第12話「仇」
劉備軍に軍神と呼ばれる男がいた。
まるで獣のように鋭い眼光、艶のある顎鬚は胸の辺りまであり、背は並みの男の倍はあるだろうか。
そして手には青龍偃月刀が握られている。
男の名は関羽。劉備軍を代表する猛将の一人であり、劉備とは義兄弟である。
関羽はいま、荊州の要所・樊城を包囲していた。
「名将と名高い曹仁が相手。一筋縄ではいかなそうだな……」
樊城を睨み、呟く関羽。
そのとき、一人の兵士が息を切らして関羽のもとに走ってきた。
「関索様、ご到着!」
「おお、やっときたか……」
関羽は報告を聞くと、安堵の表情を浮かべた。
関索とは関羽の子である。
だが、樊城への道の途中はぐれてしまったのだ。
「父上、遅れてもうしわけありませぬ」
関索は父の顔を見るやいなや頭を下げる。
大事な戦に遅れたのだ。謝罪は当然といえるだろう。
だが、関羽はこれに怒るようなことはなかった。
「よいよい、だがその分戦で働いてくれよ」
関羽はそう言うと肩をポンと軽く叩いた。
とその時、関羽はあることに気付く。
「む?そちらの方々は?」
関羽の視線の先には二人の少女があった。
「ここまでの案内をしてくれた山賊の王桃に王悦です。なんでも曹操軍に恨みがあって我らの軍に加わりたいと」
関索に紹介され、王桃と王悦は一歩前に出る。
「お願いします!どうか樊城攻めに私らを加えていただきたい!」
頭を下げる二人。
関羽は少し考えたあと、こう答えた。
「うむ……しかしまずは事情を知らなければな……。その恨みとやらを話してみよ」
関羽に促され、王桃は静かに語りだしたのだった。
時を少し遡る。
かつて、中原に王令公という名の知れた山賊がいた。
彼は数多の荒くれ者たちを従え、数々の村を襲い、焼いた。
男や年寄りは問答無用で殺し、若い女は隠れ家へと連れ去って犯した。
そうしていくうち、彼に二人の子ができた。
それが王桃と王悦であった。
二人はそんな特殊な環境の中でもすくすくと成長していった。
父親が山賊というのは彼女らにとってはあたり前のことであった。
父がいくら村を襲おうが、いくら人を殺そうが特になんとも思わなかった。
いや、誇らしさすら感じていた。
幼い彼女らにとって、毎回大量の金品を担いで帰ってくる父はまぶしく、かっこよく思えた。
だから、槍や弓の稽古をした。
父の助けがしたい。父のような立派な山賊になりたい。ただその一心だった。
稽古をつけてくれたのは父とその仲間の荒くれ者たちであった。
そんな山賊の父や荒くれ者たちに囲まれる生活は彼女らにとって十分幸せといってよかった。
だが、そんな幸せな生活はある日突然崩れた。
「お頭、大変です!曹操軍の討伐隊がこちらに向かっています!」
曹操軍の来襲。
それが彼女らの全てを狂わしたのだった。
一度目の討伐隊はなんとか退けることに成功した。
だが、二度目の討伐隊はそうはいかなかった。
敵将・司馬懿の非道で下劣な策に、敗れ去ったのだった。
王令公は曹操軍の猛将・夏侯惇に討ち取られ、まだ幼き王桃と王悦は味方に連れられなんとか脱出に成功した。
だが逃げる途中で味方は一人、また一人と散っていき、残ったのは王桃と王悦の二人だけになった。
「許さない……!司馬懿……あいつだけは絶対に!」
王桃と王悦はそれをひたすら呪文のように唱え、生きた。
いかなるときも心の中で司馬懿という男を呪った。
それが憧れの父を失った彼女らにとっての唯一の生きる糧だったのである。
こうして二人は荊州の地へと逃れ、父の跡を継ぎ山賊として生きていたところ、関索に出会ったのだ。
そして今に至るのである。