第10話「襲撃」
ある日の夜、司馬懿は数人の男たちに囲まれていた。
相手はいずれも大男で、みな剣や槍、斧といった武器を手に持っている。
彼らは司馬懿を殺さんとする刺客であった。
「貴様ら、どこの手のものだ」
司馬懿は男たちに問うが、返事はなかった。
仕方なく司馬懿も腰の剣を抜く。
あまり武芸のほうは自信がないのだが、このままむざむざと殺られるわけにもいかない。
次の瞬間、刺客の一人が司馬懿に襲い掛かった。
それを司馬懿は剣でなんとか防ぐ。
だが、敵の攻撃は思ったよりも重く、少し体勢が崩れてしまった。
この一瞬の隙を敵は見逃さない。
残りの刺客のうちの一人が司馬懿の背後を襲った。
完全に不意を突かれた形となってしまった司馬懿はそれに対応できるはずもなく、攻撃をモロに受けてしまった。
血が勢いよく噴き出し、激痛が全身を襲う。
司馬懿はその場にひざをついてしまった。
意識が朦朧とする。
一方、敵のほうはいまだ誰一人として欠けてはいない。
もはや生き延びることは不可能といってよかった。
司馬懿は死を覚悟した。
「ちっ、ここまでか……」
そう、諦めの言葉を洩らしたその時であった。
暗闇から一本の矢が飛んできた。
そしてそれは刺客のうちの一人の頭に命中、刺客は静かに地面に倒れた。
「司馬懿殿、ご無事か!」
暗闇から姿を現したのは一人の若者だった。
手には立派な弓、背には矢筒。
先ほどの矢は彼が撃ったものだった。
司馬懿はこの若者のことを知っていた。
若者の名は王粛。曹操軍で一・二を争うほどの弓の名手であり、また知略に優れていることでも有名だった。
だが、司馬懿は王粛とはすれ違いざまに何度か軽く挨拶を交わしたことのある程度の付き合いであり、それほど親しいわけではなかった。
「すまない、助かった」
「いえ。それより司馬懿殿はじっとしていてください。残りの敵は俺が速やかに排除します」
王粛はそう言うと今度は三本同時に矢を射る。
矢はそれぞれ敵の眉間を貫き、一気に三人の刺客を仕留めることに成功した。
「さすがだな」
これには司馬懿も驚かずにはいられなかった。
こうして、王粛の活躍で残りの刺客たちも逃亡。司馬懿は命を救われた。
その後、二人が再開を果たしたのはその事件の三日後であった。
司馬懿がお礼も兼ねて王粛を家に招待したのだ。
「傷のほうはもう大丈夫ですか?」
「ああ。多少は痛むが政務に支障をきたすほどではない」
二人はそんな会話をしつつ、酒を酌み交わした。
そして、幾ばくか経ったころには二人はすっかり意気投合していた。
政治や趣味の話が一致したことが大きかった。
「また今度、一緒に飲もう」
二人は別れ際、そう約束を交わした。
そんな普段はあまり人と関わることを好まない夫のめずらしい姿に、妻の張春華は目を丸くしたのだった。