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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第98話「蜀漢征伐 ~その7~」

 剣門関では変わらず激しい戦闘が繰り広げられていた。

 兵達の怒号と攻城兵器による轟音が響きわたるなか、姜維はひとり屋内で冷静に机上の地図を見つめていた。


「このままでは成都が危ない。しかし、今ここで剣門関を放棄する訳には……!」


 姜維のもとへ既に綿竹関陥落の報は届いていた。

 綿竹関を過ぎると、成都までの道中には雒城(らくじょう)という小城があるのみ。

 しかし、ここはかつて劉備が入蜀を果たした際に激しい戦闘があり、その戦いで防衛設備の多くを失っていた。

 もはや鄧艾らの進軍を阻めるほどの力はなく、成都が包囲されるのも時間の問題といって良かった。

 急ぎ援軍として向かわなければ成都の陥落は必定、しかし剣門関を放棄しては鍾会軍に背後を取られることになる。

 悩む姜維に、それまで黙っていた趙統が意を決したように口を開いた。


「聖上の身の安全、それこそが何よりも優先される。違いますか、姜維殿? 何を悩むことがあるのです。殿(しんがり)ならばこの趙統が努めましょう」


 趙統の提案に姜維は逡巡したが、しかしそれも一瞬のことであった。

 姜維は武人の覚悟を無下にするほど野暮ではなかった。


「……分かった。今宵、夜陰に紛れ撤退する。趙統、其方の部隊は剣門関に残り、全力で敵を食い止めよ!」


「承知しました! 姜維殿もお気をつけて……!」


 かくして、姜維はその日の晩には剣門関を出立した。

 関に残った趙統は篝火を焚き続け、配下の兵士たちをほぼ全て巡回に回し、なるべく魏軍から見える位置に配置した。

 姜維ら本軍が撤退し、関の兵が少なくなったと魏軍に悟られれば、すぐさま総攻撃を仕掛けられる。

 趙統は、姜維が安全に撤退し切るまでの間、魏軍を欺き続ける必要があった。


「鍾会という男、稀代の知将と巷では専らの評判だが、さてどこまで騙し通せるか……。どうか気づいてくれるなよ……!」


 櫓の上から敵陣の様子を伺いながら、趙統は祈るように呟いた。






 一方、魏軍総大将・鍾会は幕舎で兵の報告を受けていた。

 兵が報告を終えて下がると、鍾会はひとり考え込む。


「剣門関の蜀軍の様子は特に変化なし、か……。妙だな。鄧艾が綿竹関を落としたことは既に奴らの耳にも届いているはず。今日あたり、成都救援のため関を放棄するものと思っていたが……。読みが外れたか?」


 もし蜀軍が撤退を始めれば、当然これを追い、姜維を討つつもりでいた。

 現状は戦功で鄧艾に遅れを取っているが、姜維の首を挙げれば並ぶことが出来る。

 そのため偵察の兵を増やし、今か今かと機を伺っていた。

 しかし、姜維が撤退しないとなると話は変わってくる。


「クソッ! このまま私はここでずっと足止めか? 鄧艾が成都を攻略するのをただ指をくわえて見ているしかないのか? ふざけるな!」


 鍾会が怒りを目に前の机にぶつけたそのときであった。

 幕舎に1人の男が慌てた様子で飛び込んで来た。

 その男、胡烈は息を整えると鍾会に進言した。


「鍾会殿、恐れながら今こそ夜襲の好機かと……!」


 あまりの唐突さに初め鍾会は怪訝な顔を浮かべたが、すぐに胡烈の意図を理解すると、ニヤリと笑った。


「蜀軍に動きあり、ということだな? だが、兵からの報告では特に普段と様子に変わりはないとあった。貴様は何を見てそう判断した?」


「日が傾いてからこのかた姜維の姿が見えませぬ。奴は毎晩、自ら見張りの兵らに言葉をかけ、鼓舞していました。敵ながら何と立派な将かと、皆で感心していたものです。しかし今宵、見張りの兵らに声をかける者はない。恐らく既に姜維は関には居ないのではないかと」


「ふん、なるほどな。我らの目を欺くため関に幾人かの兵を残し、自らは既に退いたといったところか……。だが、日中の戦闘では奴の姿はあった。撤退したのが日が落ちてからであれば、まだそう遠くへは行っていないだろう。胡烈、寝ている者どもを叩き起こせ。これより剣門関へ総攻撃を開始する!」


 鍾会の言葉に胡烈は力強く応えると、すぐさま幕舎を出て戦の準備へと取り掛かった。

 幕舎内に1人残された鍾会は邪悪な笑みを浮かべる。


「待っていろ鄧艾。姜維の首を獲り、すぐに貴様に追いついてやる。そしていずれは……」


 その後に続く言葉は内に秘め、鍾会もまた幕舎を後にした。






 闇夜とはいえ魏軍は大軍、蜀軍はその動きをすぐさま察知した。

 僅かな兵ながら守りを固め、敵を待ち構える。

 指揮官・趙統は兵たちに告げた。


「ここに居る者は皆、姜維殿への恩義があるはずだ! 姜維殿がいなければ漢はとうの昔に滅んでいた! 姜維殿が居たから、我らはこうしてこの地に立っていられる! ならばこの命、姜維殿を守るため散らすのであればそれは本望というもの! 我ら肉の壁となりて、敵を阻むべし! 姜維殿より受けし多大なる恩義、果たすは今ぞ!」


 趙統の言葉に、鬨の声が上がる。

 絶望的な兵力差である。この場にいる誰もが己の死を予感していた。

 だが、死を恐れる者は誰ひとりとしていない。

 皆、趙統の言葉で覚悟は決まった。


「弓隊、構え! ……放て!」


 趙統の号令に合わせ、迫りくる魏軍へ一斉射撃が行われる。

 そして、これがそのまま戦闘開始の合図となった。

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