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西晋建国記 ~司馬一族の野望~  作者: よこじー
第3章 司馬子上、蜀漢を滅ぼす
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第97話「蜀漢征伐 ~その6~」

 それは戦いと呼ぶにはあまりに一方的であった。

 鄧艾の一喝で息を吹き返した魏軍は瞬く間に蜀軍を蹂躙、綿竹の地に血の川と屍の山を築き上げた。

 もはや蜀軍は軍としての形を保ってすらおらず、バラバラに逃げ惑う者らが次々と仕留められていくその様子は、さながら狩猟の標的となった動物のようであった。

 そんな中、蜀将・諸葛尚はいくつもの矢傷を受けながらも何とか馬を走らせ、戦場を離脱せんとしていた。


「おのれ、だから言ったのだ。野戦では我らに勝ち目などないと! そもそも父上が黄皓のような奸賊を野放しにしていたからこのようなことに……! いや、今更そのようなことを言っても詮無きことか……!」


 そんな恨み言を言っている間にも、配下の兵が1人、また1人と敵に射殺され、馬から転げ落ちていく。

 そして、ついに敵弓兵の放ったうちの1本が諸葛尚の乗る馬の尻を深く抉った。

 馬は大きく嘶き、その身体を激しく揺らす。


「うわっ……!」


 勢いよく振り落とされた諸葛尚は地面に身体を強く打ち付け、そのままぐったりと倒れた。

 全身に激痛がはしり、なかなか起き上がることが出来ない。


「ここまでか……!」


 諸葛尚が己の死を覚悟したその時であった。

 馬蹄を轟かせ、20騎ほどの騎兵が突如として姿を現すと、今まさに諸葛尚を襲わんとしていた魏の兵たちを瞬く間に斬り伏せた。

 予想外の援兵に初め諸葛尚は驚いたが、やがて騎兵の指揮官の顔を見ると、思わずその顔を綻ばせた。


黄崇(こうすう)殿……! 救援かたじけのうございます。ようやく味方の将に会うことが出来、安堵いたしました。ところで、父上や他の方々は何処に落ち伸びられたのか、黄崇殿はご存知でしょうか?」


 訊ねられた黄崇は顔を少し曇らせる。

 黄崇は下馬すると、やや逡巡したのち、諸葛尚からの質問に答えた。


「諸葛瞻殿は敵の猛攻を受け、壮絶な最期を遂げられました。近くに布陣していながら、救い出すこと叶わず……誠に申し訳ございませぬ。また、李球殿や張遵(ちょうじゅん)殿も討ち死にされたと報告を受けております。こうなってはもはや軍の再起は不可能かと……」


「そうか、父上は既にもう……。いやなに、黄崇殿の謝ることではございません。我が軍がこのような状況となったのは、そもそも父上が判断を誤ったからです。父上は一体何がしたかったのか……。まったく、愚かな人です」


 実の父の訃報に、諸葛尚は悲しみと同時に怒りの感情を覚えていた。

 さしたる策もなく勝ち目のない野戦を選択し、軍を壊滅させた。

 これを愚かと言わずして何と言うか。

 わなわなと震える諸葛尚の手。そこに黄崇が優しく己が手を重ねる。


「諸葛尚殿。諸葛瞻殿は深く後悔されていました。黄皓と誼を通じ、結果として国を傾けてしまったことを。恐らく諸葛瞻殿は、初めから死ぬつもりだったのです。もはや蜀漢の滅亡は避けられぬものと悟り、ならばせめて最後の意地を見せんと、華々しく散るため敢えて野戦を選ばれた。滅びゆく蜀漢にも確かに勇将は居たのだと、天下に示すために」


 黄崇に言われて諸葛尚はハッとした。

 何故、あれほどまで籠城策を拒んだのか。

 何故、総大将の身でありながら自ら前線に出たのか。

 ようやく合点がいき、諸葛尚はニッと笑みを浮かべる。


「ならば、その息子である私がいつまでも逃げ回っているわけにはいかないですね。私だけが生き延びては父の顔に泥を塗ることになってしまう。黄崇殿、其方も私とともに死んでくれますか?」


「愚問です。この黄崇、戦場で死ぬるは本望。我が父・黄権(こうけん)の最期に比べれば何と幸せなことか」


 覚悟を決めた2人は、それぞれ得物を天高く掲げた。

 諸葛尚が叫ぶ。


「漢の(つわもの)どもよ! まだ身体の動くものは我らに続け! これより敵将・鄧艾の首を狙う! ゆくぞ、突撃ィ!!!」


 その号令に、それまで地面に倒れていた者たちが何人も立ち上がった。

 片足を引きずる者。もはや目の見えていない者。肉が裂けて骨がむき出しになっている者。

 みな満身創痍、いつ死んでもおかしくない。

 しかし、それでもボロボロの身体を動かし、武器を取った。

 意地である。

 諸葛尚と黄崇を先頭に、50人ほどの兵たちが後ろに続いていく。

 目指すは魏将・鄧艾の陣。

 これが蜀軍の最後の抵抗であった。






 日が落ちはじめ、空が赤く染まり始めた頃、戦いもまた終わりを迎えた。

 夕日よりも赤く染まった大地、そこに転がる無数の骸。

 戦いは魏軍の圧勝に終わった。

 蜀軍最後の突撃もついに鄧艾に届くことはなく、諸葛尚と黄崇の両将もまた、首だけとなって鄧艾の陣へと運ばれた。

 首実検の際、鄧艾とともに2人の死に顔を見た鄧忠は感心したようにこう言った。


「なんとも満足気な顔……国は守りきれずとも武人としての意地は示した、といったところでしょうか。蜀にはもはや姜維の他に武人と呼べる者など残っていないと思っていましたが、なかなかどうして……」


 その言葉に、鄧艾もまた深く頷いた。






 こうして綿竹の戦いは幕を閉じた。

 綿竹関を抜かれてはもはや成都は丸裸も同然。将兵も数多失い、この期に及んで魏軍に対抗する術などあるはずもない。

 逃亡か、降伏か。あるいは城を枕に討ち死にか。

 蜀帝・劉禅は悩み抜いたすえ、ついにひとつの決断を下すのだった。

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