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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第76話「諸葛誕の乱 ~その6~」

 諸葛誕は諸将を集めると軍議を開いた。

 起死回生の策を誰かが提案してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いてのことであった。

 だが、諸将の口は重く皆下を向いてばかり。起死回生の策どころか意見すらロクに出ないまま、ただ時だけが流れた。

 それもそのはず。かの天才軍師・諸葛亮ですらこの盤面を覆すことは不可能だろう。もはやこの戦、完全に「詰み」であった。


「頼む。誰か意見を言ってくれ……! 誰か!」


 沈黙に耐え切れず、諸葛誕が泣きそうな声をあげる。

 困惑して顔を見合わせる将たち。そんな中、それまで黙っていた蒋班がようやく口を開いた。


「諸葛誕殿。貴殿ももうお分かりのはずです。この戦すでに……」


「黙れ! それ以上言うな! 言ったら私は、私は貴様を斬らなければならない!」


 蒋班の言おうとした言葉を察知し、諸葛誕は声を荒げる。

 その姿に蒋班は呆れたようにため息をつくと、ゆっくりと席を立った。


「おい、どうした蒋班。どこへいくつもりだ」


「諸葛誕殿。これより私は兵を率いて魏軍に突撃します」


「なっ……!?」


「少し前までは食糧をめぐる諍いが城内のあちこちで起きていました。ですが、今やそれすらない。兵たちは諍いを起こす気力すらも失ったということです。このまま城に籠っていたところで飢えて死ぬだけ。それでは貴殿を信じてついてきた彼らが不憫でならない。ゆえに、彼らの心が完全に折れぬうちに魏軍へ突撃を敢行します。戦場で敵と戦い死ぬ……、餓死よりは遥かにマシでしょう」


 蒋班はそう言うと、部屋を出ようとした。

 当然、諸葛誕はそれを止めようとしたが、それよりも早く行動に移したのは文欽であった。


「蒋班といったか。貴様、勝手なことをするな」


 文欽はそう言うと、抜刀してその刃を蒋班の首元に突き付けた。

 これには蒋班もたまらず歩みを止める。


「この文仲若の目はごまかせんぞ。貴様、そんなことを言って魏軍に投降するつもりであろう?」


「まさか」


 蒋班は冷静に首を横に振った。

 事実、蒋班に裏切りの意思など微塵もない。

 だが、それで文欽が引き下がるはずもなかった。


「その冷静さ、逆に怪しいな! おい、そこのお前! この者を牢にぶち込んでおけ! 軍議が終わったのち、俺自らの手でたっぷりと拷問してくれる!」


 文欽はそう言って乱雑に蒋班の髪を掴むと、たまたま近くにいた将にその身柄を押し付けた。


「そ、そんな困ります! あ、あの諸葛誕殿どうしたら……?」


 なぜか蒋班を連行することになってしまったその将は困惑した様子で、諸葛誕に意見を伺った。

 その将も蒋班も呉の将ではなく諸葛誕の配下。当然の行動と言えた。

 だが、その一言で文欽の顔はみるみるうちに憤怒で赤く染まっていった。

 このままででは不味い。その場にいる誰もがそう思った。そしてそれは諸葛誕とて例外ではなかった。


焦彝(しょうい)殿。この私に意見を求めるまでもない。文欽殿の言われる通り、蒋班の言動はいかにも怪しい。さっさと牢へ連れていきなさい!」


 文欽がこれ以上激昂することを恐れた諸葛誕は、文欽の意見に賛同した。

 だが、この行動は完全に悪手であった。

 この瞬間、蒋班の心は完全に諸葛誕から離れたのである。


 その日、蒋班は焦彝とともに城を脱出、魏軍に降伏した。






 蒋班・焦彝が魏に降伏した翌月、ついに諸葛誕軍の敗北を決定させる出来事が起きる。


「諸葛誕殿、こ、これは一体いかなることか!」


 目の前に広がる光景に慌てふためく文官。

 それもそのはず。彼の前に広がっていたのは血の海であった。

 その血だまりの中心には文欽が倒れており、そしてその傍らには刃を抜いた諸葛誕が立っていた。

 この光景が意味することはたった一つしかない。


「はは……はははははは!」


「ら、乱心されたか諸葛誕殿!」


 返り血を顔面に塗りながら笑い声をあげるその姿はまさに狂気としか言いようがなく、文官は思わず恐怖で腰を抜かす。

 だが、そんな文官の姿は視界に入っていないのか、諸葛誕は彼に語り掛けるでもなく、まるで独り言のように宙に向かって言葉を呟いた。


「仕方ない。これは仕方がなかったのだ。奴が我が配下の兵たちを城から追い出すなどと言わなければ……。そもそも蒋班や焦彝が私のもとから去っていたのも奴が二人を追い詰めたからだ。何もかもうまくいかないのは奴のせいだ。消えてよかった。これで心置きなく戦える。陛下、待っていてくだされ。この諸葛公休が貴方を賊の手から救い出す日は近いですぞ。ふふ……ふはは……ふはははははは!」

 

 やがて諸葛誕は力なく膝から崩れ落ちた。

 瞳からこぼれた大粒の涙は、顔に塗られた血と混じり、赤い雫となって床へと落ちていく。

 諸葛誕はそれを拭おうともせず、ただ呆けた顔で天井を見上げていた。

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