第2話「出仕」
司馬一族は代々高官を輩出してきた名門の家柄である。
なかでも司馬防の息子8人は飛びぬけて優秀であり、みな字に『達』の字を持っていたため『司馬八達』と呼ばれた。
司馬懿はその司馬八達のうちの一人である。
そんな優秀な男を放っておくはずもなく、司馬懿はさまざまな勢力から出仕を求められていた。
そしてこの日もとある勢力からの使者が司馬懿のもとを訪れていた。
「あなた、曹操殿のご使者が参られましたがいかがいたしましょう?」
書物を読むのに夢中な司馬懿に一人の女性が困ったように尋ねた。
艶のある長い黒髪に優しげな瞳。
ただ立っているだけで気品の良さが伝わってくる。
この美しい女性の名は張春華。司馬懿の妻である。
「またか……。俺は病だと伝えておけ」
司馬懿はそう面倒くさそうに言うと再び書物を読み始めた。
顔立ちは整ってはいるが、長い髪は乱れ、口元には無精髭が目立つ。
その姿はとても名門・司馬家の次男には見えない。
彼はいまだどこかに仕える気はなく、今は自分の好きな書物を熟読することのほうが大事であった。
そして、そんな夫の姿に張春華は思わず小さくため息を吐くのだった。
曹操の本拠・許都にて、一人の男が頭を悩ませていた。
隻眼の猛将・夏侯惇である。
彼は幾度か司馬懿に出仕を求める使者を送ったが、ことごとく失敗していた。
「むぅ……ヤツはこれからの孟徳に必要な男。だがどうすれば……」
考えても策はいっこうに浮かばない。
夏侯惇はしばらく悩んだのち、ある男に相談することにした。
「荀彧よ、どうすればいいと思う? ヤツめ、病とか抜かしおってろくに話を聞こうとすらせん」
相談の相手は軍師・荀彧であった。
夏侯惇はこれまで数多の戦場で荀彧の策に助けられてきた。
荀彧ならば、自分の思いつかない何か良い策を考えてくれるはず。
夏侯惇は期待に胸を膨らませた。
だが、荀彧から返ってきたのは予想もしない言葉であった。
「夏侯惇殿、いっそのこと無理やり力ずくで連れ帰ったらどうでしょうか? その司馬懿という男、頭が切れるのでしょう? そんな男を言葉で説得するのはいささか骨が折れます。ならば、武力で脅すまで。そういう荒っぽいのは貴殿のほうが得意では?」
夏侯惇は一瞬耳を疑った。
だが、現状それしか方法がないのも確かであった。
結局、夏侯惇は荀彧の言葉通り強行手段に出た。
「よいか皆のもの! 我々の目的はあくまで司馬仲達の捕縛である! 決して傷つけるでないぞ!」
夏侯惇は100ほどの兵を集めた。
いずれも精鋭たちばかりであったが、あくまで目的は司馬懿の捕縛、ただそれだけであった。
さすがにこの報せを聞いた司馬懿は呑気に仮病をしているわけにはいかず、渋々曹操のもとへと出仕した。
こうして、司馬懿は曹操のもとでその才を活かすこととなったのである。




