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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第1章 司馬仲達、乱世を駆ける
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第48話「仲達の死」

 王凌の反乱は司馬懿の迅速な対応により鎮圧された。

 戦後の王凌の一族に対する処罰は苛烈を極め、そして今その手は郭淮の妻にまで届かんとしている。彼女は王凌の妹であった。


「私は先日、兵たちに貴殿の奥方をこちらへ連れてくるよう申しつけた。だが……いまだ来ておらぬ。これは一体どういうことか。ご説明願えるかな、郭淮殿」


「ハッ……。それは、私が妻を取り返したからでございます」


 郭淮は司馬懿より呼び出されていた。彼は司馬懿の高圧的な態度にも臆することなく、ありのままを話した。

 だが、司馬懿はその返答に眉を顰めると、さらに語気を強めて問いを重ねた。


「つまりは我が命に逆らったと……。これは貴殿も謀反に加わっていた、と受け取ってよろしいのかな? 郭淮殿は誼のあった王凌と通じ、ともに陛下を排すつもりであった。そう理解してよろしいか!」


「い、いえ! そのようなつもりは決して! ただ、我が子らが母を中央へ送るくらいならば自らも命を絶つと、そう言って聞かなかったのです! もしこれが魏の法に触れるというのならば、私はいかなる罰も受ける所存です! ですが、妻と子の命だけは……それだけはどうかお助け下さい!」


 必死に懇願する郭淮。その姿を司馬懿はただ冷たく見下ろしていた。

 疑わしき者は容赦なく罰する。それが司馬懿という男の基本姿勢である。

 今回もまた非情な決断が下されるのだろう。その場にいる者の誰もがそう思った。

 だが。


「フン、まあいいだろう。許す。お主も、お主の妻も、その子らも、誰も罪には問わぬ」


 司馬懿の口から出てきたのはあまりに優しい、意外な言葉。

 予想外の答えに郭淮も喜びつつも困惑した。


「ま、誠にございますか!」


「だが一つ条件がある。蜀の阿呆どもはまた懲りずにこちらへと攻め寄せてくるだろう。そこでお主の忠義を示せ。陛下に二心なきことを武働きで示すのだ」


「ハッ! 御意に! この郭伯済、命を賭して陛下を蜀の蛮族どもよりお守りいたしましょう!」


 司馬懿に鼓舞され、郭淮は闘志をみなぎらせ対蜀の最前線へと戻っていった。






「少し疲れた故、私は部屋で休む。いいと言うまで誰も入れるな」


 郭淮が去ると、司馬懿はそう言って自室へと戻った。

 そしてそのまま寝具に横たわるとゴホゴホとせき込み始める。

 

「慣れぬことをしたせいか……。身体が重い……。ゲホッゲホッ! カハッ!」


 何度かせき込んだとき、寝具に赤いものが飛散した。

 それを見て、司馬懿は悟る。


「これだけ働いて、結局はこの目で天下を見ること叶わなかったか……。いや、悪行を重ねた身にしては良く生きたと言えるか……」


 その晩、司馬懿は息子たちと弟を部屋へと呼び出したのであった。





「郭淮への裁定、父上にしてはお甘いと思いましたが、成るほどそういうことでしたか」


 部屋へと招かれた息子たちのなかで最初に口を開いたのは、長子・司馬師であった。


「なにが成るほど、だ。老いて私が丸くなったのだと、そう言いたいのか? フン、郭淮は蜀との戦に欠かせぬ男。故に処罰しなかった。それだけのことよ」


 司馬師の言葉に、司馬懿は不満げに口をとがらせる。

 その姿に、司馬師は安堵したように微笑んだ。


「相変わらずですね父上。安心いたしました」


「生意気な……。だが、私の子だ。憎たらしいくらいが丁度良い。あとのことはお前に任せる。といっても別に私の真似事をする必要はない。お前が正しいと思った道を進め」


「ハッ!」


 それが自分に対する父からの別れの言葉なのだと、師は察知した。

 深々と頭を下げる。涙が込み上げてきそうになったが、師はそれを必死に抑えた。

 死にゆく父を前にして、それを見て不安がる弟たちを前にして、長子の自分が涙を見せるわけにはいかなかった。


「昭、亮、(ちゅう)(きょう)駿(しゅん)(かん)(ゆう)(りん)。お前たちはその才覚を以って師を支えよ。兄弟力を合わせれば、蜀も呉も敵ではない。この父が保障しよう」


 次に司馬懿は、他の子らにも順に目をやると、優しくそう言った。

 次子・司馬昭、第三子・司馬亮、第四子・司馬伷、第五子・司馬京、第六子・司馬駿、第七子・司馬幹、第八子・司馬肜、第九子・司馬倫。

 どの子もまだ若いゆえ若干の頼りなさはあるが、しかし立派に育った。全員が司馬懿にとっては愛おしい。

 これから多くの戦を経験し、将として成長していくのだろうと思うと将来が楽しみで仕方なかった。

 泣き出す子らに苦笑いしながら、司馬懿は最後、弟・司馬孚のほうへと顔を向ける。


「師を含め、まだ子らは若い。聡明と言えど、道を誤ることもあるだろう。その時は頼んだぞ」


「はい兄上。しかと承りました。しかし、それでは私はしばらく逝けませぬな。私も高齢。あわよくばお供しようかと考えていたのですが。一人は寂しいでしょう?」


「フン、向こうには父も兄も春華もいる。そしてなにより曹操様や曹丕様もいるのだ。退屈などせん。むしろ現世より向こうのほうが知り合いは多いくらいよ。だから孚、私のことは心配せず、我が子らを助けてやってくれ」


「わかりました。では老骨に鞭打って、もうひと頑張りいたしましょう」


 弟のその答えに司馬懿は満足げに頷いた。

 もうなにも言い残すことはない。司馬懿はそう呟くと、ゆっくりと瞼を閉じた。

 曹家四代に仕えた稀代の智将・司馬仲達。彼は、愛する弟や子らに囲まれながら、穏やかに息を引き取った。

 王凌征伐と同年、251年のことであった。

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