第30話「街亭の戦い ~後編~」
司馬懿の策はいたって単純なものであった。
まず、司馬懿は軍を大きく4つに分け、蜀軍が布陣する山をぐるりと包囲した。
もし軍が1つに固まっていた場合、蜀軍が逆落としを仕掛けてきたら為す術なく壊滅してしまうが、4つに分かれていれば、敵は兵力的に全ての部隊を攻撃することは難しく、各個撃破を狙うしかない。そうすれば、一つの部隊と蜀軍が戦っているうちに他の3部隊が蜀軍を取り囲むことで、圧倒的に有利な状態で戦うことが出来るのだ。
またさらに、蜀軍が布陣した山には水がなかった。そのため、山を包囲することで水を汲む道を断ち、敵の士気を下げるという狙いもあった。
そしてこの策は見事成功をおさめる。
包囲された蜀軍は迂闊に逆落としを行うことが出来ず戦況は膠着状態となり、その間に水が断たれたことで士気が下がった蜀軍の一部将兵が魏軍に降伏を申し出てきたのだ。
「馬謖はとんだ阿呆者よな。あんな者を総大将にするとは、諸葛亮は知略は優れていても人を見る目はないのだろう」
司馬懿はそう言って、失策をおかした馬謖とそれを重用した諸葛亮を嘲笑すると、静かに軍配を振るった。
魏軍はそれと同時に4方向から一斉に山を駆けのぼる。
蜀軍にもはや反撃する力など残ってはおらず、やがて魏軍は山頂を制圧。総大将の馬謖と副将の王平は逃したものの、街亭の戦いは魏軍の圧勝に終わった。
命からがら逃げだした馬謖はなんとか諸葛亮の陣までたどり着くことが出来た。
蜀の旗を見て安堵の表情を浮かべた馬謖であったが、彼を待ち受けていたのは悲惨な結末であった。
「これまで目をかけてきましたが、さすがに此度はあなたを擁護することはできません。よって、馬謖。此度の失策の罰としてあなたの首、この私が斬り落としましょう」
そう言うと諸葛亮は腰の剣を抜き、その剣先を馬謖へと向けた。
馬謖はなんとか逃げようとしたが、すぐに二人の大柄な兵士に取り押さえられてしまった。
「丞相、お待ちくだされ!此度のは……そう、王平!王平のせいなのです!あいつがもっとしっかり働いていれば負けることはなかったのです!ですからどうか、どうかその剣をお納めください!」
取り押さえられてもなお言い訳をする馬謖。
そんな彼の醜い姿に周りの将たちは苛立ちを覚える。
そしてそれは諸葛亮も同じであった。
「黙れ!見苦しい!」
珍しく乱暴な口調で諸葛亮は馬謖を怒鳴りつけると、ついにその剣を振り下ろした。
頭と胴が分かたれた馬謖は、当然その後なにも言葉を発することはできず、その場に沈黙が訪れる。
やがて、諸葛亮の目から大きな涙がこぼれ落ちた。
手塩にかけて育ててきた男を自らの手で斬ったのだ。辛いはずがない。本音を言えば彼を許し、汚名をそそぐ機会を用意してあげたかった。
だが、罪を犯した者を裁くのに私情を挟むわけにはいかない。
もし一人を贔屓すれば、他の者に示しがつかず、やがて蜀軍は内から崩れ始めるだろう。
諸葛亮は国を、蜀の未来を思えばこそ、心を鬼にして愛弟子を斬ったのであった。




