5通目:後輩の記念すべき勝利
from.ケイン
「超高空カブト割りゃあああづいっ!」
空高くから槍を振り下ろす後輩に火球を撃ち込む。
世界鍵の基本にして重要な機能は2つ。
エーテルと呼ばれるものを媒介に世界に干渉すること。
そして、異世界への〈門〉を開き、別の世界を観測すること。
その2つを応用することで、異世界にある有用なモノを引き込んだり写し取ることができる。その利用方法は様々だが、僕たちはこのアカデミーで『写し取る』ことを徹底して学んできた。
「スペシャルバーチカルスライドアだッ! あいたぁあああ!」
地面を滑るように高速で移動する後輩の進行方向に氷の棘を生やす。
異界相似体。異世界に存在する術者とほぼ同じ存在。もしその異界に術者が存在したならばそうなっていたであろう可能性の体現者。
その存在を観測して、何ができるか、どのようにしてそれができているのかを調べ、自分やその周囲の世界を書き換えることで再現する。他の世界に居るはずの自分にまつわる存在を参考にすることで、世界への干渉を最小限に抑え術者の負担を減らす術を構築する。僕たちはそうすることで、異世界の力や法則の恩恵を受けられるのだ。
これを、オーバーライドと呼ぶ。
「乱反射ピンボール殺ぽぉおおおぎゃあああああ!!」
真上から攻めてみたり地面スレスレを移動したり、空間を固めて足場を作り縦横無尽に飛び回ることで僕をかく乱しようとするラナだったが。結局のところ何処かのタイミングで槍を構えての突進が入るため、僕としてはそこを見極めて勢いを殺せる程度に迎撃すればいいのであった。
オーバーライドによりお互いの身体能力は同じくらいまで強化されていて、ラナの手札はそれに加えて空間に壁を作ることのようだ。それに対して僕は熱量の感知や操作に特化する構成にしている。目で追わずとも体温から大体の位置は補足できて、広範囲に攻撃できる僕とはぶっちゃけ相性が悪い。後輩の僕への挑戦は毎回終始こんな調子である。
この空間の中で無ければ包帯でミイラになれそうなくらいの回数迎撃したら、いよいよネタが尽きたらしい。僕の迎撃で真上に高く弾き飛ばされた槍を回収することも無く向かって来たので
「不屈の闘志を拳に込めて! マッハあああ」
「ぱーんち」
と。突進してきた後輩の頭を赤熱化した拳骨で叩き落とした。
当たり前だが、実際に音速に達していたわけでもない。殴りつける前に掛け声を出す悠長ぶりだ。いやその勢いは正直好みなんだが。叫んで強くなれるなら僕がとっくに試している。
「闘志は買うけども、もうちょっとこう工夫しろって。たしかに速いし、速度に振り回されてないのはいいけど。それだけじゃなあ…… 防御しながら飛び込める手段とか、飛び道具で牽制とか無いのか?」
「ぅう…… だって余裕が無いんだもん」
頭から湯気を出しつつぴくぴく震え頭を伏したまま声を上げる後輩。
同時に扱えるエーテルの量には個人差があり、オーバーライドの強度や多彩さはその量に大きく左右される。訓練で増強することもできるので、単純に修練が足りないとも言えるが、僕の1つ下の後輩としてはかなりのエーテル量を利用できているはずだ。敗因をそこにばかり求めるのはよろしくない。
「先輩はいいなぁズルいなぁ! 炎と氷が合わさって最強に見えるー!」
「マクスウェルの悪魔ってのがいてだな、低温と高温をセットで扱ったほうが都合の良い世界があるんだよ」
「そこにー、わたしはー、いまぁーすかぁー」
ゴロゴロ転がりながら調子っ外れに歌う後輩に溜息ひとつ。
「知らん。仮にその世界にお前の異界相似体が居ても、同じ法則を同じように利用できるとは限ら ン゛ッ!?」
オーバーライドの原理から言って、異世界とそこにいる自分のことを地道に調べていかないと、新しいことができるようにはならない。他人のものはせいぜい参考にしかならず、結局のところ地道に様々な世界に存在する自分の可能性を観測し続けることが上達の近道なのだ。
そんな説教じみた話を続けようとしていた僕の頭を衝撃が襲った。
ごず、という鈍い音と脳天を突き刺すような鋭い衝撃。痛みも重なって耐え切れず倒れ伏した僕のすぐ傍に、がらんと槍が転がり落ちる。間違いなく先ほどラナが使っていた槍だ。まさか。
「…………。 やったあああ! 先輩から一本取ったあぁあ!!」
さっきまで伏していた顔を上げ大喜びで跳び上がる後輩。
間違いない。この娘は、空中に飛ばされた槍の落下地点を、空間を弄ることで誘導したのだ。おそらく僕の頭上に先端に穴の空いた円錐状の壁を作ったのだろう。飛んだ槍はそこに引っ掛かって、やがてずり落ちて先端の穴から落下する……結構細かい操作を要求されそうな気がする。どうやら後輩は思ったよりも成長していたらしい。僕の意識を上に向けさせないように倒れたまま無駄話を振って槍が落ちてくるまでの時間を稼いだ、と見るのは穿ち過ぎだろうか。ともあれ。
「く、くそ。しょうもない手に……」
築き上げた黒星の山を乗り越えて昨日ようやく先輩から奪った白星。それがあっけなく後輩に奪い去られた。やっぱり気が抜けていたのだろうか。頭に槍をブッ刺したまま倒れつつ、自身の不覚を呪った。
「さっきの勝利のご褒美に制服の第2ボタンくださいっ!」
着替えを済ませて訓練棟を出ようとしていたら、ラナに捕まってそんな事を言われる。
「なんか納得し難いものを感じるけど……まあいいか。どうせもう着ないだろうし。上から2番目のボタンのことか?」
気軽に返事をすると、何が気に入らなかったのか。怒っているような哀れんでいるような、なんとも判断のつかない微妙な表情をされた。
「な、なんだ一体」
「……いえ、いいんです。ちょっと待ってくださいハサミ出しますから」
「そんな面倒な事しなくても千切れば」
グーで殴られた。なんでだ。さっきの仕返しか。
結局、胸元に張り付いた後輩は丁寧に糸を切ってボタンを取っていった。裏ボタン式ならこんな手間も無いのに、などと言っているがどういうことだろう。
「なんで色んな異世界を覗いてるのにこういうことは知らないんですか」
「スマン。何か意味があるのか?」
「いいですよーだ。後で調べて泣きを見るがいいのです。ほら、先輩のところへ行くんでしょう?」
はやく行った行った、とばかりに背中を押し出してくる後輩に見送られて、先ほど歩いた道を戻って校舎のほうへ歩いて行く。
日は傾いて徐々に赤色を帯びていく。先ほどまでの喧騒が嘘のように人影がまばらになった運動場を横断する並木道を進む。結局さっきのは何だったのだろう。今日の大一番が終わっても覚えていたら、調べてみるのも良いかもしれない。
その直前まで、そんな事を考えていた。
(警告。高速移動する物体を感知。回避してください)
危険を感知した際などに世界鍵が使用者の脳に送る高速圧縮通知が頭痛を引き起こすのと、木陰から伸びた剣の切っ先が視界に入ったのは同時だった。