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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第2章 司馬子元、愚者たちを粛清す
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第52話「合肥新城攻防 ~後編~」

 呉軍の勢い、まさに虎の如し。

 堅城と名高き合肥新城も彼らの勇猛果敢な攻めの前では全くの無力であった。

 そして。

 魏より使者・張特が諸葛恪の陣を訪れたのは開戦より数十日後のことであった。


「諸葛恪殿、お初にお目にかかります。私は張子産(ちょうしさん)。司馬昭様の命により使者として罷り越しました。此度、私めがこうして参ったのは先の降伏勧告に対する返答をお伝えするためでございます」 


「ほう。ようやくか。返答があまりに遅いので、てっきり城を枕に討ち死にでもする気なのかとばかり……。いやはや、私の恩情がきちんと届いてたようで何よりだ」


「申し訳ありませぬ。諸将の意見を一つに纏めるのに手間取っておりました。ですが答えは決まりました。我らは……ここに降伏いたします」


 張特の口から発せられた「降伏」の二文字。

 これには思わず諸葛恪も口元を綻ばせる。


「賢明な判断だな。して、城はいつ明け渡す?」


「それにつきましては、恐れながら一つだけお願いしたき儀がございます。魏の法では、城を100日守れば、その将兵は敵に降伏しても罪にはならず、家族が処刑されることもないと定められております。私の身はいかようになろうと構いませぬが、残してきた妻子までもが咎められ、殺されるというのはいささか我慢がなりませぬ。城は必ず明け渡します。将兵の命、全て諸葛恪殿に委ねましょう。ですがどうか、どうか100日になるまで待ってはくれないでしょうか」


「ふむ……。分かった。私は寛大ゆえ、許してやろう。感謝するがよい」


 魏軍が降伏を申し出てきたことにすっかり気をよくしてしまった諸葛恪は、なんとこの張特の申し出を受けてしまった。

 諸葛恪からすれば強者の余裕を見せたかったのだろうが、しかしこの判断は大きな過ちであった。

 司馬孚を総大将とした20万の魏の増援部隊が合肥に到着したのはそれから数日後のことである。また、いつの間にやら散々に壊したはずの城壁は綺麗に修繕されていた。

 ここでようやく騙されていたことに気が付いた諸葛恪は当然憤慨し、再び攻勢を仕掛けたのだが、時すでに遅し。もはや彼にはどうすることもできなかった。

 遠征が長期に渡ったことで呉の将兵らの士気はすでに大きく下がっており、またそれに加え兵士たちの間では疫病が蔓延し始めていたのである。

 253年8月、呉軍は合肥新城攻略を諦めついに撤退を開始。魏軍はこれを追撃し、数多の将兵らを討った。

 こうして、合肥新城攻防は魏軍の勝利で幕を閉じたのである。



 



 命からがらなんとか帰還した諸葛恪であったが、合肥での敗戦は彼の権威を失墜させるには十分であった。

 さらに諸葛恪は、遠征中に自分がいないところで決められていた人事を全て罷免してもう一度決め直す等、横暴を働く。これで、人心は完全に彼から離れた。

 そんなある日のこと、諸葛恪は呉帝・孫亮より宴席に招かれる。

 足を運んでみると、そこには帝の姿はもちろん、呉の名だたる重臣たちの姿もあった。そして机の上には贅を凝らした酒と料理がこれでもかと並べられている。


「おお、来てくれたか諸葛恪。お主は近ごろなにかと忙しそうであったからな。今日くらいはゆるりとするがよい」


「陛下……。この身に余るお言葉、恐悦至極にございまする」


 帝からの労いの言葉に諸葛恪は心から感動した。

 傷心の自分を心配してくれている。そのことがなにより嬉しかった。


「おや、孫峻(そんしゅん)殿もこの宴に呼ばれていたのか」


「ああ。そういえば貴殿とは仕事で話すことはあっても、こうして酒を酌み交わすことはいままであまりなかったな。ささ、まずは一献」


「かたじけない」


 孫峻。字は子遠(しえん)。諸葛恪とともに呉の政治の中枢を担っている人物である。

 彼は諸葛恪の向かい側に座ると、杯に酒を並々と注いだ。

 それを諸葛恪は一気に呷ると、満足げに唸った。


「おお、うまいな。この酒は」


「でしょう。なにせ、これが貴殿にとって最後の一杯になるわけですからな。満足していただかなければ困る」


「え?」


 その時、諸葛恪は背筋に何やら悪寒が走るのを感じた。


「いまなんと、言った? 最後……?」


「ええ最後」


 孫峻はそう言ってニヤリと笑うと、突如立ち上がった。

 そして二回ほど手を叩いた時、諸葛恪はようやく己が置かれた状況を理解した。

 彼は囲まれていたのである。武装した兵士らに。


「これは私を亡き者にせんとする策略であったか! おのれ孫峻! なんと卑劣な!」


「卑劣……ですか。しかしですね、これは勅命なのですよ諸葛恪殿」


 勅命。すなわち呉帝・孫亮の意志であると、孫峻は言う。

 諸葛恪は思わず耳を疑い、孫亮のほうを見た。するとまだ年若い帝はこう言った。


「諸葛恪、すまぬな。だが、これが国のためだと皆言うのだ。朕は帝ゆえ国のことを第一に思わねばならぬ。許せ」


「へ、陛下……」


 全身から力が抜けるのを感じた。

 抵抗する気など起きるはずもない。諸葛恪はこの瞬間すべてを諦めた。

 こうして、孫呉の智将・諸葛恪は凶刃に倒れた。合肥新城攻防の同年、10月のことである。

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