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本当の異世界はこんな所

ガタガタと荒く揺れる馬車の中には、何人もの若者達が乗っている。

皆が10代後半から、最年長でも19歳くらいまでだろう。男女の区別なく男も女も一緒の馬車に乗り、皆が学生の制服か、もしくは私服を着ている。

若者達は片手剣や盾、レイピアや槍、ナイフなどなど……それぞれが武器を持っていた。


その中の一人、俺こと黒木秋人も高校の学生服を着て、制服には似合わない片手剣とナイフを腰に帯剣している。日本人らしい白い肌に黒髪と黒い瞳をしている。

俺の身長は175㎝くらいで、体系はスポーツが好きなのもあり、筋肉は意外と付いている方だと思う。

一般的な高校二年生だ。

そしてこの馬車に乗っている若者達にはある共通点がある。



それは―――皆が今いるこの世界とは別の世界から来たということ。



俺はごく普通のとある高校に通っていた。

成績はまぁまぁだった。クラス順位で上から9番目くらいだろうか、友達もそこそこ多くいた。将来の夢はなかったが、結婚とかして家族を充分に養えるくらいの仕事に就く気はあった。飲食店でアルバイトもしていた。だから帰宅部だった。スポーツは好きだ。体を動かすのは気持ちがいい。ゲームも好きだ。RPGなどよくやった。兄や姉などの兄弟、両親もいる。本当に……どこにでもいる高校生だ。


輝かしい筈の貴重な高校生活の日々を平凡と過ごし、朝になればいつも通り学校に登校し、窓側にある自分の席に座り、4階の窓から見えるいつも通りの見飽きた景色―――を見る事はできなかった。


いつもより景色が高い。

学校に居る者は全員、校舎ごと見えない力で空へ吸い上げられていた。

体は宙を浮き、校舎は崩れバラバラになる。凄い勢いで空に飲み込まれ意識がなくなり、気が付けばこの異世界に飛ばされていたのだ。


そして目覚めた時には、見知らぬ森の中で寝転がっていた。

困惑しながらも周りを見回すと、同じように困惑した歳の近い若者達が沢山周りにいる。それぞれが周りの者と情報交換を行い、秋人も話に加わり状況の整理を行った。

そして皆と話していて得た情報の共通点には、『学校に居て、空に吸い上げられた』という事が確認できた。

この場には中学生から高校生、大学生の者までいる。全員が学生なのだ。


そして誰に説明された訳でもないのに、ここが異世界であり、魔法や魔物が存在し、この世界での言葉や読み書き、この世界のある程度の常識が最初から頭の中にあった。

ズボンのポケットには携帯電話のスマホと財布―――それにいつの間にかこの世界の通貨である銅貨や大銅貨が数枚入っていた。武器も何故かそこらへんに無造作に置いてあり、それを適当に取っただけだ。


この世界の人間には、ゲームのようにレベルという物が存在する。

そしてこの世界のあらゆる万物には必ず魔力が宿っている。それがこの世界の常識の一つだ。

頭の中で念じると、ゲームの様に自分のステータスを見る事ができた。



名前:アキヒト

性別:男  種族:人族

年齢:17歳

レベル:0

MP(魔力量):8

ステータス数値

魔力:1

筋力:3

敏捷:3

耐久:2

感覚:3

属性: 雷・土

スキル:なし



と、なっている。

HPや職業などの表示はない。

てか……運動神経にはそこそこ自身があるのに、筋力や敏捷が3て……この世界はなかなかシビアなようだ。

そして森を抜けた所に馬車があり、それに乗って皆で近くの町まで行ける―――という事まで頭の中にあった。

目が覚めた時は朝だったのに、皆があまりの現状に呆然としていたので、出発する頃には夜になっていた。


「取り敢えず移動しよう」と、誰かが言いだし、森を出て見つけた馬車を見つけると、移動しようと言い出したそいつが経験はないが馬車を操縦する事になった。

馬車は全部で10台。結構大きめの馬車で1台につき20人くらいの人数が入った。

だがこれだけしか異世界に来ていないとは思えない。飛ばされた先が違うだけで、きっと他にも多く来ている筈だ。


馬車の中の空気は重い。

馬車に乗ってから誰も、一言も話そうとしない。

まぁ、こんな状況なのだ、口が軽くなる者なんていないだろう。

自分がどうなってしまったのか分らない。何でこんな場所に居るのか分からない。

一体自分達の身に何が起きたのか……考えても考えても頭の中がグチャグチャになるだけ。これから先の不安な未来にあれこれと悩んでいると―――突然馬車が大きく揺れ、真横に転倒した。


「きゃああああっ!」

「うわっ! なんだ⁉」

「うわわわわわっ!」


突然の事で皆は受け身も取れず、秋人も皆の下敷きになった。

かなり痛いし重い。


「おいっ、どうした? 操縦ミスか?」


誰かが馬車を操縦していたヤツに声をかけた。

操縦していたヤツも馬車の操縦など初めてで、しかも皆と同じで混乱している状況の筈なのに、操縦をやってくれていた心優しいヤツなのだ。声をかけたヤツもゴチャゴチャになっている俺達も、転倒したところで彼を責める気は毛頭ない。


「おい、大丈夫なのか?」


様子を見に、男が馬車から外に出ると―――、


「あ…………」


何か、気のない声が聞こえた。

そして次の瞬間、


「ブオオオオオオオオオオオッ‼」


今まで聞いた事もない、でもそれが何だか分ってしまう、恐ろしい声が聞こえた。

今の声―――いや、鳴き声は、魔物だ。

今更ながら、皆が思いだす―――『そうだ、ここは異世界で、ここには魔物が存在しているんだった』って。


『うわわわわわああああああああああああああああああ』


皆が勢いよく馬車から我先にと外へ出る。

俺は皆の下敷きになっていたから、馬車から出るのは最後の方になってしまった。そして慌てて外へ出ると、


「うわわわああああっ!」

「ブオオオオオオオオッ‼」

「いやっ! 来ないで!」

「ガウッ! バアウッ!」

「くそ! こっちくんなっ! このヤローッ!」


それは童話の絵本で見たような化け物―――トロールと思われる岩肌のような硬い皮膚を持つ巨体の化け物が一匹と、これまた大きな焦げ茶色のオオカミらしき群れに皆は襲われていたのだ。

夜でも綺麗な星と月の光が周囲を照らし、血溜まりとグチャグチャな死体が散らばっている惨劇がよく分かる。

一瞬、まだ暗い方がよかったと思ってしまった。

すでに何人かはオオカミに食われている真最中。

トロールは大きな棍棒で皆を叩き潰したり足で蹴飛ばしている。


だがそんな中でも武器を持って抵抗する者が数名いた。背後からトロールに近づき、背中に剣を突き刺す……が、震えた手で武器を握っても、トロールの分厚く硬い皮膚の前ではビクともしない。

トロールは痒そうに背中を掻きながら振り返り、震えて足もまともに動かない男を大きな手で掴むと……頭から齧りつき、頭蓋骨をボリボリと噛み砕いていて食べ始める。


「…………ああ」


自然と口からそんな声がでた。

何が「……ああ」なのか、自分でもよく分らない。体は硬直して上手く動かないのに、無駄に口だけは動く。

俺は棒立ちのまま、一度周りの様子を確認した。

皆はとにかくバラバラに逃げだし、それを見たオオカミは追いかけ、トロールはまだここでもたついている者を撲殺している。


皆は誰かが逃げていく方向へ自分も一緒にと逃げて行くが、それはむしろ逆効果で、オオカミ達の意識がそっちに集中するだけだった。

だから俺や他に逃げ遅れた数人は、まだ誰も逃げてなさそうな方向へ走りだす。


ここは街道の一本道。街道を外れても周りは見渡しのいい草原で、姿を隠す事も出来ない。だからとにかく走り続ける。

トロールや茶色い狼に気付かれないように背後を気にしながら、出来るだけ距離をかせぐ。


そこそこ距離をとった所で、ふと……後ろを振り返ると―――ちょうどトロールと目があった。

俺の視力は1.5。

少し遠い場所でも、月明かりだけで充分に見える。

少し離れた俺達に気付いたトロールは、追いかけるもの面倒なのか、プイッと顔を背け撲殺した何人かを掴むと、果汁のようにグチャグチャに握りつぶし血を飲んで喉を潤おした。


「……っ」


気持ち悪い。吐き気がする。

あの掌の中身を見たくない。指を開いて欲しくない。だから見ないように急いで振り返り、一緒の方向へ逃げ居ていた数名と走り出した。

もう追ってはこないだろうが、足が止まらない。


「きゃあっ!」


ずっと走り続けているうち、一緒に逃げていた一人の女の子が転んでしまった。

それに気付き、皆が立ち止まる。皆も息は切れ、大量に汗を流し、体力はもう限界だった。

俺は転んだ中学生くらいの女の子に近付き、手を差し伸ばす。


「大丈夫?」

「あ、は、はい……」


女の子を立ち上がらせると、ふと気づいた。

水の流れる音が聞こえる。これは……川か?

皆にも聞こえたのか、音のする方へ歩みを進める。すると予想通りすぐに川を見つけられた。川の流れる先には大きな森も見える。


「取り敢えず、ここで休憩しないか?」

「そうだな……足がもうガクガクだ」


言葉を出せるだけの気力がある者が休憩を提案する。

ここに居るのは俺も含めて5人。俺と同じ歳くらいの男が他に3人と、中学1年生くらいの女の子が1人だ。

皆制服の上着を脱ぎ捨てると、走り続け熱くなった体を涼ませる。

一人が川辺に行き、飲めるのか恐る恐る手で掬うい匂いを嗅いでみるが……良く分からなそうだ。だから試しに飲んでみる。


「ん……たぶん、大丈夫だと思う、これ」

「ホントか?」

「川の奥はちょっと深そうだぞ、流れも強めだし。誰も入るなよ、飲むだけだからな」

「誰も入ったりしねーよ」


それを聞き、激しく喉が渇いていた全員が水を手で掬い飲み出した。

俺も手で水を掬うと口に運び、喉を潤おす―――が、トロールが浴びる様に血を飲んでいた光景が頭に過った。


「うぅっ!」


急いで草むらに駆け込み、吐き気に従い胃の中の物を吐き出した。


「ぐぇ……はぁはぁ……うぇっ」


ガクガクと足が震える。

ある程度吐き終えた所で、その場に座り込む。


「はぁ、はぁ……くそ、何だよこれ」


ここに来てから、嫌な事ばかりだ。

魔物に襲われるし、足はガクガクだし、血生臭いし、汗でシャツが肌に張り付いて気持ち悪いし、吐きそうなほど気持ち悪いし、腰の剣は邪魔だし……ちょっとはそろそろ良い事があって欲しい。


「あの、大丈夫、ですか?」


いつの間にか、先ほど立ち上がらせた女の子が背後に来ていた。

ここまで近づかれても気付けない程に、自分は参っていたのかと改めて思い知る。

気付けば女の子はハンカチを差し出していた。でもハンカチを汚してしまうのが心苦しいので、それを受け取らずに立ち上がる。


「ああ、平気だよ。ありがとう」


ちっとも平気じゃない。

だがこんな時でもつい平気と言ってしまう。


「顔、真っ白……具合、悪そうです……当然ですよね」

「そう、だね……君も、顔色は良くないな。まぁこんな事になって、顔色の良い奴なんていないか」

「はい……」


彼女はだんだん泣きそうな顔になり、声も震えだしてる。

こんな時、何て声を掛けたらいいのか……。いや俺も参ってる側だけどさ、女の子が泣きそうな顔してたら、気の利いた事の一つや二つ言いたくなる。


「その、えっと、君、名前はなんて言うの?」


取り敢えずはまず名前からだ。


「え? 私は……千冬って言います」

「チフユ? なかなか珍しい名前だね。まぁ俺も秋人って名前だから、人の事は言えないけど。兄貴も夏彦って名前だし、姉貴は春花で……これはよくあるかな?」

「秋人、夏彦、春花……冬はいないんですね」

「三人兄弟だからね。もし千冬ちゃんが妹だったら、全季節の名前が揃ったんだけど」

「ふふふ、私一人っ子ですから、お兄さんとか大歓迎です」


千冬ちゃんは気を使ってくれたのか、少しだけ笑って話しを合わせてくれる。

月明かりだけでも充分に千冬ちゃんの可愛い顔がよく見える。

キメ細かい綺麗な白い肌に、少し小さめの身長。顔もとても整っていて、大和撫子というか、御淑やかというか、気の弱そうな印象で守ってあげたくなる系の清純派美少女だ。

長い黒髪を耳より下の位置で結んでツインテールにしている。こういうのをおさげ、いやカントリースタイルと言ったか? 声も大人しい女の子特有の落ち着いた綺麗な声をしている。

まだ中学1年生くらいなのに、既にかなりの美少女オーラが出ていた。

もしかしてアイドル活動とかしていましたか? と聞きたくなるほどだが、俺は千冬ちゃんをテレビで見た記憶はない。


「一人っ子なのか。一人っ子だと、妹とか弟より、姉や兄が欲しいものなの?」

「人によると思いますけど、私は一人っ子の人はお兄さんやお姉さんに憧れる人の方が多いと思いますよ。私も年下より年上の兄妹が欲しいですし」

「そうなんだ。逆に俺には末っ子だから、年下の兄弟が欲しかったなぁ」

「秋人さんは年下とか可愛がりそうです。さっきも優しかったですし」

「うん、絶対に可愛がるね。特に千冬ちゃんみたいな可愛い子が妹だったらね」

「あははっ」


お互い笑い合う。

でもやっぱりお互いが無理して笑っているように感じる。

さっきまで目を瞑りたくなるような光景が繰り広げられて……こんな時に兄弟だの何だのと話をし、必要もないのに無理して明るく振る舞おうとしてしまうほど……もう普通じゃなくなるほど俺達は参っているのだ。


「ああでも、ホント…………家に帰りたいなぁ」

「…………」


乾いた笑みを浮かべ、千冬ちゃんが何気なく呟く。

そんなのここへ来た誰もがそう思っている。


「どうやったら帰れるんでしょうね。もしかしたら帰れないのかもしれませんね。この世界でず~っと暮らすんですかね。そしてら私は魔法使いになりたいな……なんて」


ああ、よくない。

千冬ちゃんの精神状態がよくない。

この反応はかなりマズイ。けれど、俺には嘘でも「帰れるよ!」なんて言う事はできない。俺ならなんの根拠もなくそんな事は言われたくない。無責任な希望を持たせるような事はして欲しくない。

でもこのまま壊れそうな女の子を見ているだけで黙っている訳にも……何か言わなければ。


「ちふゆちゃ―――ッ!」


言葉の途中で、視界の端で何かが動いた。

千冬の後方、川辺で休憩している皆の後ろ、この空間には場違いの存在がムクりと起き上がった。ゆっくりと立ちあがったそれは―――またトロールだ。


ヤバイヤバイヤバイ!

薄暗いから気付けなかったが、ここにトロールが寝ていた! この世界は魔物だらけか!

けれどまだ誰も気付いていない。トロールものんびり眠そうに目を擦っている。

気付かれるのは時間の問題。身を隠す時間もない。今すぐに逃げなければ。

俺は静かに千冬ちゃんの手を握った。


「秋人さん?」


何事かと困惑している千冬ちゃんだが、俺の真剣な顔を見て早くも状況を理解したようだ。このまま静かに、こっそりと―――、


「ト、トロールだ! 森に逃げろぉ‼」


しかし、俺以外にも気付いた誰かが、力の限り大きな声で叫んでしまった。

その声を聞いた瞬間、皆が全力で遠くに見える森まで走りだす。

何人かは邪魔で武器を捨てた。上着を拾うのも時間が惜しい。とにかく全力で走る。足の震えはもうない。少しは非常識な恐怖にもなれたのか、でもまだ体はぎこちない。


俺も背後から聞こえる地響きにも似た足音に恐怖しながら、全速力で森まで目指す。

トロールはそこまで足は速くないが、それでも本気で走れば俺達人間より速いだろう。徐々に距離を縮められるなか、俺の後ろを走っていた千冬が転んだ。


「っ!」


前の3人は気付いていない。

いや気付いていたとしても、立ち止まっても殺されるだけ。きっと見捨てるだろう。

だが俺は咄嗟に足を止めてしまった。見捨てる事の罪悪感、助けなければならないと言う責任感に似た感覚のせいで、足を止めてしまった。


「たすけ―――っ」

「―――っ!」


足が勝手に千冬の所へと動きだす。

駆け寄っても助けられないのは明白なのに、少し話をしただけで情でも湧いたのかもしれない。あの時話をしてなければ、俺も見捨てる事が出来たかもしれない。

でももう遅い、体は止まらない。

しかし俺が駆けつける前に、トロールがその大きな手で千冬を掴もうとする。

あんな大きな手に掴まれれば、握力だけで絞殺されるだろう。


間に合わない!

助けるどころか、駆けつける事も出来ない。嫌な想像が脳裏を過る。千冬もまた、果汁のように血を噴き出しながら握り殺されるのか。


目を覆いたくなるような光景が目の前で起こる―――と思いきや、一瞬にしてトロールの姿が消えてしまった。

なんだなんだと消えたトロールを探すと、顔の左右に三つずつの赤い瞳を持った大きな化け物カラスが、トロールを足で掴み上空を旋回していた。

一瞬の出来事で何がなんだか分かっていないが……とにかく千冬は命拾いしたらしい。俺はすぐに千冬に駆け寄る。


「千冬! 早く立て! 逃げるぞ!」

「う、うまく立てないっ」


腰が抜けたのか、脚に力が入らないのか、とにかく立てないと涙目の千冬。

悩む時間も惜しいので、俺は千冬を背負い走り出した。

千冬は軽い。きっと女の子の中でも軽い方だ。でも人間一人背負っては満足な速度で走れる訳がない。上を旋回する化け物カラスに怯えながら、俺はとにかく走った。


千冬は俺にギュッとしがみ付き、ずっと震えている。

先に走って行った3人は……もうかなり遠くに居る。けれどその3人が突然足を止めた。

こんな切羽詰まっている時に、脚を止める理由なんて『命の危険』以外にない。


「おいおいおい、今度は何だよ!」

「ど、どうしたんですかっ⁉」

「先に進んだ3人が脚を止め―――ッ!」


3人の頭が落ちた。

バタリと倒れた3人の体の先には、巨大なカマキリのような魔物がいる。

俺も足を止める。前はダメだ。けれど後ろに逃げたところで、あの馬車の惨状に向かうだけ。それに上にはまだ化け物カラスが旋回している。


「……千冬、泳げるか?」

「え? た、多少はっ」

「川に飛び込んで、流れに身を任せよう。そうすればあのカマキリの化け物から逃げられるかもしれない」

「わ、分かりました。川に入っても、離さないで下さいねっ!」

「ああ。取り敢えず一度降ろすぞ」


俺が背から千冬を降ろした―――瞬間、


「―――ッ⁉」


背後から音もなく近寄ったもう一匹の化け物カラスの足に、俺は捕まってしまった。


「あ―――っ」


俺を見上げる千冬が、みるみると遠くなる。

不安定に宙を浮くこの不快感がかなりキツイ。このままでは巣に持ち帰られ食われてしまう。

俺は食われてたまるかと暴れた。

ここは空の上なのだから暴れたら落されるかも……なんて考えはなく、とにかくひたすら暴れた。片手剣を帯剣ベルトから引き抜き刺そうとしてもビクともしない。

もう勘弁してくれ。

異世界に来たばっかでなにこの苦悩? 渡る世間はモンスターばかり? 地獄にも仏はいるって聞くけど、こんな世界では仏が出てきてもトロールに撲殺されそうだ。


「くそっ、いい加減離せよっ! ちょっとくらい俺の攻撃効いてんだろ!」


だんだん恐怖が怒りに変わり、手にも力が入ってきた。

カラスの足に何度も何度も剣を刺す―――が、足の硬さに剣が欠けてしまった。


「ああくっそっ!」


やけくそで剣を投げ捨て、ナイフを取り出しまた刺そうとして―――やめた。

だって、しっかり捕まってないと落とされるから。

化け物カラスは優雅な飛行をやめ、必死に羽を動かし、逃げるように全力飛行をし始める。何をそんなに必死に逃げているのか?


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


後から追いかけてくるワイバーンからだよ。


「ホント最悪な世界だなここは‼」


ワイバーンはドラゴンのような姿だが、ドラゴンのように腕はなく、翼と手が合体しているような翼だった。顔もよく想像するドラゴンとは少し違った顔だ。

大きな化け物カラスより、また一回りも大きい。

飛行しながらワイバーンは大きく口を開き、カラスの足―――もとい俺に狙いを定める。

大きな鳥より小さな人間の方が美味なのか? 


それからワイバーンとカラスの追いかけっこに振り回され、どれだけ時間が流れたか……ブンブンと振り回され、俺はもうくたくただ。

カラスもそれは同じなのか、息遣いが荒い。

そしてついにカラスの翼にワイバーンが噛みつき、そのショックでカラスの足が大きく開かれ―――たら俺が落ちるって!


「うわわわわわわわわわああああああああああああああああああああああっ!」


眩しいくらいに綺麗な月明かりの下、俺は勢いよく落ちる。

落下する先に見えたのは、まるで化け物が大きく口を開いているような、巨大な穴が見える。その穴は月光でも照らせない、深い深い闇で満ちていた。

俺にはそれが悪魔の口のように見えて……本日何度目かの死を覚悟した。



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