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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第83話「曹髦挙兵 ~前編~」

「司馬昭の心は、道行く誰もが知っている! これ以上奴を野放しにしておくわけにはいかぬ! 朕は司馬昭を討ち、曹魏を取り戻す!」


 その日、魏帝・曹髦は3人の近臣たちを前に力強く言い放った。

 3人の近臣とは、王経、王沈、王業(おうぎょう)である。

 3人の中で初めに口を開いたのは王経であった。


「陛下、お気持ちは分かりますが今兵を挙げたところで勝ち目はありません。今はまだ耐えるときかと……」


 しかし、曹髦は冷静になるどころかむしろ顔を憤怒で赤く染め、大声で怒鳴り散らす。


「もう我慢の限界だ! 以前、王沈も似たようなことを言っていたが、これ以上は耐えること出来ぬ! 朕はこの国の皇帝ぞ! 皇帝自らが兵を挙げるのだ、きっと諸葛誕のような忠勇義烈の士たちが続々と朕のもとへと集まってくるはずだ!」


 その言葉に、王経は思わずため息をつく。

 王沈と王業もまた困ったように顔を見合わせた。

 そんな近臣たちの態度がさらに曹髦の心を逆撫でる。

 

「昨年、呉では孫休が奸臣・孫綝を討ち、政を取り戻した! 孫休が強大な力を持つ孫綝を討つことが出来たのは、張布と丁奉という2人の忠臣の支えがあったからこそだという! それに比べ、朕の周りにいるのは臆病者のみか! 情けなくて涙が出る! もう良い、たとえ一人でも朕は兵を挙げるぞ!」


 そう言って、曹髦は部屋を出ていった。

 部屋には3人の近臣たちのみが残される。


「なるほど呉の孫休に触発されたみたいですな。いやはや、困ったことになりましたな。さて、王経殿はこのあとどうされるおつもりですかな?」


 そう王経に問いかけたのは王業であった。

 彼の言葉はどこか軽く、まるで他人事のようである。

 王経はそこに若干の違和感を持ちつつも、特に聞き返すようなことはせず、質問に答えた。


「無論、俺はこれより屋敷へと戻って急ぎ挙兵の準備をいたします。たとえ無謀と分かっていても、臣たる者主の意向に従わねば。事は一刻を争うゆえお先に失礼いたす。方々も急がれよ」


 そう言って、王経は急ぎ部屋を出る。

 こうして部屋に残されたのは、王業と王沈の2人のみとなった。


「王沈殿はどうされますかな?」


「私は……」


 言い淀む王沈。

 その様子を見て、王業はニヤリと笑みを浮かべ言った。


「良かった。どうやら王沈殿は私と同じ考えをお持ちのようだ」


 王業と王沈。

 2人は曹髦の挙兵に参加することはなかった。

 彼らはこのことを司馬昭へと密告したのである。






 宮城の城門がゆっくりと開かれる。

 馬に乗り、甲冑を身にまとった曹髦は、兵たちの前に歩み出ると高らかに告げた。


「これより我らは逆賊・司馬昭の屋敷に襲撃をかける! これはただの戦にあらず! 曹魏を散り戻すための戦、すなわち義戦である! 皆、奮起せよ!」


 曹髦の言葉に兵たちは鬨の声をあげる。

 数はわずか500にも満たない。しかし、その場に居るのはみな曹魏への忠義厚い者たちばかり。

 その士気は万の軍にも対抗出来得るほどの高さであった。


「では全軍、進め!」


 曹髦が剣を掲げ、そう号令した丁度その時であった。

 街中へ偵察に出ていた兵の一人が慌てた様子で駆けてきた。


「伝令! この先、司馬昭配下・賈充の軍勢が我らを待ち構えております! その数およそ3000!」


 それを聞いた曹髦はすぐさま察した。

 何者かが司馬昭に計画を密告したのだと。

 だが、彼は臆することなく、さらに兵たちに告げる。


「我らは官軍、敵は賊軍! 戦で大事なのは数の多さではない! 大義があるか否かである! 皆の者、進め!」


 ほどなくして曹髦軍と賈充軍は街中で戦闘となった。






 一方その頃、司馬昭は屋敷で王元姫の淹れた茶をすすっていた。

 まるで街中で戦が行われているのが嘘に思えるほど、この場に流れる空気はのどかそのものであった。


「良いのですか。このような大事な時に屋敷でくつろいでいて」


 ふと王元姫が問いかける。

 すると司馬昭は茶器を置いて、笑いながら大げさな手振りを交えて答えた。


「これぞ強者の余裕、というやつだな。まあ実際軍勢の指揮は賈充のほうが得意だし、俺が行ったところで足手まといになるのは目に見えている」


「なるほど。では、そういうことにしておきましょうか」


 王元姫は敢えてそれ以上は何も聞かなかった。

 彼がわざとらしくおどける時は大体なにか真意を隠している時だと、彼女は知っていた。






 この少し前のこと、王業と王沈より曹髦蜂起の報を聞いた司馬昭はすぐさま屋敷に賈充を呼び寄せた。

 司馬昭は王業と王沈から聞いたことを賈充にそのまま伝えると、さらにこう告げた。


「賈充、これより共に曹髦の軍を迎え撃つぞ。そしてそこで、魏帝・曹髦の首を獲る」


 その言葉に流石の賈充も目を丸くする。

 それもそのはず、皇帝を討つという行為は大罪である。

 たとえ先に挙兵したのが曹髦の側であったとしても到底許される行為ではない。


「迎撃については承知いたしました。すぐさま軍勢を用意いたしましょう。されど、曹髦の首まで獲るというのは賛同いたしかねます。お言葉ですが、ここで曹髦を弑するのはとても得策とは……」


「言いたいことは分かる。されどこれまで何人の魏の忠臣を名乗る者たちが無用な乱を起こしてきた? 確かに曹孟徳という男は稀代の英傑だったのかもしれない。その子供もまた覇道を継ぐに足る者だったのだろう。だが、それらは全て過去の話。もう良いだろう。曹魏につまらぬ期待を抱く者が今後出ないよう、魏帝など今や配下に討たれる程度の存在であると世に知らしめる」


 そう語る司馬昭の目には強い意志が宿っていた。

 それを聞いて賈充も考えを改める。


「そういうことであれば承知いたしました。兵たちには曹髦を討っても構わぬと、しかと伝えましょう。ですが、それならば一つ提案してもよろしいですか」


「何だ、申してみよ」


 諸葛誕の乱では賈充の策に大いに助けられた。

 今回も何か曹髦を討つにあたって有用な策を言ってくれるのでは。

 司馬昭はそう思い、発言を許可した。しかし。


「曹髦を討つこと、確かに承服いたしましたが、されど司馬昭殿はこれより天下を平定し、治めていく御方。ここでその名に傷がつくのはやはり避けるべきです。ゆえにこういたしましょう。あくまで曹髦を討ったのはこの賈公閭の独断であり、司馬昭殿は知らなかったと」


「なっ……!」


「もちろん司馬昭殿が戦場にいてはその言い分も通らないゆえ、軍勢の指揮は私一人に任せ、司馬昭殿ご自身はお屋敷に居てください。曹髦が討たれたことは、あくまで戦が終わった後に私からの使者が来てそこで初めて聞いたと、そういう体でいくのです」


 賈充から提案されたその策は司馬昭にとって到底乗れるものではなかった。

 保身のため、配下にすべての罪を着せるなど出来るはずがない。

 司馬昭はすぐさま策を却下しようとしたが、しかしそれは賈充の言葉によって阻まれた。


「司馬昭殿、もう綺麗ごとは無しにしましょう。何が最善か、これからはそれだけをお考え下さい。時代を先へと進める覚悟を決められたのでしょう? ならば答えは一つのはず」


 司馬昭は目を瞑る。

 曹魏を滅ぼし、天下を平定し、新しき世を作る。

 そのために何を為すべきか。

 溢れる気持ち、言いたい言葉。すべてを心の奥へと押し込み、司馬昭は賈充の目を見てハッキリと答えた。


「この戦、全てお前にまかせよう」


 かくして、司馬子上の歩むべき道は定まった。

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