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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第94話「蜀漢征伐 ~その3~」

 都へと戻った司馬炎は父・司馬昭から呼び出しを受ける。


「炎よ。此度、私は陛下からの詔勅をお受けしようと思う」


 父の口から飛び出したその言葉に、司馬炎は大いに驚いた。

 魏帝・曹奐からの詔勅というのは「司馬昭を相国・晋公に任じ、九錫(きゅうしゃく)を下賜する」というものである。

 これまで幾度もこの詔勅が下されてきたが、その度に司馬昭は辞退し続けてきた。

 晋公になれば、後は晋王、そして帝位へと至ることは誰の目にも明らかである。

 それこそが臣下万民の多くが望んでいることであり、それを頑なに拒む父を司馬炎は不思議に思っていた。


「相国、そして晋公へのご就任、まことにおめでとうございます父上」


「ふん、嬉しそうだな炎。我が身が上にのぼっていけばいくほど、次代であるお前にかかる責もまた大きくなるというのに」


 意地の悪い司馬昭の言葉に、司馬炎は思わず顔をしかめた。

 司馬昭は大きくため息をつき、さらに言葉を続ける。


「かつて私が兄・司馬師の跡を継いだとき、その重責はあまりに大きく、何度押しつぶされそうになったか分からん。お前はそれ以上に重きものを背負うことになる。私ももう長くはない。いつまでもそうやってフラフラしていられると思うなよ」


 司馬昭の言葉は厳しかったが、しかしそこには息子への気遣いもまた含まれていた。

 だが、それが司馬炎に響くことはなかった。


「お話はそれだけでしょうか? でしたら、こう見えて俺も多忙の身なのでこれにて」


 司馬炎はそう言って強引に話を終わらせると、そそくさと部屋を後にしたのであった。






「おや、兄上ではありませんか」


 部屋を出てすぐ、司馬炎はとある人物に呼び止められる。

 司馬炎のことを兄と呼んだこの人物の名は司馬攸(しばゆう)。字を大猷(たいゆう)という。

 父は司馬昭、母は王元姫。すなわち司馬炎の同母弟にあたる。


「攸か。お前も父上に呼ばれたんだな」


「はい。何やら大切なお話とのことで。兄上、その不機嫌そうな顔、また父上と喧嘩でもされたのですか?」


「喧嘩という程のことではないさ。一方的に小言を言われただけ。はぁ……父上も母上も何でいつも俺ばかり目の敵にするのかねぇ……。攸、俺のせいで父上の機嫌が悪かったらごめんな」


 ポンと弟の肩を軽く叩き、そのまま司馬炎はその場を立ち去った。

 そんな兄の後ろ姿を見ながら、司馬攸はポツリと呟いた。


「兄上……どうして貴方は父上や母上のお気持ちが分からぬのですか……」


 その小さな声は司馬炎に届くことはなかった。






 一方その頃、剣閣の地では鍾会率いる魏軍が姜維の籠る剣門関を攻めるもなかなかこれを落とせずにいた。

 そんな中、諸葛緒の隊が遅れて鍾会の本軍に合流を果たす。


「鍾会殿、遅くなり申し訳ない。これよりは我が隊も剣門関への攻撃に加わりましょうぞ」


「有難い。ところで諸葛緒殿、鄧艾殿とは一緒ではなかったのか?」


 鍾会は諸葛緒に問いかけた。

 諸葛緒の隊と鄧艾の隊はこれまで行動を共にしていた。

 しかし、今回鍾会の本隊に合流したのは諸葛緒の隊のみ。

 鍾会が疑問を持つのは当然と言って良かった。

 諸葛緒が答える。


「実はそのことについて鄧艾殿より伝言をもらっておりまする。鄧艾殿は、堅牢なる剣閣の地を落とすは至難の業ゆえ、陰平より横道へ入り、徳陽亭を経て涪へ向かうとのこと。険しき山道を行くことにはなりますが、その分敵の警戒も薄く、奇襲を仕掛けることが出来ます。すでに陛下より許可はいただいており、今ごろ鄧艾殿は山の中かと」


「何……? 鄧艾め、勝手なことを。援護のつもりなのだろうが、ようは私の力だけでは剣閣を抜くことは出来ぬと言っているようなものだ。腹立たしい」


 鍾会はそうやって悪態をつくと、諸葛緒を下がらせた。

 そして、1人になった鍾会はあることを思いつく。


「フン、ならば私も好き勝手やらせてもらおう」


 鍾会はそう呟くと配下の兵を呼び、一通の書状を託した。

 使者の向かった先は洛陽、司馬昭の屋敷であった。






 司馬昭は鍾会からの書状を開くと、思わず眉をひそめた。


「諸葛緒が敵軍に怖気付き、一向に前進しようしない。巴蜀攻略の妨げとなっているため、かの者を速やかに更迭すべし、か。うーむ。まあ、良い。使いの者、鍾会に承知したと伝えてくれ。すぐさま諸葛緒の軍権を取り上げ、都へと呼び戻そう」


 司馬昭の答えに満足した鍾会の使者は、急ぎ返答を主に伝えるべく立ち去った。

 そして使者の姿が見えなくなったのを確認して、司馬昭は呟いた。


「嘘、だな。鍾会のことだ。おおかた諸葛緒を陥れ、その配下の兵たちを奪うのが狙いか……。元姫、お前は前々から言っていたな。鍾会をあまり信用するな、と」


 すると、それまで部屋の外で黙って話を聞いていた王元姫が、司馬昭の前に姿を現した。

 彼女は司馬昭の傍らに腰掛けると、こう言った。


「あの者の野心は見え透いています。蜀を落としたのち、もしかしたら都へは戻って来ないかもしれません」


 妻の言葉に司馬昭もまた頷く。


「うむ、そうだな。まあもし奴が反旗を翻すというのであれば、潰せばいいだけのこと。諸葛緒には気の毒だが、ここは一旦奴の思惑に乗り様子を見るとしよう。これより先、奴がどのように出るか見物よ」


 そう言って、ニヤリと笑みを浮かべる司馬昭。

 それは、焦るどころか、むしろこの状況を楽しんでいるかのようであった。






 かくして、諸葛緒は檻車にて都に召喚され、鍾会はその軍勢を己が指揮下に置くことに成功した。

 しかし、その後も鍾会は姜維の守る剣門関を落とすことは出来なかった。

 そうして手をこまねいている間に、やがて鄧艾の奇襲が成功したとの報がもたらされ、鍾会は地団駄を踏んだのであった。

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