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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第70話「戦友」

 益州南部・建寧郡。

 その奥地に人口50人にも満たない小さな村があった。

 忙しそうに畑を耕す老年の男たち。畑の傍の小道では子供たちが無邪気に遊んでいる。


「久しぶりに来たが、ここは変わらないな」


 そんなのどかな村に、この日は珍しく来訪者があった。

 その者は過去にこの村に来たことがあるようで、門をくぐると懐かしそうに辺りを見渡していた。


「こんな辺境の村にお客人とは珍しい。おい、アンタ一体何用で来たんだ」


 村人の一人が、畑作業を中断して男に話しかける。

 彼は明らかにその来訪者のことを怪しんでいるようであった。

 男は答える。


「俺は趙統。この村にいる李遺(りえい)殿の奥方は病を患っているだろう? その見舞いに来たのだ」

 

 その名を聞いて村人は震え上がった。

 辺境とはいえ、この村もまた蜀漢の領地の一部である。そこに住まう者がその名を知らぬはずがなかった。


「こ、これはとんだご無礼を! まさか天下に名高き趙統将軍その人とはつゆ知らず……。ど、どうかお許しを! どうか!」


「いや、そんな大げさな。知らなかったのだから仕方ない」


 平身低頭して許しを乞う村人に、趙統は困惑した。

 すると、そんな二人を見かねてか、一人の老人が間に割って入った。


「すまぬのう趙統殿。こいつは去年賊に自分ところの村を焼かれてうちに流れてきたモンなんじゃ。じゃから貴殿のことは知らぬのじゃ」


「そうだったのか。ん、もしかしておやっさんか? しばらく見ぬうちにずいぶんと老けたな。白髪だらけではないか」


「そういう貴殿はすっかりたくましくなりおって。一丁前に髭など蓄えて、まったく似合ってないぞ」


 歳も身分も違うというのに気安く軽口を叩きあう趙統と老人。

 それにつられて他の村人たちも続々と趙統のもとへと集まってきた。


「お、趙統さんじゃねえか。久しぶりだなぁ!」


「あら、趙統様。ご活躍はこの辺境の村にまで届いておりますよ」


 彼らもみな、趙統とは顔見知りであった。

 それから趙統は長話に付き合わされ、しばらくそこから動くことは出来なかった。






 ようやく解放された趙統は村の一番奥にある大きめの屋敷に向かった。

 そここそが此度の目的地、すなわち李遺の屋敷であった。


「おお、趙統殿。よくぞ参られた。さあ中へ。妻が首を長くして待っておりますぞ」


 そう言って出迎えたのは屋敷の主・李遺その人であった。

 李遺は名将・李恢(りかい)の子で、南蛮征伐の折に功のあった人物である。温和な人柄で、趙統ともウマが合い、何度か酒を酌み交わしたこともある。

 趙統は案内されるまま中に入り、奥の部屋へと通された。

 すると、そこには寝具に横たわるやつれた女性の姿があった。


「久しぶりだな、銀屏」


 その名を呼ぶ。すると彼女は頬を綻ばせ、ゆっくりと身体を起こした。


「お久しぶりです、趙統殿。うーん、その髭、似合ってないですね」


 関銀屏。軍神・関羽の娘にして、南蛮征伐では南蛮随一の猛将・兀突骨を倒し、北伐でも多くの功を挙げた女傑。

 趙統からすれば多くの戦場で轡を並べた、まさに戦友ともいうべき女性である。

 しかしそんな彼女も、それまでの無理がたたり、五丈原の戦いの後に度々体調を崩すようになった。

 その後李遺と結婚、それを機に一線からは身を引いた彼女は、現在李遺の故郷でもあるここ建寧の山奥で、療養しつつ調子の良いときは子どもたちに武芸を教える、そんな穏やかな日々を過ごしている。


「すまない。本当に前回来た時から間が空いてしまったな」


「いえ。忙しかったんですよね? 聞きました、此度の北伐のこと……」


「ああ。俺も参加していたんだが、まあ見事に負けたよ。魏の強大さを改めて思い知らされた」


 戦友の二人である。その会話はもっぱら戦のことであった。

 趙統は段谷で見たことすべてを話し、それに銀屏はうんうんと頷いた。






「おっと、もうこんな時間か」


 しばらくして、趙統が空が朱くなっていることに気づく。

 時間はあっという間に過ぎ、陽はすでに落ち始めていた。

 すると、銀屏が空を見ながらぽつりと呟いた。


「国がこうも危機に瀕しているというのに、私は話を聞くだけ。何も出来ないなんてもどかしいなぁ」


 趙統は言葉を詰まらせる。

 今まで銀屏を元気づけようと話をしていたが、もしや逆効果だったのではないか。

 そんな思いが込み上げてきた。


「すまない」


「え……? なんで謝るんですか?」


「いや、なんというか……。俺はさっきから弱気なことばかり口にしていたと思ってな。こんなこと気休めにもならないかもしれないが、言わせてくれ。俺が銀屏の分も働く。銀屏の分も敵を倒す。だからお前は安心して養生してくれ。それでまた身体の調子がよくなったら一緒に轡を並べよう」


 刹那、銀屏の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「趙統殿……。ありがとうございます。でも私、わかるんです。きっと私はもう戦場に戻ることは出来ないって。だからこれを……」


 そう言うと、銀屏は枕元に置いてあった短い双刀を趙統に手渡した。

 彼女が戦場で使っていた得物である。


「幼き頃、父上から贈り物でもらったものです。これはどうか趙統殿が持っていてください。それと以前趙雲殿からいただいた槍もお返しします。武器は飾るものではなく、やはり使ってこそですから。趙統殿、どうか父上や趙雲殿が望んだ蜀漢の天下を。泰平を。お願いしますね」


 彼女はそう言うと、涙をぬぐい笑みを浮かべた。

 そう言われては趙統も受け取るほかなかった。

 軍神の娘・関銀屏。彼女は結局その言葉の通り戦場に戻ることはなく、建寧の地でその生涯を終えることになる。

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