魔神か、人間か
今目の前に居る魔神は……とても人に近すぎる姿の魔神だった。
体も顔も人間の男みたいで、腰まで伸びた白く長い髪に、日焼けしたような黒い肌が特徴的だった。ボロマントを腰に巻き、頭には二本の黒い角がある。
屈強そうな体を持っているが、まるで切り落とされたようにこの魔神には左手がない。そして右手にはボロボロの剣を握っている。
「観察スキル」で見てみるが……〈英雄の果て〉という名前しか分からなかった。てかこれが名前かい。
何をする訳でもなく、上を見ながら突っ立っている。
こんな身なりでも、強いのは一目見ただけで分かった。
〈英雄の果て〉は俺達に気付くと、金色の瞳でギロリと睨み―――俺はそれだけで全身の鳥肌が立った。
「なぁ、あれってもしかして、人から魔神になった奴じゃないか?」
「……違うわね。あれは人の姿に近い魔神よ」
確かに、人から魔神になった存在よ言うより、人に近い魔神といった印象だが、見分けが難しいほどこの魔神は見た目が人寄りだった。
ちゃんと違いが分かるのは、同じ魔神であるフィリスだからなのだろう。
おっと、そんな雑談をしている場合ではもないか。〈英雄の果て〉がこちらに一歩踏み出した。
俺は全身を魔力操作と付与で強化し、〈竜魔刀〉を引き抜き構える。
フィリスも鎌と禁断の魔道書を出現させ構えた。
俺と相手のステータスの差は分からないが、いくら相手が強くても〈竜魔刀〉の【白夜】を防げる魔神はいない。近接戦が得意な相手なら俺に分がある。
それにフィリスの禁忌の魔法もある。
どっからでも来い、と身構える―――が、少子抜けにも魔神は持っていたボロボロの剣をポトンと落とした。
「「?」」
フィリスと『どうしたんだろう?』とお互いの顔を見合わせる。
けれど、すぐに俺達は異常な光景を目にした。
魔神の視線が俺の〈竜魔刀〉へと向けられたかと思うと、突然魔神の掌から〈竜魔刀〉が出現したのだ。
今俺が持っている刀とまったく同じの〈竜魔刀〉。
「「っ‼」」
俺達は目を丸くする。
鑑定などしなくても感じる。あれは俺とまったく同じ、本当に本物の〈竜魔刀〉だ。
「…………嫌な汗が出てきた。そういやハンカチ忘れたな」
「私、持ってるよ。使う?」
二人で冗談めいた事を言っているが、決して心情は穏やかではない。
俺はいつも使っているこの刀の頼もしさを良く知っている。フィリスも〈竜魔刀〉の怖さを良く知っている。
あの魔神の特殊能力なのか……良く分からないが、この状況がマズいのは良く分かる。
ただでさえ凄く強そうな相手なのに、そのうえ〈竜魔刀〉まで持たれては、完全にアウトだ。ホント……チートだろうがそれ。
「―――っ!」
そんな無駄な事を考えていたら、いつの間にか魔神は俺の目の前まで迫っていた。
速すぎる。
動作に無駄がない。
魔神はいきなり【白夜】を発動させ、俺に斬り掛かる。すかさず俺も【白夜】で受け止めた。
これは食らったらマズイ! 本当に本気で死ねる!
【白夜】を食らえば「超高速再生スキル」でも、恐らく「不死鳥の蘇りスキル」でも再生は不可能。〈再誕の首飾り〉があっても復活できるか分からない。
俺が『【白夜】の力は絶対』と思っているのは、どんな物も切り裂き、どんな不死身の化け物でも蘇らせる事なく殺せるからだ。それを俺が食らう事になるとは……なんの因果か。
ガキンッ! と【白夜】と【白夜】の斬撃が交差する。
その衝撃で迷宮の地面や岩壁、天井に大きな亀裂が入った。この迷宮を構成している岩はとても頑丈で、並大抵の攻撃では傷一つ付けられない筈だが……ただの衝撃だけでここまでになるとは、【白夜】の異常さがよく分かる。
必死に【白夜】を受け流しながら、高速の打ち合いの中で相手の力を測る。
剣速や反射神経は俺の方が上だが、技術は魔神の方が断然上だ。片手ではなく、両手だったら簡単に倒されていた。
この打ち合い、一手でも間違えれば簡単に死に繋がる。
魔法を使おうにも、少しでも気を抜けば首を刎ねられる。しかしこのままでもいずれ首は飛ぶだろう……。俺はどうにもできず、こうして気の抜けない剣劇を続けるしかなかった。
そんな時、フィリスが魔神の背後へ回りこむ。
隙を突き、鎌の刃を魔神の横腹に叩きこむ―――が、ギリギリでそれを回避し、蹴りでフィリスを吹っ飛ばした。
「くぅっ! 【影鮫の生け簀】!」
しかしフィリスも負けず、吹っ飛ばされながら魔法を唱えた。
禁忌の魔法じゃない、普通の闇属性中級魔法だ。しかし中級といえどフィリスの魔力数値で放たれる魔法なら、それは上級魔法と変わらない。むしろそれ以上だろう。
影の中からでなければ出てこられない影鮫が、魔神を丸飲みしようと周囲の影という影から姿を現した。入り口として使った影よりも大きな……大型船ほどに大きい影鮫が何十匹も魔神に襲いかかる。
一匹一匹に凄い力を感じる。この鮫なら例え世界一高い山であるエベレストだろうがバクバクと齧り数十秒で食べきってしまうだろう。
けれどそんな影鮫も一瞬にして魔神に斬り裂かれ、簡単に消滅させられる。
まぁ当然そうなると思ったよ。なんせ【白夜】を常時使っているんだから。
けれど、俺が反撃する時間稼ぎには充分だ。
俺はチラッとフィリスに視線を向けると、目が合う。そしてお互いがすべき事を確認し合った。そして俺は魔神に視線を移すと、精霊級魔法を直接魔神の頭部に目掛けて発動させる。
ここで精霊級の魔法を発動させれば、俺達もその強力な破壊の余波に巻き込まれる。けれど、この戦法は前にも使ったことがあるのだ。
以前も強敵の相手に苦戦し、自滅覚悟で俺が精霊級の魔法を発動させた。
俺は耐久数値も高く、「銀竜の鱗スキル」による魔法ダメージ95%カットのチート能力がある為、精霊級魔法でもその余波だけでは大したダメージにはならなかった。
しかしフィリスは余波だけで充分死ねる。俺の魔力数値の高さなら、大陸一つや二つ、三つや四つは軽く消滅させる威力なのだから、普通の精霊級ともまた格段に違う。
だから俺が精霊級の魔法を使う際には目配せし、フィリスは全力で防御に回るのだ。
フィリスが全力で守りに徹すれば、自分の身くらいなら何とか耐える事が出来る。
まずフィリスが張れる【障壁】の最大枚数26枚を正面にのみ張る。
無属性の基本的な防御魔法である【障壁】は、魔力数値や【障壁】に籠めた消費魔力量により強さが大きく異なる。フィリス程の魔力数値なら、【障壁】1枚だけでも上級魔法を防ぐ事は可能だろう。それを26枚も張るのだからもはや核シェルターだ。
余談ではあるが、【障壁】は魔法使いにとって必要不可欠な常識魔法だ。
素早く動くことも、重たい盾を持つ事もできない魔法使いにとって、【障壁】はまさに生命線である。
【障壁】の形は基本的にはレンズのように円状で半透明であり、外側からの攻撃は阻んでも、内側から外へ向けての攻撃を阻害する事はない。なので【障壁】が邪魔になる事はなく、こちらからは魔法攻撃も物理攻撃もし放題なのである。
【障壁】は複数重ねて張ることで防御力が増し、正面からの攻撃に集中して対処する者もいれば、【障壁】を重ねず四方八方に張り亀のように隙間なく身を護る者もいる。
本来ならフィリスの【障壁】を26枚重ねれば幻想級魔法でも防ぐのは難しくない―――のだけれども、俺の魔力数値と籠められる膨大な魔力(MP)から発動させた精霊級魔法を防ぐ事はできなかった。
だからフィリスはさらに、無属性中級防御魔法【魔殻の籠り】を使い、自分の耐久数値と魔力数値が高ければ高いほど防御力が上がる半透明の卵の殻のような物で身を包む。
しかしそれでも足りないと、あらゆる攻撃を闇の力で侵食し無効化する闇属性上級防御魔法【深淵の繭】という青色の繭でも体を包み、土属性中級防御魔法【鋼鉄の肉体】で素早さを犠牲に一時的に防御力を飛躍的に上げた。
そしてフィリスの能力である「死神の黒衣スキル」で頑丈なローブを作り厚着した。
ここまでやってようやく、フィリスは俺の精霊級魔法に耐えられるのだ。
あまり使いたくない戦法だったが、背に腹は代えられない。
お互い覚悟を決め、狙いを定めた魔神の頭部から中心に、全てを吹き飛ばす精霊級の魔法を掛ける。これで終わり―――の筈だった。
凄まじい破壊の余波でここら一面が焼け野原に……………………………………ならず、実際は俺が魔法を掛ける一瞬に、魔神が【白夜】で覆った〈竜魔刀〉を俺の視線の先と自分の顔の間に挟み込んだのだ。
すると、魔神眼による魔法が【白夜】に掛かり、精霊級の魔法が簡単に消滅させられ、俺の魔法が不発に終わった。
俺が魔法を掛けるタイミングと視点を完全に合わせ、一寸の狂いなく防ぐとは……まさに神業。
「うわ、これを防ぐのかよ……ふざけてんなっ」
今まで、この魔神眼による直接魔法攻撃を防げる相手はいなかった。
それをこうも容易く防いで見せるとは……力の差が歴然だ。
俺は内心焦りながらも、構わず魔神眼による魔法攻撃を繰り返す。どれも真面に食らった死ぬレベルだ。
しかし魔神は悉く防いで見せる。
ダメだ、戦い方を変えよう。
俺は「銀竜の爪スキル」の効果―――あらゆる魔法の形を変え、武器や生物に変化させる能力を駆使し、俺は精霊級の魔法をスズメやリスの姿へ変身させ出現させた。
スズメは火属性精霊級魔法【炎獄火葬】、リスは氷属性精霊級魔法【氷界のそよ風】である。
このスキルは魔法の威力を上げるだけではなく、大陸を吹き飛ばす精霊級の魔法でもこうして魔法を凝縮することで爆発的な威力を抑え、対象物のみを粉々にする事も可能なのである。
だが魔神眼と違って、一瞬で相手に直接掛けることなど出来ない。
今までは魔法を生物の形にしても躱されるか途中で破壊されていたが、今は形でない事で勝てない相手なので、あえて生物という形にして数で押すことにしたのだ。
けれどスズメとリスの数は合わせておよそ1万。
この空間を埋め尽くさんばかりの生き物が、一斉に魔神を襲う。【白夜】で斬らねば完全に消滅させる事はできない。だがこれだけの数はを凌ぐのは至難だろう。
そして少しでも隙を見せれば―――魔神眼で魔神に直接転移魔法を掛け、俺の目の前に転移させて【白夜】で確実に止めを刺す。
もしくは幻想級の魔法を直接魔神に掛けてもいいが……【白夜】の方が確実に殺せるだろうし、魔法の余波でフィリスまで死んでしまうし。
さぁ、隙を見せろ。
その時がお前の最後だ。
ちっこくてチマチマ動く危険な魔法動物は、魔神は全方位から襲い掛かる。けれど魔神はスズメとリスを【白夜】で切り消滅させながら、しっかり俺にも警戒している。
まだ余裕があるのか。
するとフィリスの攻撃に参加し、禁呪の【黒光の剣】を数万と出現させて、魔神に放った。しかしフィリスよ、その剣に俺のスズメとオオカミも消滅されているんだけど……。
まぁ攻撃の隙間がないからな、魔法と魔法がぶつかるのはしょうがないだろうけど。
けれどフィリスの魔法も簡単に切り裂かれ、嵐のような魔法攻撃でも決して隙を見せなかった。これは思ったよりも……いや思っていた以上に手強い。
もうじき俺とフィリスの魔法も終わる。まさか耐えられるとは思わなかった。
魔法が尽きる前に、俺は【白夜】と【斬境無辺】、さらに【迅雷の太刀】という武芸を組み合わせ、雷速を遥かに超えた速さで魔神の全方位に数万の【白夜】による斬撃を繰りだす。
【迅雷の太刀】は雷と同じ速度で刀を振るう一撃必殺の武芸だが、雷の速度など俺の敏捷数値なら全力を出せば到達できる。
【迅雷の太刀】は、どんなに最弱な者でも、電気の力でその者の身体能力を異常に強化し、雷速の居合切りが出来るということだ。
つまり―――身体能力の高い強い者が放てば、雷足など余裕で超え、光速の域にまで到達する。それが【迅雷の太刀】の本来の力である。
身体能力が異常に高い俺が放てば、光速なども遅く感じる程に斬撃を放てる。
これこそ反則技。
絶対の奥義。
【迅雷の太刀】は魔力付与のさらに先の技術、属性付与が使えなければ発動させられない。
属性付与とは、武芸者が体から魔力を放出し、それを体の一部や武器に付与させる事で強化する魔力付与の魔力に、自分の属性の力を付与させて力を上げる技術である。
【迅雷の太刀】は魔力付与で刀を覆い、雷属性を付与させて斬撃の切れ味と速度を飛躍的に上げる能力でもあるのだが……生憎、斬撃の切れ味は【白夜】の能力に相殺されてしまった。
しかし速度さえ上がれば充分だ。
四方八方、光速で放たれる【白夜】の防御不可能な絶対攻撃。
白い斬撃の嵐が魔神に届く―――その前に、ゾクッと背筋が凍る。
魔神は四方八方から迫る斬撃をたった一振りの斬撃で、全てを打ち消したのだ。
「……そんなっ」
「うそ……だろっ」
ありえない。
絶対にありえない。
発動すれば防ぐ事など不可能なのに……今なにが起こった?
光速の斬撃だぞ? 自分でも認識できない速度の筈なのに……斬撃が届く瞬間も、斬撃を無効化する瞬間も俺やフィリスが認識できた? 何だこのおかしな現象は?
今の一撃は普通ではない。
不思議な違和感。不自然な一太刀。まるで―――【白夜】斬ったのではなく、俺の攻撃自体を斬られたような感じだった。
俺とフィリスはその光景に呆然としてしまう。
これは真面に戦っても勝てない。
「フィリス、ここは一旦引くぞ―――」
逃げる為に、声を掛けながら視線を向けると……フィリスの胸にはいつの間にか〈竜魔刀〉が突き刺さっていた。
「あ……」
「え?」
見れば、魔神の手から刀が消えている。
俺達が知覚できない速度と技術で投げたのだ。【白夜】で刀身が包まれた〈竜魔刀〉が、フィリスに癒えない傷を負わせる。
「フィリス‼」
俺は力なく倒れるフィリスを支え、すぐに胸に刺さった刀を抜き取る。
いくら頭を潰されない限り魔神族のフィリスでも、【白夜】の力で既にフィリスの命は尽きようとしている。
俺が幾ら回復魔法を掛けても顔色は良くならない。人すら生き返らせる幻想級の魔法を掛け続けて、何とか命を繋ぎ止めているが……これも時間の問題だ。
どうする? 魔神も〈竜魔刀〉を拾い、こっちへ来ようとしている。フィリスを庇いながら戦う事は困難。
〈竜魔刀〉の【竜魔の化身】を使うか?
しかしそれを使えば相手も同じ事をしてくるだろう。こんな所で世界を亡ぼすほどの怪物同士が暴れられたら、それこそ俺達が巻き込まれて死ぬ。
フィリスの回復も必要。魔神の足止め、もしくは倒さなければならない。戦えばその間にフィリスは死ぬ。一人で戦っても勝てずに俺は死ぬ。
いっそ……フィリスを置いて逃げるなんて事も…………思いついても行動できない。
クソッ! 時間がないのに答えが選べない!
いっそ体がもう一つ―――いや二つあったらまだ何とかなったかもしれないのに……なんてこんな時に現実逃避している場合か俺はっ!
無駄な事を考えるくらいならいっそ自滅覚悟の一か八かで【竜魔の化身】を―――――――――いや、出来るのか?
そういえば、俺にはケルベロスを倒した際に、「三つ首の影スキル」という能力を手に入れていた。これを使えばまったく同じもう二人の自分を作り出せる。
思えばここはファンタジーの世界なのだ。『体がもう一つあればっ!』なんて願いは叶えられる世界なのだ。
能力を発動させると、力も能力も服装も武器も全て同じ、目の前に二人の俺が現れる。
「―――ッ」
魔神の顔色が、少し変わった気がした。
俺は回復に専念しながら、フィリスを死なせない方法を考え、もう二人の俺は魔神と戦い、何としてでも倒す事に専念する。
これならいけるかもしれない。
しかし例え二人になったしてもそう簡単には勝てない。ならば―――〈竜魔刀〉を持つ右手から肌に「魔」が流れ込み、手に黒い痣が広がっていく。
魔剣のみの特殊効果である【呪魔の烙印】だ。
魔剣を使い続けるとシンクロ率が上がり、魔剣に使用された魔核の「魔」を体に取り込ませられる。すると肌に「魔」の痣が広がり、一時的に強大な力を得る【呪魔の烙印】が使える様になる。
だが【呪魔の烙印】は使い続けると痣は消えず、少しずつ肌に残り、痣が体に濃く、そして多く残るほどに苦しみ悶え、最悪死に至る。
呪いによる強い耐性や、魔剣の扱いに長けていれば、【呪魔の烙印】の効果を抑えられ体に痣を残さないでいられる。
二人の俺は〈竜魔刀〉を意識し、【呪魔の烙印】を発動し始める。
今まで使った事はなくても、まぁ……不思議と出来る自身はあった。
前から試したいとは思っていた。やろうと思えばやれなくもない事も分かっていた。
それでもやらなかったのは……死ぬだろうとも分かっていたからだ。
【呪魔の烙印】の発動により、〈竜魔刀〉を持つ右手から徐々に肌を這うように黒い痣が広がり、手首まで広がった所で―――俺は死んだ。
「超高速再生スキル」でも「不死鳥の蘇りスキル」でも蘇れない類の強力な呪いで、完全に死ぬ。分身の俺でも「再誕の首飾り」を持っているが、それを発動させる意味も感じなかったので、普通に死んだ。
死ぬと俺の体は所有物も含めて消えて無くなる。
呪いが強すぎて、制御ができず一瞬でしんでしまった。普通の魔剣なら例え痣が全身に回ろうとも平気でいる自身があるのに……分かっていたが、恐ろしい刀だ。
「三つ首の影スキル」で死んだ分の俺をまた作り出す。一瞬だけでも使える事が分かった【呪魔の烙印】を駆使し、一時的に強大な力を得て二人の俺が魔神に挑んだ。
【呪魔の烙印】を使いながら、俺が精々生きていられるのは1秒くらいか。
だから俺は、死んで、俺を作り出して、また死んでの繰り返しで魔神を攻める。
魔人が【呪魔の烙印】を使わないのは、自分でも〈竜魔刀〉の【呪魔の烙印】は使いこなせない、発動させれば数秒で死ぬと分かっているから発動させないのだ。
それほど〈竜魔刀〉の力は強すぎる。
俺は何度も死を繰り返すと、徐々に【呪魔の烙印】の扱いにも慣れだし、だんだん生きていられる時間が増え、今では3秒か4秒は平気になった。
上手くいけば2秒以内に【呪魔の烙印】を解けば、死なずに済むかもしれない。
魔神も急激に強くなった俺が二人も居るとキツイみたいだ。【白夜】による打ち合いも、俺の攻撃をいなせず徐々に体を削られている。
明らかに俺の動きは以前と違い過ぎた。動きの切れも、速度も、斬撃の重みも、魔神は対応できずにいる。
儚く散る命と引き換えだが、その一撃は強烈だ。
今度こそ殺せる。
あと一歩で殺せる。
―――けれど、決定打に欠ける。
相手は肉を斬らせても骨まで斬らせてくれない。
二人の俺を相手にしながら、しっかり三人目の俺にも警戒している。
やはり隙を作る必要がある。
ならば―――攻撃している二人の内、一人の俺が闇属性幻想級魔法【黒く暗い狭間の渦】を発動させる。
魔神眼で魔神に魔法を掛けるのではなく、その真後ろに魔法を掛けた。
野球ボールくらいの小さなブラックホールが生まれ、惑星規模の範囲でどんな物も吸い込み消滅させる渦が、凄い勢いでここら一体を吸い込もうとする。
魔神は堪らず〈竜魔刀〉を地面に突き刺し、必死に堪える。
二人の俺も、少し離れた場所に居る俺とフィリスも吸い込まれそうになるが、何とかして耐えている。
魔神の奴はブラックホールが真後ろにあるのに、よくまぁ耐えられているものだ。
しかしそう長くは耐えられないだろう。すぐに魔神も【白夜】でブラックホールを切り裂く筈だ。その切り裂く時の一瞬の隙をついて、二人の俺が魔神に斬り掛かる。
チャンスは一度。
これを失敗すれば、きっともうチャンスは来ない。
そして予想通り、魔神が勢いよく振り返り、吸い込まれる前に【白夜】でブラックホールを切り裂いた。
今だ!
全力で駆け出し、【白夜】で魔神の首を―――落とす前に、【白夜】を発動させた〈竜魔刀〉を頭に投擲された。
俺一人死亡。
けれど〈竜魔刀〉を手放した。
もう魔神に俺の【白夜】を防ぐ事はできない。
これで終わりだ。
竜魔刀〉を振り上げ、勢いよく振り下ろした―――のに、何故またコイツは竜魔刀を持っている?
【白夜】と【白夜】が衝突し、俺の渾身の一撃が防がれた。
気付けば死んだ俺の頭に刺さっていた〈竜魔刀〉が消えている。
一度消して、また手元に出したと言うのか? 卑怯だろおい。俺は攻撃をただ防がれただけでなく、軽く受け流され隙が生まれた俺は【白夜】で両腕を斬られる。その後一瞬でバラバラにされて……二人目の俺死亡。
残りは回復に専念していた俺だけ。
マズイッ、もう一度能力で俺を出さなければっ。
しかし魔神はそんな猶予すら与えてくれず、突進して来た。
やられる‼ 回復を続けながら、俺は咄嗟に【白夜】を纏った〈竜魔刀〉を投げる。
しかし、紙一重で躱される。
「よくも刺してくれたわね」
俺の投げた〈竜魔刀〉を、魔神の後ろでフィリスがキャッチ。
「ッ‼」
フィリスは〈竜魔刀〉を握ると、【白夜】を発動させて背後から魔神に斬り掛かる。
魔神は思っただろう。
何故先ほどまで死にかけていた女が、いつの間にか復活していて背後にいるのか? と。
実は俺の〈再誕の首飾り〉をフィリスに持たせ、生き返る効果を三度消費する事で、フィリスは死の淵から蘇る事が出来たのだ。
そして今まで幻属性上級魔法で魔神すら騙すフィリスの幻を作り出し、俺は回復している振りをしながら不意を突くために今まで隠していた。
そしてフィリスは禁呪の一つ、誰からも存在を気づかれない、あらゆる生物の意識からその姿を消す【孤独者の陰】を使い、完全に存在感を消して魔神の背後に近付いた。
武術では魔神が上でも、魔法なら俺とフィリスは負けない。
魔神は困惑しながらもフィリスの一撃を何とか受け止めようとする。
不意は衝いた。しかしフィリスの身体能力では〈竜魔刀〉で身体能力をアップしても、まだ魔神は何とか対応してしまうだろう。
【孤独者の陰】は生物の意識から姿を消すには完璧だが、攻撃する際には魔法が消えてしまう欠点がある。だから直前までしか姿を消す事ができなかった。
魔神は【白夜】で受け止めようと刀を振るう―――が、その刀が突然消えた。
「ッッ⁉」
偽フィリスを回復させる振りをしながら、時間を掛けて魔神眼に膨大な魔力(MP)を注ぎ、魔神がフィリスに気を取られた隙を衝いて、魔神眼による特殊能力【理への干渉】を発動させ魔神の能力に干渉して、能力で出した〈竜魔刀〉をキャンセルさせた。
今までは、【呪魔の烙印】を発動させた俺を二人も相手にしながらも、魔神はしっかり三人目の俺にも警戒していた。
もし充分な隙を作らず、俺が何かをしようとする素振りを見せれば、あの魔神は何かしらの方法でそれを防いでいただろう。
だから必ず成功させる為に、ここぞというチャンスが来るまでジッと我慢し、今やっとその時が来たのだ。
そして、フィリスは無防備になった魔神の首を刎ね、この戦いを終わらせた。
バタン……と、ゆっくり魔神の体が倒れる。
「お、終わった……」
「何とか勝てた、ね。……アキヒト、これ」
フィリスは俺に〈竜魔刀〉を渡してくれる。
それを受け取り、鞘に納めてから―――俺はその場に座り込んだ。
「はぁ~~~疲れたぁ~~~! 今回はかなり苦戦したなぁ」
「…………アキヒト、何だかまた強くなってる?」
以前とは感じるものが違うんだろう。俺を見ながら、フィリスが首を傾げている。
フィリスの言う通り、今回の戦闘と今までの戦闘で、俺はまたレベルアップしたのだ。力が格段に上がり、新しいスキルも手に入った。
〉★★「記憶操作スキル」:固定レベル10を得た。
・相手の記憶を操作し、記憶を忘れさせたり、記憶を書き換えて偽の記憶を植え付けたりする事が出来る。
・相手の記憶を操作するには、実際に相手に触れる必要があり、操作する記憶の内容により掛かる時間は異なる。
〉★★「英雄の投擲スキル」:固定レベル10を得た。
・何かを投げる行為により、その物が何であっても途轍もない威力を持ち、例え小石でも城壁を破壊し、水滴でも弾丸のごとく飛ばす事のできる能力である。
・投げる物が武器であればもっと大きな威力を持ち、武器のランクによってその破壊力は極端に上がる。ランクCやBの武器であれば、魔神や竜種でも射殺す。
〉★★★「理想の武器庫スキル」:固定レベル5を得た。
・何もない空間から武器を出現させられるスキル。
・出現させられる武器は、実際にスキル所有者が見た事がある、もしくは使った事のある武器でなければ取り出せない。一度でも使ったり見た事のある武器なら、伝説の聖剣でも魔剣でも、どんな武器でも取り出せる。
・同じ武器を複数取り出す事は出来ず、取り出す武器の強さにもよるが、最低でも毎分で魔力(MP)を100消費する。
・このスキルはただ武器を取り出すだけでなく、取り出した武器を完璧に使いこなす能力もある。
〉★★★「英雄伝スキル」:固定レベル7を得た。
・例え何度も復活する不老不死の化け物でも、頭や心臓、もしくはその生物の核となる部分を破壊すれば、生き返ることなく殺せるスキル。
〉「無口詠唱スキル」を得た。
・口を動かし、声に出さなくても、頭の中で詠唱が出来るスキル。しかし魔法を発動する際には魔法名を唱えなければならない。
・上級魔法までしか無口詠唱はできないが、喋る必要がないのは騙し討ちにはもってこいである。
〉★★★★「時の狭間スキル」:固定レベル5を得た。
・大量の魔力(MP)を消費し、時間を操作するスキル。
・1秒を10秒にしたり100年にしたりと遅くさせ、スキル所有者はその時間の中で普通に動く事が出来る。しかし1秒を1時間にするだけでも毎秒で1万の魔力(MP)を消費する。
・スキルにより時間を早めたり戻したりする事が可能であるが、尋常ではない魔力(MP)が必要である。
そしてステータス数値は、
名前:アキヒト
性別:男 種族:人族
年齢:17歳
レベル:30
MP(魔力量):963億7247万7862
「魔の蔵スキル」により1000倍+5万 →MP(魔力量):96兆3724億7791万2000
「統一魔力器官」により全ての各器官の魔力量が同じになる。
「第2魔力器官スキル」→MP(魔力量):96兆3724億7791万2000
「第3魔力器官スキル」→MP(魔力量):96兆3724億7791万2000
「第4魔力器官スキル」→MP(魔力量):96兆3724億7791万2000
「第5魔力器官スキル」→MP(魔力量):96兆3724億7791万2000
「第6魔力器官スキル」→MP(魔力量):96兆3724億7791万2000
「第7魔力器官スキル」→MP(魔力量):96兆3724億7791万2000
ステータス数値
魔力:13万5312
筋力:13万5276
敏捷:13万5845
耐久:13万5630
感覚:13万5457
魅力:0
幸運:0
技術:0
魔道:0
属性:0
属性:火・水・土・風・雷・木・氷・光・闇・命・幻・門
スキル:
「聞き耳」「気配遮断」「怪力」「剛脚」「炎耐性」「鉄肌」「投擲」「風虎の爪」「憤怒の業火」「脱兎の如く」「発火体」「高速歩法」「無音動作」「電光石火」「渾身の一撃」「鬼神蜘の糸」「体内発電」「高速詠唱」「無詠唱」「超高速再生」「複数魔法同時展開」「浮遊」「呪い耐性」「闇耐性」「氷耐性」「衝撃波」「透明化」「魔力吸収」「道具作成」「陣地作成」「武器作成」「防具作成」「調理」「調合」「罠作成」「解体」「水中歩法」「魔神眼」「千里眼」「観察」「鑑定」「解析」「魔眼砲」「幻眼」「心眼」「催眠眼」「鷹の目」「遠見」「暗視」「光視」「透視」「霊視」「解読」「魅了の瞳」「真偽」「未来予測」「居合切り」「燕返し」「睡眠休憩」「一食栄養」「魔栄養」「第2魔力器官」「魔力貯蔵」「縮地」「雷耐性」「毒耐性」「騎乗」「ステータス隠蔽」「隠蔽工作」「銀竜の鱗」「銀竜の魔袋」「魔の蔵」「銀竜の爪」「銀竜の血縁者」「銀竜の魔脳」「黒鬼の体」「鬼に金棒」「神鬼の紫雷」「神鬼の大口」「白鬼の体」「木竜の種袋」「植物操作」「木竜の鱗」「熱感知」「毒生成」「毒の息」「従属軍」「対魔皮」「超肺活」「変声」「高速筆記」「高速展開」「自然治癒」「二刀流」「暗器」「毒爪」「毒肌」「追跡」「残像」「鬼の顔」「痛みを超える先に」「第3魔力器官」「第4魔力器官」「第5魔力器官」「第6魔力器官」「第7魔力器官」「統一魔力器官」「火竜の火炎袋」「火竜の炎爪」「火竜の鱗」「氷竜の冷気袋」「氷竜の鱗」「氷竜の翼」「水竜の水袋」「水竜の鱗」「魔力の杯」「魔の泉」「集中砲魔」「創造」「武人の奥義」「生命活動」「無我の境地」「影の従者」「影分身」「常闇の霧」「魔力精密操作」「魔力圧縮」「魔力噴射」「魔力の渦」「魔力増加」「底なし魔力貯蔵」「宝物庫払い」「子孫繁栄」「不死鳥の蘇り」「不死鳥の生き血」「三つ首の影」「化けの皮」「異能の鏡」「黒竜の黒炎袋」「黒竜の鱗」「死神の鎌」「死神の黒衣」「禁忌辞典」「死神の宴」「魔眼」「蒼海」「記憶操作」「英雄の投擲」「理想の武器庫」「英雄伝」「無口詠唱」「時の狭間」など。
・持っているスキルは最低でもスキルレベル6。
・全てのスキルをONにしている訳ではない。
★4つのスキル四つ目! また凄い能力が手に入ったな。
それにスキルだけでなく、新しい力……なのか? ステータス欄に魅力数値、幸運数値、技術数値、魔道数値、属性数値という項目が増えていた。
「アキヒトって、『才能持ち』だったのね」
俺の事を「観察スキル」で見ていたフィリスが、呟く様に言う。
「『才能持ち』?」
「5つのステータス以外に、他にもステータス項目がある人の事を言うの。持っている人なんて殆どいないけど、才能がある人は生まれながら持っているか、レベルが30から40、50とキリの良いレベルになるとステータスの項目が増える事があるらしいわ」
へぇ~~~。
でも俺の場合は才能が有るのではなく、〈覇王の証〉や〈天の才を受ける者〉のアイテム効果による影響なんだろうな。
でも折角手に入ったので、またポイントを最初から元に戻して、今まで手に入ったステータスポイントとボーナスポイントを割り振り、新しいステータス数値は全て5万3000となっている。
基本ステータスとの数値格差が有り過ぎるが……後から追加された項目だから、これはしょうがないか。
数値が上がると全体的の能力が向上する基本的ステータスとは違い、才能系のステータス項目は数値が上がっても全体的な能力向上する訳ではなく、数値を個別能力に割り振る事で、格才能の能力を向上させるものである。
魅力数値には、人の上に立つカリスマ性や、異性に惚れられる魅力、人目を異常に引く魅力などがあり、この格個別能力に魅力数値で得た数値を割り振ることで自分の魅力を上げられる。
幸運数値では、賭け事に強く成ったり、事故などの災害にあっても不幸中の幸いで助かったり、相手の攻撃が自分へまったく当たらない幸運や、適当な攻撃でも致命傷に繋がる幸運などあがある。
技術数値では、剣、槍、刀、ナイフ、盾、斧、槌などなどの武器を扱う技術。格闘技の技術、暗殺の技術、鍛冶や家事や調合や料理などの幅広くあらゆる技術を、技術数値で得た数値を割り振る事でその技術の熟練度を上げる事が出来る。
技術数値は本来誰にでもある数値であり、それがステータス項目に無いだけである。
剣を使っていればその技術が上がり、数値として見えずとも剣術の数値は上がっているのだが、当然技術数値とは長い時間と努力なくしては上がらない。
しかしステータス項目に技術数値があるという事は、技術数値により得た数値をさらに個別能力としてあらゆる技術に振り分けるだけで、努力も何もせずとも技術を上げる事が出来るのである。
武芸者の使う必殺技である武芸も、剣なら剣の技術数値、盾なら盾、槍なら槍、格闘なら格闘の技術数値が高くなければ武芸を覚えられなかったり、覚えられても武芸の威力が良かったりする。
魔道数値が上がると魔法に関する全体的な技術や才能が上がり、詠唱や魔法文字の理解度、魔法の習得度、魔法の熟練度など、魔法使いとしての才能がグンと上がる。
才能など本来上げる事の出来ないものではあるが、ステータスに項目さえあれば上げることが出来るのだ。
これも普段は見えず関われずのステータス項目の一つである。
属性数値では、自分の持つ属性にポイントを割り振る事で、より属性魔法や属性付与の力を上げる事ができる。
例えば―――魔法の場合、火属性を持っていれば90~100%の力で火魔法を使える。数値1につき1%の力なので、火属性さえ持っていれば初めから属性数値は90~100はあることになる。
しかし、これがポイントを割り振り火属性の属性数値を150にすると150%の力で魔法が使えるようになる。さらに属性数値150%から特典が得られ、使い慣れた魔法であればその属性魔法を「無詠唱スキル」がなくても発動させられるようになる。
200%からはただ魔法の力が2倍に上がる訳ではなく、魔法の力が20数倍に跳ね上がり、下級魔法以下ならば詠唱無しの無詠唱で魔法の発動が可能となる。
300%からは属性が進化し、『火属性』ならば『炎属性』へと変わり、本来人の身では届かない精霊級魔法に到達する事も可能となる。そして当然魔法の威力も格段に上がり、およそ30倍になる。この域に到達すると中級魔法が上級魔法をやや超える力となる。そして中級魔法以下を詠唱無しの無詠唱で発動させられ、魔力消費量も3分の1に削減できる。
500%なら幻想級魔法に到達する可能性があり、魔法の威力も50倍、上級魔法以下を詠唱無しの無詠唱で発動させられ、魔力消費量も5分の1に削減できる。
1000%なら完全なら神級魔法にも到達できる―――かもしれない。努力次第。けれど精霊級は確実に行使でき、精霊級魔法以下を詠唱無しの無詠唱で発動させられ、魔法の威力も100倍に、魔力消費量も10分の1に削減できる。100の精霊級など放てば、それは惑星一つ分をも破壊する威力がある幻想級も超える。
各属性は進化させると、
火属性 → 炎属性
水属性 → 海属性
風属性 → 嵐属性
土属性 → 地属性
雷属性 → 天属性
闇属性 → 夜属性
光属性 → 聖属性
門属性 → 界属性
氷属性 → 凍属性
木属性 → 森属性
幻属性 → 夢属性
命属性 → 生属性
無属性 → 虚属性
と、このように変わる。
さてと―――新しく増えたステータス項目はいいとして、さっそく「断切の一太刀スキル」でこの迷宮から出られるか試そうかな。…………けれどその前に、またフィリスが魔神の心臓を抜き取り、黙って俺に差し出しているのを何とかしなければ。
「えっと、フィリス……」
「すっごく強かった魔神の心臓。これならアキヒトも満足する?」
「う……っ」
やっぱり来たか。
俺も覚悟を決めて、そろそろ魔神にならないとマズいか?
でもフィリスをガッカリさせたくない気持ちはあるが、やっぱり魔神になるのは抵抗がある。ここから出られるかもしれない方法が出来た以上、もう誤魔化さずに魔神になりたくないと告げて、ここから逃げてしまうというのも……考えなくはない。
けれど―――、
「また、これじゃあダメ?」
う……っ。
不安そうな顔で俺を見つめるこの瞳が、徐々に俺を『その気に』させていく。
同じ魔神族だけが唯一の仲間だとフィリスは言っていた。仲間が欲しいとも言っていた。だからその為に今まで俺に協力してくれて、一緒に下層で戦って来たのだ。
そのフィリスを今更裏切るのは…………とても俺には出来そうにない。
いやまぁ……女の子を裏切れないから、人間をやめるもの考え物だけど、フィリスのこの不安そうな顔を見ていると、段々その期待に応えたくなってしまう。
もう覚悟を決めて、魔神になった後に人間に戻る方法があるか、もしくは魔神の力を抑える方法を探そう。
「いや、フィリス。その心臓に決めたよ」
「ほんと?」
フィリスの目が少しだけ大きく見開く。
声のトーンも少し上がった気がした。
「ああ。でも食べる前に……これはさすがに茹でるか焼くかしたい。生はキツイから」
「……生じゃないと意味がないと思う。それに、茹でると効力がなくなるかも」
魔神の心臓は卵のような形状と大きさであり、今もドクンドクンと脈打っている。
こんな気味の悪い物を、何の調理もせずに生で食うと?
「効力が無くなるかもし―――」
「わ、わかったよ。でもせめて魔法で小さくさせてくれ。豆粒くらいにして飲み込みたい」
「うん、それなら」
魔法で心臓を小さくすると、フィリスに「はい」と渡される。
鶉の卵くらいになったその心臓を見て、ゴクッと唾をのみ込み―――いざ人間をやめる異物を、口の中に放り込んだ。
飲み込むと―――ドクン! と心臓が跳ねる。ちなみに跳ねたのは俺の心臓の方だ。
そして体が熱くなり、それはもう燃えてるんじゃないかと思う程に熱くなり、壊れるんじゃないかと思う程に体中に激痛が走る。
「ぐっ……! ぶはっ!」
「アキヒト!」
堪らず大量の吐血。
もう内臓がグチャグチャだ。耐久数値が高いお蔭か、痛覚耐性も上がっているので何とか悶え苦しまずにはいられるが、これはとっくにショック死していてもおかしくない。
「超高速再生スキル」や「不死鳥の蘇りスキル」は何故か発動されない。
魔神へと体が作り変る時には、スキルや回復魔法は通用しないようだ。
死ぬ。これ死ぬ。
体に亀裂が入りバラバラになりそうで、全身から血が流れ、心臓が潰れ、脳が溶けそうになって―――結局死んで〈再誕の首飾り〉で蘇った時には、
〉★★★★★「魔神族スキル」:レベル7を得た。
と、スキルを手に入れていた。
フィリスよりも高いスキルレベルの為か、俺の場合は少しスキル能力の効果が変っている。変わった点は魔神の再生能力についてだ。
魔神は心臓や体の半分を失ったとしても死なず、頭部もある程度の傷なら強力な再生能力で傷を治してしまう。脳を完全に潰すか、再生できない程に魔力(MP)が減らさなければ死なないとなっていた。
しかしスキルレベル6からの魔神は、脳を完全に潰したとしても、指一つでも体が残ってさえいればそこから復活してしまうらしい。なので、全ての肉体を完全に消滅させるか、魔力(MP)が尽きるまで殺し続けなければ死なない。
本当に人間やめたな俺。
さらに魔神になった事で、魔神としての新たなスキルまで手に入る。
〉★★★★★「断切の一太刀スキル」:固定レベル5を得た。
・スキル所有者の全魔力量を消費し、あらゆる事象も存在も斬り裂き切断する能力。
・神の鉱物オリファルコンでも斬り裂き、海や大陸も当たり前のように斬る。物質だけでなく、事情や概念すらも切り裂けることから人の命その物を絶つ事も、死を斬れば人を生き返らせる事も、幸運や不運などを斬り人生を左右する事も、記憶や怪我や病などの事象を斬り無かったことにする事も、距離を斬りワープする事も、時間を斬れば時を巻き戻す事も、起こった物事の事象を斬り無かったことにする事も、神級の魔法でも斬る事も。想像しうる全てを対象に斬る事ができる。
・全魔力の消費以前に、この能力発動には最低でも100億の魔力(MP)が必要である。そして「魔力器官スキル」を持っていても、それも含めて全魔力(MP)が消費される。
・この能力は刃物系の武器を持っていなければ発動されない。
★5つのスキルが二つも手に入ったぞ! しかもこの「断切の一太刀スキル」の能力なら、もしかしたらこの迷宮から出られるかもしれないぞ!
やった! やっとこの場所から脱出する方法が見えて来た!
「大丈夫?」
地面に倒れながらスキルを確認している俺の顔を、フィリスが覗き込んで来る。
「ああ、平気だよ。何とか生きてる」
「そう? ……でも、これでアキヒトも魔神になれたね。私の仲間」
「え?」
「ふふふっ」と初めて見るフィリスの笑顔にポカンとしながら、俺は氷属性の魔法で鏡を作り出し、自分の姿を確認する。
「これは―――っ」
まるで日焼けしたように肌が若干黒くなり、髪や眉などの毛が灰色に変わり、髪の毛が少し伸びている。爪は何故か黒くなり、そして頭には二本の黒い角が生えた。
変わっと所があるとすれば、こんな所だが……溢れんばかりの漲る力を感じる。
名前:アキヒト
性別:男 種族:魔神族
年齢:17歳
レベル:30
MP(魔力量):35兆8772億5669万8756
「魔の蔵スキル」により1000倍+5万 →MP(魔力量):3京5877兆2566億9880万
「統一魔力器官」により全ての各器官の魔力量が同じになる。
「第2魔力器官スキル」→MP(魔力量):3京5877兆2566億9880万
「第3魔力器官スキル」→MP(魔力量):3京5877兆2566億9880万
「第4魔力器官スキル」→MP(魔力量):3京5877兆2566億9880万
「第5魔力器官スキル」→MP(魔力量):3京5877兆2566億9880万
「第6魔力器官スキル」→MP(魔力量):3京5877兆2566億9880万
「第7魔力器官スキル」→MP(魔力量):3京5877兆2566億9880万
ステータス数値:魔神族スキルのステータス7倍により
魔力:13万5312 →約94万5000
筋力:13万5276 →約94万5000
敏捷:13万5845 →約94万5000
耐久:13万5630 →約94万5000
感覚:13万5457 →約94万5000
魅力:5万3000 →37万1000
幸運:5万3000 →37万1000
技術:5万3000 →37万1000
魔道:5万3000 →37万1000
属性:5万3000 →37万1000
となっている。
いや強すぎ強すぎ。
すっごい事になってる。
「ん……アキヒトのステータスが見えなくなった。きっとアキヒトの魔神としての力が強すぎて、一定のスキル能力が効かなくなったみたい」
「あ、それ俺も経験あるな。まさか自分がそこまでの存在になれるとは思わなかったけど」
俺は立ち上がると、もう一度鏡で自分の姿を確かめる。
「魔神になると、こんなふうに見た目って変わるもんなのか?」
「人による。角は皆生えてくるみたいだけど、私の場合は角以外は人間の頃とまったく同じ」
俺は体に異常はないかあちこち確かめ、角が生えている以外は大きな変化はなかった。
その他も色々と確認していると、「魔神族スキル」でもONとOFFの切り替えが出来る事に気付いた。
OFFにすると、魔神族から普通の人族へと変わる。勿論ステータスも7倍前に戻る。なんだ、魔神から人間へ切り替えるの簡単じゃん。
いや、きっとスキルのON、OFFは俺にしか出来ない芸当なんだろうな。コレもアイテムのお蔭かな。
「あっ、戻しちゃった……魔神の方が良かったのに」
フィリスがさも残念そうな声を上げ、いつも無表情なのに今は本当に残念そうな顔までしている。
「魔神も悪くないけど、俺は人間でもありたいんだよ。人間として生きたいし」
「…………アキヒトなら、私達魔神の魔王にもなれるかもしれないのに」
「なって堪るか」
「でもスキルレベル7の魔神なんて初めて見た。魔神仲間の中でもレベル4が最高だったのに……」
フィリスは顎に手を当て、珍しくも真剣な顔で何かを考えだした。
そしてしばらくして、真面目な目を俺に向ける。
「な、なに?」
「アキヒト。もう一度、魔神になって」
「い、いいけど……」
ちょっと嫌な予感はするが、俺はフィリスの言うままに「魔神族スキル」をONにする。
姿が変化し、力が湧いて来る。俺のそんな姿を見て―――いつも無表情のフィリスの顔が、徐々に目を大きく見開き……少し呆然としているような……何故か頬が紅葉もしている。
「やっぱり、良く見ると、良く分かる。……凄い力と、凄い迫力。アキヒト、真剣に私達魔神を束ねる王になってみない? アキヒトなら、皆納得すると思う」
「真剣に考えたらもっとならないよ」
魔王なんてなって堪るかと、すぐにスキルをOFFにして魔神モードを解除する。
「大丈夫、皆アキヒトに従うよ。私も手伝うから」
「手伝わなくていいんだよ! 俺は平和に生きたいの!」
おいおい、フィリスに変なやる気スイッチが入っちゃったよ。
「私達には魔神を統率する存在が必要なの。皆をまとめて、魔神の国を作り、平穏に暮らせる場所を作って、そこに君臨するだけでいいから」
「いやそれ凄く大変だから! 何でそんな簡単そうに言えるの⁉ そもそも何を根拠に魔神の皆が俺に従うなんて言ってるんだよ」
いくら強いとはいえ、見ず知らずのポッとでの俺に、魔神の皆が従うとは思えない―――そんなつもりで言ったのだが、
「強い相手に従いたくなるのは、魔物と魔神の本能だから」
「ほ、本能?」
しかし、思わぬ答えが返ってくる。
「魔物も魔神も、同じ種族で敵でなければ、圧倒される程に強い存在の前に立つと、魅了され従いたくなる衝動に駆られる事がある。絶対ではないけれど、多くの魔物や魔神が持っている本質。……それに私も、今アキヒトの力に魅了されてた。こんな気持ち初めて。ねぇ、もう一度魔神になって」
「だ、だからちょっとさっき顔が赤くなっていたのか……っ」
フィリスにそんな目で見られたのは嬉しくあるけど……ちょっと複雑だ。
でもその理由なら―――異常なほどの俺の力を見て、他の魔神達は尊敬の眼差しを向けながら俺に仕えたがるかもしれない。
ヤバイ……本当に魔王にされかねない。
「と、とにかく、俺は魔王になるつもりはないよ。まぁ魔神も悪くないけど、やっぱり俺は人間だから。人間としての人生を送りたい。だからこの話は終わり。ほら、帰ろう」
「むぅ~~~~~~~」
「可愛いけど膨れるな!」
さっさと城に帰ろうと歩き出す俺に、
「アキヒト」
またフィリスに呼び止められる。
「だから俺は魔王には―――」
「さっき、助けてくれてありがとう。アキヒトが私を見捨てずに助けてくれなかったら、死んでた。やっぱりアキヒトは私の仲間ね」
振り返ると、決して同族以外には向けられる事のない、今まで見た事のない穏やかな笑顔をしていた。
「あ、ああっ……いや、仲間だから、当然だよ」
「うん。私達は仲間よ」
その笑顔が眩し過ぎて、自分の顔が赤くなるのが良く分かって、とても真正面からフィリスの顔を見る事ができなかった。