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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第67話「段谷の戦い ~後編~」

 胡済隊は羊祜率いる伏兵部隊によって壊滅した。

 しかし遠く離れた場所にいる姜維はそのことを知る由もない。彼は予定通り進軍を続けていた。


「伝令! ここより先に敵影を確認! 指揮官は軍旗から鄧艾と張虎の両将軍と思われます!」


「魏軍め、現れたか! 全軍戦闘に備えよ! それと狼煙を上げ、 胡済殿に位置を知らせるのだ! 予定通り奴らを挟み撃ちにする!」


 姜維はそう叫ぶと自らも槍を持ち前に出た。

 大言を吐き出陣をしてきた以上、もはや失敗は許されない。もし此度も然したる戦果を挙げられなければ命はないだろう。

 彼の瞳は闘志に満ちていた。





 魏軍と蜀軍はやがて激突した。

 剣が首を斬り落とし、槍が身体を貫き、矢は雨のように降り注ぐ。大地は血にまみれ、一帯は瞬く間に死臭に包まれた。

 開戦後しばらくは一進一退の攻防が続いていたが、姜維が自ら前線で槍を振るうと、わずかに蜀軍が押し始めた。


「鄧艾殿、これよりの采配はすべて貴殿に任せる! 俺は一兵卒となり前線で暴れてくるとしよう。敵は大将自ら打って出て戦っているのだ。こちらも出なければ兵士たちに示しがつかぬわ」


「しょ、承知した。ご、ご武運を」


 張虎はそう言って後を鄧艾一人に託すと、馬にまたがり前線へと駆けて行った。

 





 結果として張虎の判断は正しかった。彼が自ら前線に出たことにより魏軍は態勢を持ち直したのである。


「おい、どうした! 蜀には弱兵しかいないのか!」


 雑兵を蹴散らし、前へと進んでいく張虎。その鬼の如き圧倒的な武に蜀兵は皆震え上がり、戦わずして逃げ出す者まで現れ始める。

 と、その時であった。一人の将が雄たけびをあげ張虎に斬りかかった。単騎である。


「我が名は姜伯約! 貴様の首もらった!」


 姜維は乗っていた馬を飛び降りると、その勢いを利用しそのまま張虎へと飛び掛かった。

 鈍い金属音が戦場に響き渡る。

 その刃はギリギリのところで防がれていた。


「貴様、姜伯約といったか。まさか天水の麒麟児とこうして斬り結ぶ日が来ようとはな。血が滾る」


「フン、もはや麒麟児といわれる歳でないがな。そういう貴様は合肥の英雄・張遼の子か。父親顔負けの武と聞いているぞ。相手にとって不足はない」


 両者は一度距離を取ると再び激突した。

 刃と刃がぶつかり、火花を散らす。

 両者の一騎打ちは何合にも及んだが、なかなか決着はつかなかった。


「楽しい! 楽しいな姜維よ! やはり戦の醍醐味は一騎打ちよ! そうは思わないか!」


「ちっ、この戦狂いが!」


 言葉こそ交わすが、両者とも手を緩めることはなく、戦いは激しさを増していく。

 このまま永遠に決着などつかないのではないか。見守る兵たちがそう思い始めたその時であった。


「ぐっ!」


 突如張虎が苦悶の表情を浮かべ、動きを止めた。

 その隙を姜維が逃すはずがない。次の瞬間、彼の槍は張虎の腹を抉った。


「ちっ、浅かったか」


 だがその刃は張虎の命を取るには至らず、張虎は大量の血を流しながらも跳躍し、距離をとった。


「くっ……卑怯な! 一騎打ちの最中に手を出すとは! 夏侯覇、貴様は忠義の心だけでなく、武人としての矜持すら失ったか!」


「なに!?」


 姜維が振り返ると、そこには弓を持った夏侯覇の姿があった。

 一騎打ちの最中、突然張虎が動きを止めたのは、夏侯覇が射た矢が張虎の身体を貫いたからであった。

 そのことに気づいた姜維は声を荒げた。


「夏侯覇! 一騎打ちに割って入るとは、貴様気でも触れたか!」


 だが、それに対して夏侯覇は臆することなく反論した。


「気が触れているのは貴殿のほうでは? 総大将の身でありながら一騎打ちに興じるとは一体何を考えているのです! もう少しご自身の立場を考えられてはいかがか! 貴殿は我らが蜀漢の大将軍なのですぞ!」


 それは至極真っ当な意見であった。

 諸葛亮亡き今、姜維は蜀の柱石である。もしここで姜維の身に何かあれば、国が傾くことは容易に想像できる。

 いくら兵士たちを鼓舞するためとはいえ、前線で敵将と一騎打ちを繰り広げたのはいささか軽挙と言わざるを得ない。

 姜維は己が行いを猛省した。


「夏侯覇殿、すまない。私は少しいろいろと焦っていたようだ」


 姜維がそう夏侯覇に謝った、その時。

 一人の蜀将が慌てた様子で二人のもとへ駆けてきた。


「姜維殿、夏侯覇殿! 急ぎ本陣へとお戻りを!」


「趙統! 何かあったのか!」


 姜維が問いかける。

 だが、それに答えたのは趙統ではなく、張虎であった。


「俺が当ててやろう。貴様のとこの別動隊が壊滅した、違うか?」


 張虎はそう言って、邪悪な笑みを浮かべた。

 その瞬間、姜維は悟った。

 自分たちがとっくに敵の術中に嵌まっていたことに。


「趙統、奴の言ったこと本当か?」


「は、はい。先ほど報告があり、胡済殿の部隊は敵伏兵に遭い壊滅。胡済殿自身も傷を負い、残ったわずかな供を連れてすでに成都へ撤退を開始したと……」


「くそっ! ぬかった! これではこれ以上の侵攻など不可能だ! やむを得ん、撤退する!」


 苦渋の決断であった。しかしそうする他に道はなかった。

 姜維は再び馬にまたがると、馬首を巡らし張虎に背を向けた。

 手負いの張虎だけでも討ち取れればと思ったが、すでに彼の前には大楯を持った兵士たちがずらりと並んでおり、壁を作っていた。これを破ろうとすればかなりの時間を要し、その間に敵の別部隊が救援に駆けつけてくることは明白。

 目前の敵将の首に固執し、撤退の時機を誤るほど姜維は愚かではなかった。

 かくして姜維率いる蜀軍は成都に撤退、段谷の戦いは魏軍の大勝利に終わった。

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