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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第72話「諸葛誕の乱 ~その2~」

 揚州刺史・楽綝を討ち、魏への反抗を明確に示した諸葛誕は、寿春城の防備を固めて籠城の構えをとった。

 その一方で、末子・諸葛靚(しょかつせい)を人質として建業へと送り、孫呉へ恭順の意を示す。


 当時、呉は2代皇帝・孫亮の時代であった。

 諸葛恪を討ち、代わって専横を極めた孫峻はすでにこの世になく、現在はその従弟である孫綝(そんちん)という人物が権力を握っていた。

 孫綝は諸葛靚を手厚く扱うよう命じると、呉帝・孫亮にこう進言した。


「陛下、これは好機ですぞ。諸葛誕の反乱が長引けば、それだけ司馬昭めの求心力は落ちます。さすれば、諸葛誕に続けと言わんばかりに次から次へと曹一族に忠誠を誓う者、あるいは司馬一族に取って代わらんとする者たちが決起することでしょう。そうして魏の国内が混乱に包まれたその瞬間を狙い、我らも軍を起こし、中原・華北を手中に収めるのです。ゆえにここは諸葛誕に大規模な援軍を送るべきでしょう」


 これに対し、その場にいた多くの者たちは「おおっ!」と感嘆の声を挙げたが、ただ一人難色を示した人物がいた。

 その者は、名を朱異(しゅい)、字を季文(きぶん)といった。

 彼は「呉の四姓」の一つに数えられる朱家の出であり、また彼の父は魏や山越(さんえつ)との戦いにおいて多大な功績を残した朱桓(しゅかん)である。

 そのため彼の発言力は、孫綝には及ばぬものの、呉の家臣団の中ではひと際大きなものがあった。


「恐れながら私は孫綝殿の意見に賛同しかねます。かつて孫峻殿も同じことを考え、文欽殿と毌丘倹殿の挙兵に乗じて魏領へと攻め込みました。が、結果は諸将もご存知の通り。我が軍は散々に敗れ、孫峻殿もまた心を病まれ亡くなられた。よもや孫綝殿は同じ愚を繰り返すおつもりですか?」


 朱異の言葉にその場が凍り付く。

 諸将の顔は青ざめ、一方で孫綝は顔を赤く染めた。


「貴様、我が意見を愚かと申したか! それだけではない! 貴様は子遠殿の決死の遠征をも馬鹿にしたな! 生かしてはおけぬ! 誰ぞ、この不埒者を斬れ!」


 だが、端で控えていた兵士たちは困惑したように顔を見合わせるばかりで朱異に斬りかかろうとはしなかった。

 それがまた、彼の感情を逆撫でた。


「ええい! 誰も斬らぬというならばこの私自ら……!」


 そう言って、孫綝が強引に兵士から剣を奪おうとしたその時、それまで沈黙を貫いていた孫亮がようやくその口を開いた。


「止めよ孫綝。確かに朱異の発言、不遜極まるものであった。其方が腹を立てるのもわかる。が、朕の前で剣を手に取る意味、まさか分からぬわけではあるまい?」


「も、申し訳ありませぬ! 陛下に危害を加えるつもりは毛頭なく……! 我が軽挙、どうかお許し下さい!」


 孫亮に言われ、ようやく冷静さを取り戻した孫綝はその場で膝をつき、両の手と頭を床に擦り付けた。

 涙と鼻水を流しながらひたすら謝罪の言葉を口にするその姿を、孫亮は初め険しい顔で見ていたが、やがて小さくため息をつくと、わずかに表情を緩めた。


「面を上げよ。朕も本気で其方に謀反の意があるとは思っていない。が、そう捉えられても仕方がないということだ。孫綝も朱異も朕に免じて此度の件は水に流せ。そして二人で力を合わせ諸葛誕を助けるのだ」


「で、では……!」


「うむ。此度は孫綝、其方の意見を取ろう。其方の智勇で朕をこの中華の覇者としてくれ」


「もったいなきお言葉! この孫子通(そんしつう)、必ずや諸葛誕を助け、中原と華北を陛下のものとしてみせましょうぞ!」


 孫亮の言葉に感涙する孫綝。

 そんな二人の姿を朱異はどこか冷めた目で見ていた。


 かくして、孫呉は諸葛誕の恭順を受け入れ、さらには孫綝と朱異を総大将とする10万の大軍を援軍として寿春に差し向けた。

 その軍勢の中には、かつて司馬師に敗れ呉へと亡命していた文欽父子と毌丘秀の姿もあった。





 諸葛誕が呉と結んだとの知らせは、すぐさま洛陽の司馬昭のもとにも届いた。

 文を読み終えた司馬昭は、怒るでもなく、頭を悩ませるでもなく、声をあげて笑った。


「はっはっは! こいつは面白い! 面白いぞ! これはきっと諸葛誕の罠だ! この俺を笑い死にさせるつもりらしい! なあ賈充!」


「はて、私にはとても愉快な内容のようには思えませんが……?」


 司馬昭より文を受け取った賈充は怪訝な顔を浮かべる。

 何度読み直しても笑える要素など一つもない。

 すると司馬昭は笑うのを止め、真剣な顔で言った。

 

「いや、とても愉快だ。奴は挙兵した際、この俺を朝廷に蔓延る卑しき賊だと言ったらしい。なるほど、確かに兄上や俺のしてきたことは、見る人によってはそう見えるかもしれない。だがな、俺には理解できんのだ。ならば、なぜ奴は呉と結んだ? 人を賊呼ばわりしておきながら、自らは他国から官職を貰い、他国の軍を領内に招き入れるのか? まるで意味がわからん。ゆえに俺はこれを諸葛公休という男の渾身の洒落と捉えることにした」


「洒落、ですか……?」


 どう答えるのが正解なのかわからず、困惑の表情を浮かべる賈充。

 すると、司馬昭は再び相好を崩して、賈充の肩を勢い良く叩いた。


「はっはっは! お前もそんな表情を浮かべることがあるんだな。珍しいものを見た。まあそれはさておき、このあと我らがどう動くかだが……。お前のことだ。諸葛誕が呉に援軍を要請するのも想定内、だろう?」


「無論です。この賈公閭に一切の抜かりはありません。向こうが呉帝の力を借りようというのならば、こちらも帝の力を借りるまでのこと」


 その短い言葉から真意を汲み取った司馬昭はニヤリと笑みを浮かべた。その笑みに普段のような温かさはなかった。

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