第53話「真相」
魏軍は呉軍を見事退け、合肥新城を守り切った。
この勝利により東興での敗戦は帳消しとなり、また司馬一族の名声も保たれる結果となった。
そんな中、帰還した司馬昭は兄・司馬師の元を訪ねる。
司馬師は忙しく政務に励んでいるようだったが、昭は構わず尋ねた。彼には兄にどうしても確認しておきたいことがあった。
「兄上。俺の思い過ごしかもしれませんが、兄上はこうなること全てわかっていたのでは?」
「ほう、というと?」
「孫権が死に、当然国内ではこの機に乗じて呉に攻め込むべしとの声が上がり始めた。が、兄上は分かっておられた。今兵を挙げたところで勝ち目はない、と。かといってここで兵を挙げなければ、弱腰と他の将らに嗤われ、父上が築いてきた信用を失うことになりかねない。そこで兄上は、出征を決定しつつも自らは洛陽に残り、兵の直接の指揮は俺と、呉討伐を上奏した諸葛誕と胡遵に任せた。なるべく敗戦の責が自分にかからないように。違います?」
すると、司馬師はそれまで動かしていた手を止めた。
そして昭のほうを向くと、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
「まったく昭は面白いことを言う。で、仮にそうだったとしていかがする? この私を恨むか? お前の言う通りならば、私は保身のために弟を利用したということになるが」
「いえ、まさか。だいたい兄上はその先まで読んでいたでしょう。諸葛恪が一度の勝利で気を良くし、合肥新城まで攻め上ってくることも、我らがそれを退けることも。もっとも張特に予め策を授けておいたのも兄上でしょうけど。結果として、魏の国力が失われることも、我ら司馬一族の権威が失墜することもなく、一方で呉で諸葛恪を孤立させることに成功した。そう、ここまで含めて全て兄上の筋書き通りだ。違います?」
その司馬昭の言葉に、司馬師は満足げに頷く。
「フッ、成長したな昭よ。まさかそこまで気づいていたとは。いや、我が弟ながら恐ろしいものよ」
司馬昭の考えは見事当たっていた。
司馬子元。彼は父・司馬懿と同等か、あるいはそれ以上の策謀家であった。
順調に地位を盤石なものとしていく司馬師。だが、それは必然的にある者と軋轢を生む結果となった。
「張緝。其方に問う。この魏の帝は誰じゃ」
「ハッ! それはもちろん陛下、すなわち曹芳様において他なりません!」
「うむ。そうじゃ。この国の帝は朕よ。断じて司馬師などではない」
魏3代皇帝・曹芳。
擁立時は幼少の身であった彼もいまや立派な一人前の男である。
しかし、未だ国内の政のほとんどは司馬師が行っていた。東興の戦いや合肥新城の戦いの折も曹芳はただ司馬師の言うことに頷いただけで、彼自身は何も決定を下していない。
そんな関係がずっと続いていたのである。彼が司馬師のことを疎ましく思い始めるのは当然と言って良かった。
「では、張緝。夏侯玄殿の説得、くれぐれもよろしく頼むぞ。司馬師に決して気取られるな」
「ハッ! お任せくだされ!」
張緝は曹芳より密書を受け取ると、速やかに宮城を後にした。
奸臣・司馬師を誅殺すべし。恐るべき計画がいま密かに進んでいた。