第82話「奸臣の末路」
深夜、山中を歩く一人の男の姿があった。
狼の遠吠えがあちこちで聞こえるが男は一切怯む様子なく、歩みを進める。
道幅は狭く、勾配も急だというのに息一つ切らしていない。
「ここか」
男は古びた一軒の小屋を前に歩みを止めた。
小屋からは明かりが漏れ、窓から2つの影が確認できる。
3回戸を叩く。
すると中から一人の男が姿を現した。
出てきたのは孫呉の重臣・張布であった。
「よく来てくださった。さあ、お入りください」
張布に半ば引っ張られるような形で小屋に入ると、男は思わず目を見開いた。
それもそのはず、そこにいたのは。
「へ、陛下……!」
紛れもない呉帝・孫休であった。
孫休は男が入るやいなやその手を取ると、男の名前を呼んだ。
「丁奉! よう来てくれた。すでに張布から話は聞いている。朕のためその力を貸してくれると。その忠義、なんと嬉しいことか」
「身に余るお言葉、痛み入りまする。しかし、まさか陛下自らこのようなところまでお越しになられるとは……」
「お主ほどの猛者が味方に付くのだ。直接会って話をするのが筋というものだろう。朕はこれまで臆病風に吹かれ、奴を野放しにしてきた。だが、お主が味方してくれると聞いてようやく覚悟を決めることが出来たのだ。お主には感謝してもしきれぬ!」
「陛下……!」
孫休、張布、そして丁奉。
3人が山中の小屋に集まった理由はたった一つ。
専横を極める孫綝討伐の計画を練るためである。
そしてこの計画はどこからも漏れることなく、ついに決行の日を迎えたのだった。
その日は先祖を祀る祭りの日であった。
孫休はそれを名目に孫綝を呼びつけると群臣たちの前で突然問いかけた。
「孫綝、近ごろ朕は不穏な噂をよく耳にする。なんでもこの孫呉で朕に対して謀反を企んでいる者がいるとか。お主はどう思う? そのような不届き者、朕の配下にいると思うか?」
「ま、まさか! 何を言っておられるのです! みな陛下に忠を誓っております! ご安心くださいませ!」
そう答える孫綝の声はかすかに震えており、動揺が見て取れた。
孫休はさらに追い打ちをかける。
「なるほど。実はな、魏邈や施朔からも先日同様の話を受けてな。2人が言うには謀反を企んでいるのは孫綝、お主とのことだ」
「な、何を! そ、そうだ! これは罠です! この私を陥れるための罠だ!」
「そうか。ではこれも罠か?」
孫休はそう言って、懐から書状の束を取り出すと、それを孫綝の前に投げ捨てた。
「孫綝、これらはすべてお主に謀反の意思があることを示すものだ。いい加減観念しろ」
その瞬間、孫綝はその場に崩れ落ちた。
もはや言い逃れが出来ないことを悟ったのである。
「どうか! どうか命だけはお助けを!」
孫綝はやがて命乞いを始めた。
しかし、孫休はそれを鼻で笑う。
「お主とて、かつて朱異や滕胤、呂拠を斬ったではないか。それで自分だけ助かろうというのは些か虫が良すぎるのではないか?」
「そ、そんな……」
孫綝の顔が絶望に染まる。
孫休はそれを冷たく見下ろすと号令した。
「張布、丁奉! この謀反人を捕らえ、即刻斬首せよ!」
こうして孫休は孫綝の排除に成功。皇帝としての権威を取り戻した。
また、今回の功績で丁奉は大将軍に任じられる。
かくして、孫呉に束の間の平穏が訪れたのだった。




