第27話「南蛮征伐 ~後編~」
深い森の中、二人の人物が対峙する。
ひとりは並みの倍はあろうかというほどの大男。重傷を負ってはいるものの、怪力はいまだ健在のようで、威嚇として巨大な棍棒を軽々と振り回してみせる。
彼の名は兀突骨といい、南中一の猛将と言われるほどの強者であった。
一方、もうひとりは彼とは真逆のか細い少女であった。顔はまだ若干の幼さが残るものの美しく、艶のある長い黒髪を一つに束ね横に垂らしている。一見戦とは程遠そうな彼女だが、手には長い槍を持っている。
彼女の名は関銀屏。樊城で散った軍神・関羽の娘で、今回の戦が初陣であった。
にらみ合う両者。
お互いに警戒しあい、なかなか動かない。
だが、その時間もそう長くはなかった。
先に動いたのは銀屏であった。一気に間合いを詰めると素早い突きを繰り出す。
並みの兵ならば動きについてこれず、その槍の餌食となっていただろう。
だが、兀突骨は違った。その重そうな巨体を器用にしならせ、紙一重で攻撃をかわして見せたのだ。
「そんな……!」
渾身の攻撃を避けられたことで動揺する銀屏。
そこに生じたわずかな隙を兀突骨は見逃さない。
「良い突きだが、甘いぜ!」
兀突骨はそう言うと棍棒を下から思いっきり銀屏の腹に叩きつけた。
「きゃっ!」
もろにその攻撃を食らった彼女は短い悲鳴をあげて吹っ飛ぶ。
そして勢いよく大木に打ち付けられると、そのまま力なく崩れた。
彼女の鎧が粉々に砕け散っていることからもその攻撃の重さがうかがえる。
「フン!軍神の子といえど所詮は小娘。この程度か……」
兀突骨はそうつまらなそうに吐き捨てると、とどめを刺すべく倒れる銀屏にゆっくりと近づいていく。
一方の銀屏はなんとか立ち上がろうとするがうまく力が入らずにいた。
このまま、兄に続き銀屏も果てるかと思われた。
だが、ここで兀突骨の身体に異変が起こる。
「くそ……傷が!」
兀突骨は顔を歪めてその場にうずくまる。
関銀屏との戦いで身体を激しく動かしたのが傷を悪化させてしまったのだ。
さらには勝ちを確信して気を緩めたというのも原因として大きい。
だが、そこは南中一の猛将・兀突骨。
気力を振り絞り再び立ち上がる。
すると、彼の目に衝撃的な光景が飛び込んできた。
「ほう……面白い」
兀突骨は思わず笑みを浮かべる。
彼の目に映ったもの。それは、傷を受けた腹部を抑えながらもなんとか立ち上がる銀屏の姿であった。
そして立ち上がった彼女は喘ぎながらも槍をかまえ、穂先を兀突骨に向けた。
「まだ勝負は終わっていない……!」
銀屏は力強くそう言い放つと再び兀突骨に襲い掛かる。
だが、弱り切った彼女の攻撃は先ほどのに比べれてはるかに劣るものであった。
しかし、満身創痍なのは兀突骨も同じ。
武器と武器が交わり、森の中に鈍い音を響かせる。
それから二人は何回も打ち合うがなかなか決着はつかない。
だが、ついにその時は訪れた。
「あっ……」
兀突骨の猛攻を受け、銀屏の槍がその手から離れてしまった。
槍は地面に落ち甲高い音を響かせる。
銀屏はすかさず槍を拾おうとするが兀突骨はそれを許さない。
なんと彼はその槍を足で蹴とばしてしまった。
「これで勝負あったな……」
兀突骨は武器を失い立ち尽くす銀屏に棍棒を振り下ろす。
今度は腹ではなく頭。当たれば確実に命を落とす……はずであった。
だが、その攻撃は防がれる。
「なに……!」
兀突骨は目を丸くした。
武器を失ったはずの彼女の手に、2本の刃があったからだ。
銀屏は槍のほかにも双刀を隠し持っていたのだ。
その剣は通常の剣にくらべかなり短い。そのため必然的にリーチも短くなる。
だが、その代わり軽くて扱いやすく、通常の剣よりも素早い攻撃が可能となるのだ。
彼女は棍棒を押し返すと器用に双刀を操り、反撃に出る。
武器を隠し持っていることを想定していなかった兀突骨はやや反応が遅れた。
「やああああ!」
そして、その双刀は彼の喉元を切り裂いた。
関銀屏が兄の仇をとった瞬間であった。