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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第1章 司馬仲達、乱世を駆ける
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第24話「広陵の戦い ~後編~」

 覚悟を決めた王桃は強かった。

 迫りくる敵兵を次々と槍でなぎ倒していく。

 すると、戦況に変化が訪れた。

 敵国の娘に後れをとるものか、と他の将兵らも息を吹き返し始めたのである。

 そして、司馬懿は当然この機を見逃さなかった。


「今だ!全軍、反撃に転じよ!敵総大将の首を獲るのだ!」


 司馬懿の指示で後方に控えていた兵士たちも雄たけびをあげて敵本陣へ向け駆け出す。

 魏の大軍が敵兵を飲み込み、一気に偽りの城へとなだれ込んだ。

 呉は名のある将も次々と討ちとられ、残るは総大将・徐盛とそれを守るわずかな将兵のみ。

 この戦いは魏軍の完全勝利に終わるかに見えた。

 だが、ここで予想外のことが起きる。


「敵の援軍が到着!その数およそ3万!しかもそれを率いているのは孫権です!」


「なに!?」


 司馬懿は驚きを隠せなかった。

 呉は夷陵で蜀と戦をしたばかり。勝ったとはいえ、戦えば兵糧も減るし兵も疲労する。

 そんな状態の呉が魏軍とほぼ同数の兵を集められただけでも奇跡だというのに、この上さらに3万もの援軍を送る余裕があるとは夢にも思わなかったのだ。


(孫権自らが指揮をとり、しかも3万という大軍。これは建業の兵ほぼすべてをこちらに向けてきたといっていい。いくら蜀と同盟を結んでいるとはいえ、本拠地を空にするとはいささか大胆すぎる……。まさか……!)


 呉が持ちうる全ての戦力を広陵に向けることができた理由。それがもし、蜀から一切背後を突かれる心配はないという自信によるものだったとしたら。

 司馬懿の脳裏にある一つの可能性が浮かび上がった。

 蜀の魏への侵攻。

 夷陵で多くの将兵を失った蜀にそんな余裕があるとは思えない。

 だが、全くありえない話ではなかった。

 いま、魏の兵のほとんどが広陵にいる。

 それでも蜀に勝る数の兵が本拠地・洛陽に残っているが、普段に比べ手薄であることには変わりはない。

 蜀が魏を攻めるとすれば、今この時をもって他にない。

 

(蜀の悪あがきなどたかがしれてる。放っておいても……いや、敵にはあの諸葛亮がいる。油断はできんか)


 司馬懿の決断は早かった。

 司馬懿はすぐさま曹丕に撤退を進言すると、曹丕はこれを了承。

 かくして、広陵の戦いは実質呉軍の勝利に終わった。





「伝令!広陵の魏軍は撤退し始めたそうです!」


「そうですか。上手くいったようですね」


 伝令兵の報告を聞いた諸葛亮は安堵したように言った。

 彼はいま南中にいる。

 蜀への臣従を拒む南蛮の豪族たちと対峙しているのだ。

 つまり、司馬懿の予想は大きく外れたということになるのだが、この南蛮への遠征には二つの大きな理由があった。

 一つはそのまま南蛮の平定。

 武勇に優れた南蛮の戦士たちを味方とすることができれば心強いし、なにより今後他国と戦をするときに後顧の憂いなく戦うことができる。

 そしてもう一つは広陵の魏軍を退け、同盟国である呉を助けるためだ。

 蜀が大規模な遠征を開始したとなれば、呉は安心して建業を留守にすることができる。

 また、魏はその呉の動きから蜀が攻めてきたのでは、と勘違いするだろう。

 そうすれば魏軍は幻の蜀軍を恐れて退き始め、広陵の戦いは呉軍の勝利に終わる。

 つまり、この遠征は魏の目をくらますためのカムフラージュでもあるのだ。

 そもそも、いくら洛陽が手薄とはいえ、今の蜀に魏を攻めるだけの力などあるはずがない。

 実は、蜀は司馬懿が思っている以上に弱体化しているのだ。

 兵の数はもちろんだが、一番深刻なのは士気の低下。

 夷陵での圧倒的な敗北に加え、絶対的な存在であった劉備の死。

 兵たちの顔から笑顔は消え、軍全体、いや国全体に重い空気が流れている。

 この遠征はそれを払拭するためのものでもあるのだ。


「では、こちらも急がねばなりませんね」


 諸葛亮はそう言うと、静かに軍配を振るった。

 結局、司馬懿は諸葛亮の策にまんまとはめられたということになる。

 司馬懿が諸葛亮に煮え湯を飲まされたのは赤壁以来二度目のことだった。

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