第13話「樊城の戦い ~前編~」
王桃の話を聞いた関羽は腕を組み熟考する。
彼女は本気で自分たちが正義で曹操が悪だと信じている。
だが、領内で賊が暴れまわっているのならばそれを討伐するのはいたって普通のことであり、曹操や司馬懿からすれば恨まれる筋合いなどない。
彼女らの父・王令公が討たれたのは、いままでの行いからして当然の報いといえるだろう。
だが、いま重要なのは彼女たちに義があるかどうかではない。
彼女らが戦で役に立つかどうかである。
賊をやっていたのならば己の武に自信はあるのだろうし、また曹操軍への恨みで士気は当然高い。
一見このうえない戦力となりそうに思える。
だが、これは喧嘩ではなく戦。軍と軍のぶつかり合いである。
状況に合わせ冷静に動かなければならない局面も当然ある。
その時、果たして仇敵を前に冷静でいられるだろうか。
もしも暴走などしたらそこから軍は崩れだし、瞬時に敵に飲み込まれてしまうだろう。
いわばこれは諸刃の剣といってよかった。
「まあ、いいだろう。王桃と王悦は関索の配下に入れ」
悩みぬいた末の決断だった。
ここに来るまで行動をともにしていた関索ならば、きっと彼女らをうまく統率できるだろうと考えたのだった。
「ハッ!ありがとうございます!」
礼を言う王桃と王悦の目には光るものがあった。
やっと仇がとれることの嬉しさ、そして安堵。
それが彼女らの涙の正体であった。
こうして関羽軍は新たに二人のつわものを加え、やがて樊城への攻撃を開始した。
一方、王桃・王悦姉妹の憎悪の対象・司馬懿は夏侯惇とともに兵5000ばかりを引きつれ、樊城の救援へと向かっていた。
「敵はあの軍神・関羽。いくら曹仁といえどそう長くはもたんだろう。急がなければ」
夏侯惇はそう言うと愛馬の腹をさらに蹴る。
司馬懿もまた速度を上げ、その横に並んだ。
「一応手は打っといた。だが、軍神相手に果たして通用するかどうか……」
軍神・関羽。
戦に身を置くものでその名を知らぬものはいない。
かの董卓軍の猛将・華雄や袁紹軍の猛将・顔良と文醜を打ち破ったという圧倒的な武勇。
だが決してただの猪武者ではなく、軍略にも明るい。
そんな男の存在に夏侯惇も司馬懿も、さらにはその後ろを駆ける雑兵も誰一人残らず畏怖していた。
関羽という男はその名前だけで相手を恐怖させることができるのだ。
だが、軍の中に戦意を失っている者は一人もいなかった。
皆、恐れおののきつつも、軍神を討たんという強い気概だけは絶えず持ち続けていた。
そして、やがて司馬懿率いる5000の軍勢は樊城が見えるところにまでたどり着いた。




