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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第103話「鄧士載」

 鄧艾は寒門の出であった。

 地方の小役人のまま一生を終える。そんな未来も十分に有り得た。

 たが、司馬懿にその才を見出され、彼の人生は大きく変わった。

 長い年月を経て出世を重ね、成都攻略の功によりついには太尉(たいい)まで登り詰めた。

 しかし今、彼は檻車に乗せられ反逆を企てた罪人として洛陽へと運ばれている。


(いささか焦りすぎたか……。我が生涯、まさかこのような幕切れとはな……)


 鄧艾の齢は既に70近い。

 髪は白髪が混じり、肌には深いシワが目立つ。

 身体も以前に比べ明らかに細くなってきていた。

 罪人としてこのまま生涯を終えるのか。

 そんな無念の思いが鄧艾の胸中を支配する。


「父上、我らの身の潔白は明らか。きっと相国なら分かってくださいます」


 そう言って鄧艾を励ましたのは鄧艾の息子・鄧忠であった。

 彼もまた父と同様、謀反の疑いで捕らえられ同じ檻車に入れられている。


「け、け、潔白……か。うぅむ……」


 鄧艾は複雑な表情を浮かべ、バツが悪そうに頭を搔いた。

 その態度が意味することは1つである。

 鄧忠は驚いた様子で鄧艾に尋ねた。


「まさか父上は本当に魏へ反旗を翻すおつもりだったのですか……? 今日(こんにち)の我らがあるのは司馬懿殿のおかげと、常々そうおっしゃっていたではないですか。なにゆえ……!」


 護送の兵士に聞かれぬよう小声ではあるが、しかしその声色には明確に怒気を孕んでいた。

 鄧艾は初めなかなか答えようとしなかったが、やがて息子からの冷たい視線に耐えかね、観念したようにその口を開いた。


「こ、ここ数年、じ、自分の老いをよく感じるようになった。き、き、きっと、呉の平定まで、こ、この身体は持たぬ。そ、そんな、しょ、焦燥感に苛まれ、れ、れ、冷静さを失っていたので……あろうな。す、すぐさま孫呉討伐に移らねばと、こ、事を急ごうとした。は、初めは、ちょ、朝廷に逆らう気など、更々なかった。……し、しかし、い、いま冷静に、わ、我が行動を振り返れば、は、叛意ありと言われても致し方ない、け、け、軽率な振る舞いであった……。そ、それに……」


 その続きを口にしていいものか。

 鄧艾は逡巡したが、それも一瞬のことであった。

 鄧艾は包み隠さず己が心情を吐露した。


「……ま、全く我が忠義に曇りが無かったかと言えば、う、嘘になる。しょ、蜀帝と、そ、その臣下を手中に収め、せ、成都という、ゆ、豊かな大都市が、お、己が支配下にあることを、じ、自覚したあの時、こ、心の奥底には、わ、わずかに天下への野心とも呼べる、か、感情は……確かにあった」


 鄧艾はそう言ってゆっくりと目を瞑ると、以降は何も語らなくなった。

 鄧忠は父の告白に初め驚いたが、その心中を慮り穏やかに言葉を返す。


「では、相国には弁明ではなく謝罪を致しましょう。その方がずっと実直な父上らしい」


 2人を乗せた檻車は小さく揺れながら、ゆっくりと洛陽へと向かっていく。

 しかし、鄧艾と鄧忠父子がそれから司馬昭に会うことはなかった。

 その後成都で起きた騒擾が彼ら2人の命を奪ったのである。






 鄧艾が都に召還されると、鍾会が入れ替わるような形で成都に到着した。

 彼は姜維を伴って宮城へ入ると、そのまま玉座に腰掛け、ふんぞり返った。


「ほう、なかなか立派な椅子ではないか。言葉もまともに話せぬ成り上がり者が座るにはいささか勿体ない椅子だ。やはりこの鍾士季こそがこの椅子の、成都の主に相応しい。姜維殿もそう思うだろう?」


「うむ、鍾会殿の申す通り。才も家格も備えた鍾会殿の入城に、蜀の民たちも安堵しておりましょう」


 鍾会からの問いに姜維は笑顔で答える。

 実は笑顔を作るまでのわずかな間、ほんの一瞬眉を顰めた瞬間があったのだが、鍾会は気づかなかった。

 鍾会の座る玉座はかつて劉禅が蜀帝として座っていたもの。

 鍾会が我が物顔でその椅子に座ることを姜維が心より喜んでいるはずがなかった。

 だが、そんな姜維の心中などつゆ知らず、さらに鍾会は上機嫌に話しかける。


「姜維殿。邪魔者の鄧艾は消え、奴の配下も蜀の将兵らも皆我が手元にある。これより私は天下へと飛翔するぞ。長安、そして洛陽を攻め落とし、司馬昭の首をはねる。もちろんその後は曹奐を廃し、劉禅殿に帝位に就いてもらう。フッ、そうすれば紛うことなき漢朝の復活だ。そうしたら私は丞相、姜維殿は大将軍といったところかな?」


「ははは。既に官職までお考えとは。いいでしょう。この姜伯約、鍾会殿にどこまでもご助力いたします」


 姜維の態度は、鍾会に対してどこまでも従順であった。

 しかしそのおかげで姜維は鍾会からの信用を得ることに成功し、元は降将という立場でありながら今や鍾会の片腕のような存在にまでなっている。

 全ては漢朝再興という志を遂げるためであった。






 独立し天下に覇を唱えんと企む鍾会とそれを利用せんとする姜維。

 しかし、そんな2人の思惑はとうに司馬昭に見透かされていた。

 司馬昭は賈充を漢中に駐屯させると、さらに自らも曹奐とともに大軍を率いて長安へと入る。

 名目上は鄧艾が大人しく召還に従わない場合の備えとしていたが、しかし実際は鍾会挙兵を警戒しての行動であることは誰の目にも明らかであった。

 だからと言って鍾会と姜維も今更ここで大人しく退くわけにはいかず、郭太后の遺詔を偽作し、ついに司馬昭討伐を宣言する。

 かくして、再び益州の地を舞台に新たな戦いの火蓋が切って落とされたのであった。

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