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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第84話「曹髦挙兵 ~中編~」

 戦いは初め曹髦軍が優勢であった。

 兵数では賈充軍の方が勝っていたが、その兵たちの多くが皇帝に弓引く逆賊の汚名を恐れ積極的に戦おうとしなかった。

 一方、曹髦軍の将兵らはみな曹魏への忠義厚い者たちばかり。その士気は賈充軍とは比べものにならないほど高かった。


「敵は怯んでいるぞ! 皆、我に続け! 奸臣・賈充を討ち取るのだ!」


 そう叫んだのは焦伯(しょうはく)という曹髦軍の将であった。

 彼は自ら馬を駆り、賈充の陣をめがけて突撃した。

 幾人もの騎馬兵がその後に続く。


「どけどけ! 我らは皇帝陛下の軍なるぞ!」


 その焦伯の言葉に、賈充配下の兵たちは狼狽し、道を開ける。

 そしてついに焦伯は賈充の姿をとらえた。


「その首もらった!」


 跳躍し、剣を振り下ろす。

 が、その刃は賈充の肉体を切り裂くには至らず、鈍い金属音が戦場に響き渡った。


「貴様のごとき猪武者にくれてやるほど、我が首安くはない」


  賈充は焦伯の攻撃を剣で受け止めると、そのまま押し返した。

  両者一旦距離を取り、にらみ合う。


「貴様ら何を呆けている! 敵襲だぞ!」


  賈充の怒号でようやく周囲にいた兵士たちは焦伯とその配下を取り囲んだ。

  ここは賈充軍の本陣。もはや焦伯らに逃げ場はない。


「ここまでか……! だが賈充、ここで俺らを討ったところで貴様らに勝ち目などないぞ?

お前や司馬昭のような大義なき者に人はついて来ない。この俺が易々と貴様に迫れたのが何よりの証左だ。貴様らはやがて義の刃により誅され、皇帝に弓を引いた愚かな謀反人として後世までその悪名を残すことになるだろう。フフフ、フハハッ! ブハハハハハハ!」


 己が死を悟った焦伯が高らかに笑う。

 ただの負け惜しみ、そう一蹴してもよかった。だが賈充はあえてそうしなかった。

 賈充は一歩前に歩み出ると、その口を開いた。


「黄巾賊の乱から70年、数多の傑物が現れては消えていった。曹子桓、劉玄徳、孫仲謀、三国を建てた者たちも皆すでにこの世にない」


「なっ……! いきなり何の話だ……!」


 困惑する焦伯。

 だが賈充はなおも無視して言葉を続ける。


「英雄たちが消えると世には愚者たちばかりが残った。ある者は権力に固執し、ある者は忠義を履き違え、聡明なる者の邪魔をした」


「おい、聞いてんのか!」


 焦伯が苛立ちを隠せず声を荒げたその時。

 賈充はその目を大きく見開いた。


「もういいだろう! 我らはこの誤った流れを正すべく、その元凶たる無能な帝を討つ! 誰も成しえなかった天下統一、それを果たせるは司馬昭殿のみ! 天下の軍は我らの方ぞ!」


 刹那、空気が一変した。

 その言葉は焦伯に対してではない、周囲の士気の低い兵たちに向けた言葉であった。

 それまで地面を向いていた兵たちの穂先が一斉に焦伯らに向けられる。


「賈充様すまねえ! 俺たちどうかしていたぜ!」


「司馬昭様はワシらのような一端の兵卒にも優しく声をかけてくれる! 賈充様の言うように天下を統べるべきはあの御方を置いて他にいねえ!」


「そうだ! 大義は俺らの方にある!」


 それまで消沈していた兵らの意気がみるみるうちにあがっていく。

 その光景は、曹家に忠を誓う焦伯にとって、とても耐えられるものではなかった。


「皇帝陛下を討つ? 司馬昭ごときが天下を? ふざけるなぁぁぁぁ! 曹操様が礎を築き、曹丕様が形にされたこの国を貴様らのような賊徒どもに決して壊させぬ!」


「ふっ、結局出てくるのは今は亡き者たちの名前ばかりか。結局貴様が忠を捧げているのは過去の英傑たちであって曹髦ではないのだ」


 賈充はそう冷たく言い放つと、焦伯を取り囲む兵たちへ号令した。


「者ども、これが新たな天下への第一歩ぞ。この逆賊を討ち取るのだ!」


 次の瞬間、無数の槍が無慈悲に焦伯の胴を貫いた。

 焦伯はまだ何か叫ぼうとしたが、しかしそれは声にならず、代わりに彼の口から出たのは多量の血であった。

 かくして焦伯は絶命し、焦伯配下の騎馬兵たちもまた無数の槍に貫かれて散っていった。

 主を失った馬たちの嘶きが、辺り一帯に悲しく響き渡った。





「いやはや残念でしたなぁ、王経殿。先ほど賈充殿より伝令が来ましてな。焦伯は死んだそうです」


「王業殿、いや王業……! 貴様なにゆえ裏切った! 貴様の邪魔さえなければ、焦伯殿の軍と我が軍で挟撃が成り、今頃賈充の首と胴は分かれていた!」


 賈充軍の本陣より少し西にいったところ、建物と建物に挟まれた狭い小道にて王経の軍と王業の軍は対峙していた。

 焦伯らが正面で引き付けているうちに王経率いる別動隊が遠くから回り込み、賈充本隊の脇腹を突く。それが焦伯と王経とで考えた策であった。

 しかしその策は水の泡と消えた。

 賈充本隊の姿を視界にとらえんとしたまさにその時、突如目の前に王業の軍が立ちはだかったのである。

 ここで王経はようやく王業が裏切ったことに気が付いた。


「王経殿、良いですか。賈充殿は貴殿らの稚拙な策などとっくに見抜いておられた。ゆえにこうして私をこの場所に配置されたのです。司馬昭殿のもとには賈充殿をはじめ多くの才ある方たちがいる。そして司馬昭殿にはその者たちを束ね導くだけの人徳がある。どうあがいたところで陛下に勝ち目などないのです」


「だからどうした! 勝ち目があろうとなかろうと命果てるその時まで忠を尽くす! それが人の道だ!」


「なるほど、確かにその意見もわからなくはないですが……。果たして陛下に、曹髦という男にそこまでの価値がありましょうや」


「黙れ!」


 王経は怒りで顔を赤く染め、王業へと飛び掛かった。

 一方、これに対し王業は動じることなく、涼しい顔で軍配を高く掲げた。


「弓兵、放て!」


 次の瞬間、大量の矢が雨の如く上空より降り注いだ。

 そして、そのうちの一本が王経の足を貫いた。


「ぐああああああああ!」


 苦悶の表情を浮かべ、地に倒れる王経。

 射抜かれた右足を押さえ、虫のように地をのたうち回るその姿はあまりに無様であった。


「まったく、賈充殿はここに兵が来ることを見抜いていたとさっき言ったではないですか。当然、迎撃の備えは整っているに決まっているでしょう。そこに無策で突っ込むとはなんと愚かな」


「うおおおおおお! おのれ……! 屋根の上に弓兵を配していたのか……!」


 王経はなんとか立ち上がろうとするが身体に上手く力が入らない。

 もはや地べたに這いながら吠えるのが関の山である。


「者ども、この者を捕らえよ! 殺しても問題ないとは思いますが、まあ念のため生け捕りにして賈充殿に処遇を決めてもらいましょう」


「ク、クソがクソがクソが! クソがぁああああああ!」


 こうして王経は捕縛された。

 焦伯と王経。両翼を失った曹髦軍はあとは崩壊を待つのみであった。

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