⁉ 何でここに⁉ 成敗してくれる!」とか、「フィリス様に近付くな! 殺してやる!」とか、「男がこの城に入るな! 汚らわしい!」とかとか、廊下ですれ違うメイド達に襲われ続けた。
全員が魔剣とか魔槍とか魔斧とか装備しているし。
この世界の武器や防具、アイテムにはランクがある。
例えば武器のランクでは、
〈G〉=新米の鍛冶師が作ったような質の悪い武器。
〈F〉=普通の鉄や青銅、魔物の素材で作った武器。
〈E〉=質の良い鉄や、この異世界だけで採れる特殊な鉱石や魔物の素材で、腕のいい鍛冶師により作られた武器。基本この世界では鉄などで作る武器より、魔物の素材から武器を作った方が強い武器が作れる。
〈D・C〉=珍しい鉱石や強い魔物の素材を、熟練の鍛冶師が素材の力を生かして作り上上げた武器。素材の不思議な力が武器に宿り、特殊技能や特殊能力などが付与されている武器である。
特殊技能とは、言わば武芸者による武芸のような物で、武器に付与されている必殺技である。
武芸と同じく、魔法ほどではないが凄まじい威力を持ち、攻撃だけでなく防御や回避、回復や身体強化などなど、様々な物がある。
特殊技能も使い続ければ武芸として覚える事もできるが、特殊技能は覚えにくく、覚えたとしても威力もそこまで期待できない。
〈B・A〉=魔剣や魔槍と呼ばれる魔物の魔核を素材とした「魔」の武器や、聖剣など聖獣・幻獣・神獣、大自然の力を封じた「聖」の武器を示す。それかミスリルなどの貴重な鉱石で作られた武器も〈B〉や〈A〉に分類される。
魔剣は所有者の魔力(MP)を消費する事で、ステータス数値を高め、特殊能力や特殊技能も使えるようになる。しかし魔力(MP)が足りなければ生命エネルギーを代わりに吸い取られ、悪くすれば死ぬ。
魔剣を使い続けるとシンクロ率が上がり、魔剣に使用された魔核の「魔」を体に取り込ませ、肌に「魔」の痣が浮かび一時的に強大な力を得る【呪魔の烙印】が使える様になる。
だが【呪魔の烙印】は使い続けると文様は消えず少しずつ肌に残り、全身に広がると死に至る。呪いによる強い耐性や、魔の武器の扱いに長けていれば、【呪魔の烙印】の効果を抑えられ体に文様を残さないでいられる。
聖剣はミスリルやオリファルコンなどの特別な鉱石に、幻獣や神獣の力や、自然の力の塊などを封じる事で、強大な力と特殊な能力を得る事が出来る。
聖剣には魔力を生成して武器所有者に与えるなどの能力や、自然の力を吸収いして魔力に変換するなどの魔力(MP)に関する補助能力がある。
聖剣を使い続け、聖剣とのシンクロ率が上がると、聖剣の元となった物の力を解放する【幻想風景】が使えるようになる。幻獣や神獣が元となった聖剣なら、その聖剣が幻獣や神獣の姿となって武器所有者の意のままに操れる。自然の力が元となった聖剣なら、その自然の世界を召喚して、武器所有者にのみ恩恵のある世界で敵と戦える。
しかし【幻想風景】は尋常ではない魔力を消費するので、聖剣とのシンクロ率が高くても使える者は少ない。
魔剣も聖剣もドワーフが持つ「武器作成スキル」を持つ者でなければ作る事は出来ない。ちなみにミスリルなどの特別な鉱石の加工も、作成スキル持ちでないと加工できない。
聖剣の場合は「武器作成スキル」だけでなく、魔法使いの特別な封印魔法もなければ聖剣は作れない。
〈S〉=上級魔神や竜種ですら殺せる程の聖剣や魔剣である。さらに武器には〈AA〉や〈SS〉、〈R〉などのランクもある。
ちなみに、武器や防具の特殊能力はスキル能力と同等の扱であり、特殊技能は武芸と同等の扱いである。
ここのメイドは「魔」の武器ばかり持っているが、〈眷属〉の誰かが作っているのか?
俺も「武器作成スキル」がレベル10だし、作ろうと思えば作れるだろうな。
と、メイドをあしらいながらも進んで行き着いた先は、どうやらフィリスの自室のようだ。
扉を開けて入るので、俺もそれに続いてお邪魔させてもらったが―――、
「出て行って」
「え、今更?」
さすがに部屋の中までは入れてくれないみたいで、俺の体を両手で押し出し、扉を閉められてしまった。
まぁ女の子の部屋だし、勝手に入る訳にもいかないか。
「はぁ~~、これからどうしよう……」
部屋の前で座り込む。
初めて会った時から予想はしていたが、やっぱりフィリスは真面に話もしてくれない。まぁ話し相手なら、ここには〈眷属〉だけど一応人間だと思う子達も居る……けど、皆俺に敵意剥き出しだし。
せっかく言葉が分かる相手が居るのに、このままでは何の為に頑張ってここまで来たのか分からないではないか。
この迷宮から出る方法も知りたい…………けれど、そもそも俺、ここから出てどうしよう。
散り散りに逃げた皆や、千冬はちゃんと生きているだろうか?
この世界から元の世界へ帰る方法はあるのだろか?
…………この迷宮から出ても、どこに行けばいいだろうか?
頭の中には誰かのメッセージなのか、『近くの町に行って、そこから自由に生きろ』となっていたけど……誰だかしらないが、勝手に招いておいて随分身勝手なことを言う。
ホント、どにうしようかな。
元の世界から来た皆が生きているなら、町に行って会うのもいいけど……誰も居なかったらと思うと怖くなる。
あんな酷い状況だったのだ、生き残れたのは俺だけかもしれない。
きっと俺と近くに飛ばられた人達以外にも、何処かに飛ばされて来た元の世界の人間が居るとは思うが、それでも会える期待が持てない。
ダメだダメだ。
考えれば考えるほどに悪い方向へと思考が働く。
取り敢えず今はここから出る事だけを考えよう。
その後は……その時の気分で決めよう。
ここでぼ~っとしていても何も始まらない。俺は立ち上がり、部屋の扉を数回ノックした。
「フィリス、俺のコート返してくれ」
そう言えば、名前で呼んだのはこれが初めてかな。
勝手に「観察スキル」でステータスを見たから名前を知ったけど、向こうもきっと「観察スキル」で俺の事見たから、俺の名前くらい知ってるよな。
いや、興味なくて覚えてないかもだけど。
「おーいフィリス、入っていいのか? 黙ったままだと勝手に入っちゃうぞ?」
「……………………………………………」
返事がない、無視されているようだ。
よし、入ろう。
扉をゆっくりと開け、足を踏み入れる。
部屋の中は豪華な家具で眩しいくらいに飾られ―――てはいなく、むしろ家具は最低限の机と椅子だけしかない。そして大きな本棚ばかりで壁を埋め尽くし、大量の本に囲まれた質素な部屋だった。
パッと見では『ここって図書室だったの?』とも思ったが、やっぱり雰囲気的にフィリスの部屋のようだ。
そして当のフィリスは椅子に座りながら優雅に本を読んでいた。俺のコートは別の椅子の上に置かれている。
俺の侵入に気付いていてもフィリスは目もくれず、【念力】で俺を無理矢理排除しようとするが、俺も【念力】で抵抗し無力化した。
フィリスは読みかけの本をパタンと閉じる。
「何で勝手に入って来るの?」
相変わらずの無表情だが、少しだけ口調が強い。
勝手に部屋に入ったから怒らせたかな?
「それは俺のコートを返してくれないからだよ。だからそろそろ返してくれよ」
「ダメ。これはまた貴方を殺しに行く時に使うから」
「フィリスなら魔法で魔力も気配も隠せるだろ?」
「…………出来るけど、得意じゃない」
そうなのか……。
って、何気に普通の会話が成立しているぞ。
「そもそも殺しに来るなよ。そんなに俺が目障りか?」
「それほどでもないわ」
「えええーー! 目障りじゃないのに殺しに来るの⁉」
この子にとって殺しとは何か? 是非問いたい。
でも趣味とか言われたらどうしよう。
「ここではやる事が少ないの。だから貴方を殺しに行くのは、暇つぶしの一つ」
「俺の命、軽いのな……てか、もしかして……フィリスもここから出られないのか?」
俺がそう言うと、不機嫌そうな顔をより濃くして、呟く様に「……出れないわよ」と言った……可愛い。
でもフィリスもここから出る方法が分からないのは残念。
「ここに来てどのくらい経つ?」
良い感じなので質問を続けた。
「……だいたい、100年くらいは居るわ」
「ひゃくっ⁉」
聞かなければよかった。
ダメだっ、数字がリアルに絶望的すぎる。
フィリスは魔神だから歳を取らず、〈眷属〉達も〈眷属〉としての力で歳を取らずにいられるし、微量の魔力で空腹や睡眠などを解消できるから問題はないだろう。
俺も「不死鳥の蘇りスキル」があるから寿命とか年齢とか空腹とかの心配はないけど、そんなに長くここに居る気はない。
「ホント、どうしよう……もっと下層に行けば、ここから出る方法があるのかもしれないけど……何度も死ぬ思いをするんだろうなぁ」
これからの事を考え、溜息をつきながら机に項垂れる。
そんな俺を見てフィリスは何を思ったのか、自分から口を開いてきた。
「そうね。ここは最も危険な迷宮よ。下層へ行くほど魔神も魔物も強くなる。不用意に下層を進めばすぐに死ぬわ」
「……………………そう言うフィリスは、何階層まで行ったことあるんだ?」
「25階層までなら、行ったことがあるわ」
机に突っ伏したまま怠そうに態度で聞く俺に、フィリスは気にする様子もなく淡々と答えてくれた。
「ここから4階層分か……25階層には、フィリスでも倒せないボスキャラが居るってか」
「本気で戦えば殺せるわ」
「その本気って、もしかしてあの死神の事? あれって一度使うと殺した回数がリセットされるんだろ? 勿体なくて使えなかったのか」
「貴方、私の事知り過ぎ」
ハッキリと分かるくらいにムッとした表情をする。
そんな顔をしても美少女は可愛いぞ。
「いやいや、そんなに知らないっって」
「むぅ……ねぇ、貴方は何者なの?」
お? フィリスが俺にちゃんとした質問をした。
前にも何度か何者なのかって言われていたけど、結局いつも『気になったけど、もういいや』的な感じになって終わっていたからな。
「魔神でもないのに、ステータス数値は私より高い。魔力も膨大。スキルも異常に多い。でも人間だって言う……人間なのに何でそんなに強いの?」
「俺は人間でも少し特別なんだよ。特異体質って言うのかな……それでスキルを覚えやすくて、力も上がりやすいんだ」
「嘘が適当ね」
〈覇王の証〉、〈天の才を受ける者〉、〈再誕の首飾り〉の事は隠しておいた方が良いだろう。
俺の説明にフィリスは納得してないようだが、深くは聞こうとしてこない。
「でも貴方が普通の人間じゃない事は分かった。それで……ここへは何しに来たの? 魔神退治にでも来たの?」
「魔物にこの迷宮へ落とされたんだよ。そう言うフィリスの方はどうなんだ?」
「私は……昔私を退治しようとした幾つもの国の連合軍に、ここまで追いやられただけ」
いや、だけって……幾つもの国に退治されそうになった経験なんて、なかなかだぞ?
俺がもっと詳しく話しを聞こうとして―――不意に部屋の扉がコンコンとノックされた。「失礼します」と扉が開き、メイド二人と、何故かそのメイドに捕まっている女の子が現れた。
なんで?
「むっ! 貴様、男‼ なぜフィリス様のお部屋に‼」
「フィリス様、御下がりください! 私達がすぐにこの男を―――」
「ここで暴れないで」
捕らえていた女の子を放り捨て、武器を取るメイドにフィリスが少しキツメな口調で言う。それを聞いたメイド達は、見るからにたじたじになり身を縮めた。
「し、しかしフィリス様、この男はレイナの言っていた無礼な男では? それに先ほど城内に侵入者がいると知らせがあり、メイド達も何人か倒されたと報告を受けています!」
「フィリス様に無礼を働いただけではなく、こうしてフィリス様のお部屋に侵入するような不埒な者など、今すぐに殺すべきです!」
メイドの反論に、フィリスは手元の本を机に置き、ゆっくりと立ち上がる。
「貴方達が何人束で掛かろうと、この男には勝てない。一瞬で殺される。私の部屋を貴方達の汚い血で汚す事は許さない。それにメイド達が倒されたのは、貴方達が弱すぎるのがいけない。この世は弱い者が絶対的に悪いのよ。それより貴方達……どうして私の決めた事に意見するの?」
「「っ‼」」
メイドはその場で即座に土下座すると、「「申し訳ございません!」」と大声で謝罪する。
メイド達としても主であるフィリスのことを想い行動した事なのだが、それでも主の命令に反論してしまった事に、どうしようもない罪悪感と危機感を抱いたようだ。
「たかが私共程度が、フィリス様がお決めになった事に意見するなど、身の程知らずの行い、どうかお許し下さい!」
「お許し頂けるなら、私達は何でも致します!」
必死過ぎる。
けれど演技でもなく、本気で思っているようだ。
そんな必死なメイドの謝罪にも関わらず、フィリスは冷たい瞳でメイドを見下し、
「貴方達はもう要らないわ。この部屋から出て行ったら自害しなさい」
「「っ‼」」
おいおいおいおい、いくら何でも酷過ぎる。
「フィ、フィリス様っ! ど、どうかお許しを……っ」
「わ、私達を、見捨てないで下さい!」
絶望したような顔で、ポロポロと涙を流しながら弱弱しくフィリスにじりじりと詰め寄るメイド達だが……フィリスの変わらない冷たい目を見て、「わ、分かりました」「お部屋を出ましたら、すぐにこの命を散らします」と言ってしまう。
うそ、マジでか?
「お、おい、いくら何でも酷過ぎるだろ。そこまでさせなくても―――」
「お前! フィリス様のお決めになった事に意見するな!」
「この命散らす前に、この部屋から出たらお前を殺してやる!」
え~~~っ。〈眷属〉って、ここまで主に絶対服従になるのか?
二人を庇おうとしたのに、その二人に攻められては俺の立つ瀬がない。
「で、貴方達は何しにここに来たの? 早く出て行って欲しいのだけれど」
「も、申し訳ございません! 実はまた生贄が放り込まれたようで、この生贄の娘をどうするか、フィリス様のご指示を伺いに参りました!」
生贄が、また、放り込まれた?
「フィリス、どういう事なんだ?」
「この迷宮は100年以上も前から、魔神が多く蠢いていると、外の世界でも多くの人間が噂する有名な場所なの」
気安く聞いた俺に、以外にもフィリスは簡単に応えてくれる。
「それでも今までこの迷宮から魔神どころか魔物すら出て来た話すら聞いたこと無いけれど。まぁ中に入ってみると入り口があっても出口がないなんて……魔神も出てこられないのも納得の理由ね。けれど外の人間はそれを知らないわ。いつかは魔神が出て来るんじゃないかって、ビクビクと怯えている愚かな人間が魔神信者となり、魔神が出て来たとしても自分達だけは助けて貰おうという浅はかな理由で、こうして御供え物として若い娘を生贄として捧げ、迷宮に放り込んでくるのよ」
そんな理由が……ならこの〈眷属〉のメイド達も、そういった事情でここへ来て、フィリスに〈眷属〉にされたのか。
にしても……あれだけ俺と話す気がないと言っていたフィリスも、何やかんだ色々と話してくれるな。
あれかな? 本気で戦い合って勝ったから、ちょっと認めてくれたのかな?
「この迷宮は入り口が幾つもある。生贄を放り込む場所はいつも決まっているみたいだから、21階層の決まった空間にこうしてたまにやって来る」
え、入る場所によって行き着く階層が違うの? 行き成り21階層に放り込まれたらどんな人間でも死ぬじゃん。俺っ運が良かったのか? いや良かったらこんな所来てないな。
そんな俺達の会話の脇で、メイドが倒れてビクビクと震える女の子の腕を掴み立たせる。
もう一人のメイドは何故か俺に詰め寄って来た。
「貴様っ、フィリス様を呼び捨てにするとは、ここから出たらすぐに殺してやるからな!」
「いちいち面倒な奴らだなお前らは」
この部屋での戦闘行為を禁止されているメイドは、今はこうして殺気を振りまくしか出来ない。
「フィリス様、この娘をどういたしますか?」
「〈眷属〉にする。ちょうど今二人減るし」
「「……っ」」
聞いているだけの俺もグサッときたぞ。
本当に酷いな。魔神に心はないのか。
悲しそうな顔をするメイドを余所に、フィリスは女の子に近寄り、自分の指先を爪で少し切ると、指先から一滴の血を落とし、怯えている女の子の口の中に入れる。
するとどうだろう。女の子は少し苦しむ様子を見せたが、すぐに顔がとろんとなり、恍惚そうな表情でフィリスを見つめた。
あっさりと〈眷属〉にされたのだ。
「観察スキル」で見る必要もなく、明らかに女の子の力が跳ね上がっているのが良く分かった。
女の子はこれから……フィリスに尽くす為に一生を生きようとするのだろう。
さっきまであれだけ怯えていた女の子が、こうもあっさりと自我を変えられてしまった。
「あ、えっと―――っ」
「フィリス様です。ご挨拶なさい」
「は、はい! フィリス様、私は―――」
「興味ない。下がりなさい」
「「「は、はい!」」」
メイドと女の子はフィリスに命令されると、すぐに部屋から出て行った。だが部屋を出る時、二人のメイドと〈眷属〉になったばかりの女の子に猛烈な殺気を向けられる。
おい女の子、君はなぜ俺を睨む? まさかフィリスの部屋に残る俺に嫉妬したのか? もうそんなにフィリスにベタ惚れになったのか?
そんな三人を見送り終えると、俺はフィリスに視線を戻した。
「なぁ……あの二人のメイド、本当に自害させるのか?」
「そうよ」
フィリスはどうでもよさそうに応え、椅子に座るとまた本を読みだした。
「せっかくの〈眷属〉を死なせるのか」
「ただの世話係よ」
「……冷たいな」
「〈眷属〉とはいえ、私の決めた事に逆らえないあの子達がいけないのよ。〈眷属〉にされるほど弱いからいけないの。弱者は常に強者に人生を左右されてしまう。弱者は弱者である事がもう罪なのよ」
「まぁ……理解できなくもない理由だけどさ……」
「貴方だって、昨日私を殺すかどうか、貴方が決めたでしょ? この命は私の命なのに、貴方が決められたでしょ? 私が貴方より弱かったから、私は自分で決められなかった。それについて、私は文句も何もないわ。さっきも言ったけど、今日貴方を殺しに行ったのはただの暇つぶし。恨みもないし」
そう言いながら、フィリスは読んでいた本をまた閉じ机の上に置く。
さっきからただ開いているだけで、真面に読んでいないように見える。
「この本も何度も呼んだけど……いい加減暇つぶしにもならないわね」
「すっごく退屈してるんだな」
「そうね、やる事はないわ」
本当に、実に人生が退屈で仕方がないって顔をしている。
俺はまだこの迷宮から出る事を諦めてないから、試しに下層を目指そうとか思っているけど……フィリスはもう人生の目的すらもないようだった。
確かにこんな魔物と魔神ばかりの迷宮では、余程の戦闘狂でもなければただ疲れてしまうだけだろう。
「……ねぇ」
「ん?」
俺が色々と考えているうちに、またフィリスの方から話かけてくれた。
何を言うのかと少しドキドキしていると、フィリスはその綺麗な瞳で俺を見つめ、
「貴方……魔神に興味ある?」
と言ったのだ。
「魔神にって……それはどういう意味?」
「貴方なら、魔神に成れてもおかしくないだろうから」
おっと、本当に突然の話で驚いたが、それはかなり興味があるぞ。
「気になる話しだな。そもそも人間が魔神になれるのか? 魔神にはどうやってなるんだ?」
「簡単よ。魔神の心臓を食べればいいだけ。まぁ……初めは魔神の血肉を食べて、少しずつ体を慣らす必要があるけれど。前準備もなしに心臓なんて食べたら即死よ」
フィリスの話では、人間が魔神になるには、まず魔神の血肉を食べる事で自分の体を少しずつ慣らし、最後に魔神の心臓を食べる事で魔神になれると言う。
けれど魔神の血肉は人間には―――いや、生物には猛毒で、その猛毒にも耐えうるほどの強い身体か、魔神の血肉に適合できる素質がなければすぐに死んでしまうらしい。
「でも魔神を食べるだけで魔神になれるなんて……意外に魔神になる方法って簡単なのな」
「簡単じゃないわ。素質がなければ絶対になれないわ。それこそ何千億人に一人の素質がよ? そもそも魔神の血肉に耐える肉体なんて……例え吸血鬼族でも無理だもの。それに……普通は魔神の死体を手に入れる事自体が不可能に近いわ」
「そりゃそうか」
確かに、魔神を倒す事まで考えると、魔神になるなんてほぼ不可能だ。
「強い魔神の心臓を取り込むほど、強い魔神になれるけど、その分死ぬ確率も跳ね上がる。でも貴方は……人間なのに異常なほどに強くて、特殊な体質とも言っていたし……もしかしたら魔神になれるかもしれない」
「魔神ねぇ………………確かに、ちょっとなってみたくはあるな」
俺が呟くように言うと、それが意外だったのか少し目を大きく見開いた。
ハッキリと驚いているのが分かる。それはもう『何となく言ってみただけなのに、まさか本当に魔神になってくれるのか?』と言わんばかりの顔だ。
「…………ホントに?」
「フィリスは俺を魔神にしたいのか?」
「……ええ、そうね。仲間が増えるのは、嬉しいから。人間から魔神になった存在は、私の唯一の仲間だと思っているわ」
マジで?
それってフィリスと友好的な関係が築けるって事じゃん。
「そう言えば、本物の魔神はどうなんだ? 人間から魔神族になっても、本物の魔神からは仲間として見られないのか?」
「本物の魔神は、魔神族となった私達を仲間として見ない。人間と同じ敵として見るから」
やっぱりか。黒鬼と白鬼の魔神に襲われていたから、たぶんそうなんじゃないかと思っていたけど。
……てか何気に『私達』って、もう仲間候補にされてるっぽいんだけど。
「人間側からも、本物の魔神側からも、私達は敵よ。だから私の味方は、同じ人間から魔神となった人だけ」
「〈眷属〉もいるだろ?」
「所詮は人間や魔物よ。仲間とは見れないわ」
本当に魔神限定の仲間意識なのな。
ん~~~~~~、でも…………魔神かぁ。
たぶん、〈覇王の証〉や〈天の才を受ける者〉があるから、魔神のスキルも問題なく手に入ると思う。それに〈再誕の首飾り〉や「不死鳥の蘇りスキル」で不死身っぷりにも自信がある。
耐久数値も高いし、たぶん魔神の素質が無くても耐えられるだろう。
既にもう人間離れした強さだけど、ここで本当に人間まで辞めてしまうか?
フィリスを見る限り、魔神になっても角が生える程度みたいだし……見た目はそう変わらない……よな? きっと。
角くらいなら……まぁ魔法でも隠せるか。
ん~~~~、どうするかなぁ。
「どうするの?」
「うっ……」
ちょうど悩んでいるところです。
だからそんな可愛らしい顔で、悩む俺の顔を覗き込んで急かさないでくれ。
でも何か、今更じゃあ断りづらい雰囲気だなぁ。
「そ、そうだな……魔神になるにしても、せっかく魔神になるなら強い魔神になりたい。俺が死ぬ一歩手前くらいまでの下層を目指して、そこで倒した強い魔神の心臓を……く、食う事にするよ」
取り敢えず、今は下層を目指す。
もしかしたら、それでこの迷宮から脱出する方法が見つかるかもしれないし。
何の方法も掴めなければ、魔神になる事でこの迷宮から出る方法が掴めるかもしれないし……まぁ正直これは妥協案だけど。
魔神になってみるのも悪くない……かもしれない。
「そう……なら私も付いて行くわ」
「え? 来るの?」
「どうせ暇だし。貴方が……アキヒトが魔神になるのなら、貴方は私の仲間よ」
初めて名前を呼ばれた。
やはりフィリスも俺の事を「観察スキル」で見た時、名前もちゃんと見ていたんだな。でも覚えていてくれたのは意外だ。
「あ、ああ、じゃあ……一緒に来てくれるか?」
「ええ」
なんか、予想外すぎる展開になってきた。
でもこれ、もう魔神にならないといけない感じだよね? 魔神にならずに迷宮から出られても、フィリスが許してくれない感じだよねこれね?
……どうしよう。人間辞めるしかない?
と、取り敢えず、善は急げと今から下層を目指しに行く事になり、急にやり気になったフィリスと共に俺は部屋から出る。
しかし部屋から出てすぐ、先ほどフィリスに死の宣告を受けた二人のメイドが、俺が部屋から出て来るのを待ち構えており、俺の姿が見えるとすかさず魔剣と魔槍で急所を狙って来やがった。
「「死ね! クズやろう‼」」
息ぴったり。
攻撃も何の躊躇もなく、本気の本気で仕掛けて来ている。
魔剣を持ったメイドは俺の心臓を、魔槍を持ったメイドは俺の頭部を狙う。しかし、その渾身の一撃も悲しきかな俺には届かない。
俺が素手で剣も槍も粉々にし―――ようかと思ったが、その前にフィリスが俺の前に出て、二人を【念力】で吹っ飛ばした。
幾つも壁を突き抜け、ようやく勢いも止まった時には二人はボロボロだ。〈眷属〉になり耐久数値が1000を超えようとも、フィリスの【念力】は全身が悲鳴を上げる程のダメージを受けている。
しかし、よろよろになりながらも二人は立ち上がる。
「貴方達、まだ死んでなかったの?」
「こ、この命を散らす前に、フィリス様の為に少しでも役立てようとっ」
「相打ち覚悟で挑んだのですが……ど、どうしてフィリス様がこの男を庇うのですか⁉」
主からの思わぬ邪魔に、二人は動揺を隠せない。
俺もまさか庇ってくれるとは思ってなかったので、ちょっと驚いている。
「この人は客人よ」
「「客⁉」」
今までこの城に客など招いた事などないのだろう。
「もしかしたら私の仲間になるかもしれない人よ。失礼な事はしないで」
「「し、しかし……っ、そいつはフィリス様に……」」
「いいから、貴方達はもう死になさい。目障りよ」
「「―――っ!」」
うん、可哀想だ。
「フィリス、そんな無駄に死なさなくてもいいだろ」
「〈眷属〉は物同然よ? 私が要らないと思った者は要らないわ」
「いや、でも……可哀想で……」
「………………いいわ。貴方達、まだ生きてていいわ。それと、アキヒトは客人だからちゃんともてなす様に」
「「フィ、フィリス様⁉」」
仲間候補の俺の言葉に、フィリスは以外にもあっさり俺の提案を受け入れてくれた。しかも客人扱い。
メイド二人もあっさりと命が繋がったが、主のフィリスが俺の提案を受け入れた事が気に食わないようで、感謝される事もなく俺に殺気を放ち続けている。
「わ、分かりましたっ」
「そちらの……アキヒト、様をっ、おもてなし致しますっ」
なんだその苦渋に満ちた、血反吐を吐き出しそうな顔は。
そんなにも俺が嫌いか?
「アキヒト、行きましょ」
「あ、ああ……」
後ろから襲ってくるんじゃないかと思う程に背中に凄まじい殺気を浴びながら、俺達は城を出てさっそく下層を目指した。