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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第1章 司馬仲達、乱世を駆ける
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第19話「夏侯元譲」

 魏王朝の建国から数日がたった。

 曹丕の才は父に負けず劣らず、皇帝として順調にその務めを全うしていた。

 そしてその傍らには一人の男。

 帝である曹丕を補佐し、国を支える魏随一の智将・司馬懿の姿があった。

 あの夏侯惇ら禅譲反対派との騒動をきっかけに見事曹丕からの信頼を勝ち取ったのである。


「曹丕様、ひとつお願いがございます」


 司馬懿の声に曹丕は書状を書いていた手を止める。

 

「仲達が願い事とはめずらしい。よかろう。申してみよ」


「ハッ……では」


 そう言うと司馬懿は一呼吸置き、その口を恐る恐る開いた。


「夏侯惇殿に『大将軍』の地位を与えてはいかがでしょうか」


 その言葉に一瞬場が凍りついた。

 曹丕が鋭い目つきで司馬懿を睨みつける。


「あの男は余の意見に逆らった。そんな者を何ゆえ余が厚遇してやらねばならぬ」


 その表情と声からは底知れぬ怒りが感じられた。

 『大将軍』は軍務・軍政の最高職。そう簡単にあげられるような職ではない。

 曹丕の怒りはもっともであった。

 だが、司馬懿はそれに対し涼しい顔でこう答える。


「もちろん曹丕様の心の寛大さを示すためにございまする。曹丕様が夏侯惇殿を大将軍に任ずれば、他の反発的な将もおとなしくすることでしょう。夏侯惇殿は武芸に明るく、数多の戦場で数々の功績を重ねられてきたお方。大将軍に任じても不自然ではありますまい」


 司馬懿はそう言うとニヤリといやらしく笑った。

 その笑みに曹丕は思わず顔をひきつらせる。


(この男、かつては夏侯惇と何度か轡を並べたことがあると聞いていたが……)


 曹丕はかつての戦友をまるで道具のように利用する司馬懿に少しの恐怖を感じながらも、その意見を呑むことにした。






「伯父上、おめでとうございまする!」


 そう言って夏侯惇の大将軍就任を祝福するのは夏侯惇の甥・夏侯覇。

 武勇に秀で、これからの魏を引っ張っていくであろう若き将だ。

 そして、そんな彼の前には寝具に横たわる夏侯惇の姿があった。

 彼は近頃歳のせいか体調を崩していた。

 

「フン……それが帝ご自身の意思ならば嬉しいが、おそらくは違うだろう」


 夏侯惇はそう言うと身体を半分起こす。

 すかさず夏侯覇がそれを手伝おうと手を差し伸べたが、夏侯惇はそれを払った。


「まったく狡猾な男よ……。所詮俺はあいつの掌の上というわけだ」


 夏侯惇はそう呟いて、遠くを見つめる。


(思えば、あいつを推挙したのはこの俺だったな……)


 脳裏に懐かしい思い出の数々が浮かび、夏侯惇の口元がわずかに緩む。

 そして、そんな自分に気付き思わず苦笑した。


「もはや怒りも湧かぬか……。この俺も衰えたものよ」


 夏侯惇はそう呟くと、手招きで夏侯覇を呼ぶ。


「伯父上、なんでしょう?」


「なに、孟徳に会いに行く前にお前の顔をよく見ておきたくてな」


 ご冗談を、と笑う夏侯覇を夏侯惇はぐいとさらに強引に引き寄せるとその顔をぺたぺたと触れた。

 そして、一通り触り終わると口を開いた。


「ふむ、よき面構えだ。父のように立派になったな……」


「伯父上……」


 夏侯覇の目に涙が浮かび、やがてそれは彼の整った顔をぐしゃぐしゃにした。

 それを見た夏侯惇は優しい笑みを浮かべつつ、さらに続ける。


「いま世は新たな時代に突入しようとしている。そして、俺はどうやらその新しい時代ではもう用済みらしい。だから、仲権。孟徳との約束、お前に託す。お前が司馬懿のやつとともに帝を、この国を差支えてくれ」


 それは数多の戦場を駆け巡り、曹操・曹丕親子を支えた猛将の最後の言葉だった。

 夏侯元譲、死す。

 大将軍就任からわずか数日後のことだった。

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