第20話「夷陵の戦い ~前編~」
221年、劉備は曹丕の魏に対抗し、蜀漢を建国。その初代皇帝となる。
そして、天下取りへ向け大きな一歩を踏み出すべく劉備はさらにある決意を固めた。
「我々はこれより荊州に進軍し、仇敵・孫権を討つ!」
その劉備の言葉に雑兵たちは喚声をあげた。
かくして蜀軍は樊城で散った関羽の仇討ちのため、荊州へと進軍した。その数約4万。総大将は劉備自らが務める。
対する呉軍は陸遜を総大将とした約5万の軍勢で迎え撃つ。
こうして、後に夷陵の戦いと呼ばれる戦いが幕を開けた。
開戦直後、呉軍の一人の将が蜀軍の砦へ向け叫び始めた。
「軍神だかなんだかしらねえが、たいした奴じゃなかったなぁ。あの程度の将、こっちにはいくらでもいるわ!」
あまりに安い挑発。いつもならば無視していただろう。
だが、関羽の仇が目の前に居るというこの状況が蜀軍の将たちから冷静さを奪っていた。
「おのれ、呉の連中め!門を開け!奴らを蹴散らしてくれる!」
その声とともに固く閉じていた門は開かれ、蜀軍の将兵らが姿を現す。
そして、両軍いよいよ刃を交えるかと思われた。
だが、蜀軍が砦を出たことを確認すると呉軍は少しずつ後退を始めた。
当然、蜀の将は追撃を指示する。
しかし、いくら追えど両軍の距離は一向に縮まらず、やがて両軍は木々に囲まれた薄暗い細道へと入った。
と、その時だった。
突如大量の矢が蜀軍を襲う。
呉軍は伏兵を用意していたのである。
「しまった!誘い込まれていたのか!」
蜀の将は急ぎ転進を指示する。
だが、時すでに遅し。
呉軍の別の部隊によって退路は完全にふさがれていた。
「そうか、罠にかかったか。クク、やはり蜀の連中は冷静さを欠いていたようだな」
呉軍本陣。
報告を聞き、不気味な笑みを浮かべている男。
彼の名は陸遜。呉軍の総大将である。
「では次の策を実行するとしよう。朱然、手はずどおりに頼むぞ」
「ハッ!必ずや成功させてみせまする!」
朱然は一礼すると、数十人ほどの弓兵を引き連れ、本陣を後にした。
陸遜はその後姿を見送ると、副官に酒を持ってくるよう命令する。
彼は、もう呉の勝利を確信していた。
一方、蜀軍本陣。
蜀軍の一部が罠にかかって苦戦をしているとの報せは当然劉備の元にも届いていた。
「ええい、前線は何をやっているのだ!もう良い、俺自らが敵を殲滅してくれる!」
劉備はそう叫ぶと、愛馬にまたがり、供も連れずに本陣を出た。
劉備もまた怒りで冷静さを失っていたのだ。
放っておくわけにもいかず、後を追うように何人かの将が続く。
こうして本陣には馮習とその配下のわずかな兵が残るのみとなった。
蜀軍は完全に陸遜の掌の上で踊らされていた。