第23話「広陵の戦い ~前編~」
223年、蜀の皇帝・劉備が病でこの世を去る。
このことをきっかけに蜀の弱体化はますます進み、天下を争うのは実質魏と呉の二国のみとなった。
そして翌224年、魏の皇帝・曹丕は呉と雌雄を決するべく、ついに大規模な侵攻を開始した。
一方これに対し、呉軍は広陵の地で徐盛を総大将としたわずかな軍勢で迎え撃つ。呉は兵数では完全に魏軍に劣っていた。
「ひぃぃ、もう駄目だ……!」
「相手はあの魏だ。勝てるわけがねぇ!」
そんな雑兵たちの声が呉の陣全体に響き渡る。
兵力差は歴然、しかも敵の中には司馬懿がいるとの報告もある。
兵たちの士気が下がるのは当然ともいえた。
雑兵だけではない。
それを率いる将たちもまた、迫りくる大軍に怯えていた。
だが、徐盛だけは違った。
総大将の徐盛だけは冷静に魏を打ち破るための策を頭の中で思い描いていた。
「そんな馬鹿な……!」
広陵に到着した曹丕はその光景に思わず目を疑った。
そこにあったのは長江の沿岸に沿って伸びる巨大な城壁。
それは見るからに堅固でとてもやすやすと攻めかかれそうにない。
「呉にそんな力があったのか……」
あちこちからそんな声が上がった。
魏軍全体に動揺が走る。
だがこれこそ、徐盛の策であった。
一見この堅牢そうな城壁、実はただの張りぼてにすぎない。
なので、防御性などまるで皆無であり、攻めればいとも簡単に陥落する。
しかし、徐盛の狙いはあくまで少しでも長く魏軍をこの広陵の地に釘付けにすることだ。
そうすれば、兵の多い魏軍はその地にとどまるだけで余計な兵糧を失うことになるし、また、その間に建業からの援軍も広陵に到着する。
この城壁は、呉軍が少しでも有利な状態で魏軍と戦うために時間を稼ぐためのものなのだ。
結局、この徐盛の策は見事成功。魏軍がその偽りの城に気づいたころには、初めあった両軍の戦力差はほとんどなくなっていた。
開戦の鐘がなり、両軍が激突する。
広陵の地は瞬く間に血にまみれ、屍からのとてつもない異臭が両軍の兵士たちの頭をおかしくしていった。
戦の始まる前まで楽しく談笑していた者も、今やただ目の前の敵に食らいつく獣と化す。
そんな中、戦に変化が起きた。
はじめこそ互角であったが、ほどなくして策の成功で士気の高い呉軍のほうが押し始めたのだ。
次々と討ちとられていく魏軍の将兵たち。
魏の前線は少しずつ後退を余儀なくされていく。
このままでは軍の崩壊も時間の問題のように思われた。
だが、魏軍はそう簡単に崩れない。なぜなら魏軍には名軍師がいるからだ。
「王桃、出番だ。前線を立て直せ」
劣勢だというのに表情一つ変えず、司馬懿は命令を下した。
だが、当の槍使いの少女は不満そうな顔で司馬懿をにらみつける。
いくら魏軍に捕らえられたとはいえ、司馬懿が父親の仇であることに変わりはない。その反応は当然と言ってよかった。
一方、司馬懿はそんな彼女の態度を見て余裕たっぷりに笑う。
「不服か?だが貴様が命を破れば、妹がどうなるか……わかってるな?」
司馬懿の視線の先には柱にからだを縛りつけられ、身動きをとれないでいる王悦の姿があった。
そしてその横には槍を持った一人の兵士が控えている。
もし、王桃が命令に背けばその穂先は王悦の身体を貫くだろう。
「くっ!」
王桃には司馬懿の言うとおりにするしか道はなかった。




