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スターゲイザー 閉じた世界の来訪者  作者: Reverse.txt
1冊目:ハロー・ワールド
5/224

4通目:卒業の日

from.ケイン

卒業式が終わり、校舎を出て先に有る大樹を目指して歩いていると視線を感じた。振り向くと廊下の窓から外を見ていたあの子と目が合ったので、即座に走り出したが。


『背後で法則変換を検知。注意してください』


世界鍵からの警告を受けてジャスト一秒。いつも通り尋常でない速さで背後に迫った靴音に観念して僕は振り向く。後に土煙を残して、あやしい笑みを浮かべ僕の肩に手を置くその子に悪態をつく。本当にいつも通りだ。


「お前、廊下は走るなというのに」


「フフフ、つーかまーえたー。この〈オーバーラン〉をそう簡単に撒けるとは思わないことねケイ先輩っ! 窓から飛び降りるくらい朝飯前よっ!」


この喧しい子はラナ・ワイエス。クラスメイトの妹で、何かと付きまとってくる。


「4階から飛び降りるとか余計酷いわ。つまらないことに世界鍵を使うなよ、また校長に捕まって無駄にしたエーテル支払わされるぞ」


「大丈夫、今日は校長凄く機嫌イイの。なんでかしんないけど」


それは卒業生に最後に見せるのがしかめっ面になるのが嫌なだけじゃないのか。そう言おうとして思い止まる。この子が今日一日お叱りを受けないと判断した時、この祝うべき日に何をするか。〈オーバーラン(行きすぎ)〉の渾名は伊達ではない。本人はカッコイイ渾名くらいにしか思ってないあたりもう付ける薬も無い。


「ねぇ、帰る前に一試合付き合ってよ」


「このハレの日に汗かけってか。お前の兄貴に頼めよ」


「保健室に行くんだって終わるなりトんでっちゃった」


ああ。そういえば、愛しの人に最後のチャレンジをどうたらこうたら言ってたっけ。シヅル先生の仕事は今日も言い寄る生徒をあしらうことか。まあお互い楽しそうだからいいけど。

……今日この日ばかりは、僕も人のことは言えないし。


「しょうがないな、じゃあ行くか。先輩、生徒会の引継ぎにまだかかるらしいからテキトーに時間潰すつもりだったし」


「え。まだ挑戦するつもりなの? どっちみち汗かく気あるんじゃん。てか無理だってホナミ先輩に勝つのは」


僕が最後の挑戦をするつもりだと思っているのだろう。哀れみの目を向けるラナに、目一杯嬉しそうな顔にブイサイン付きで応えてやる。


「昨日勝った」


「え?」


「初勝利」


「……うそ。本当に?」


うははははと笑う僕。それでか、とか呟いているラナを横目に運動場を見やる。大樹と、それをぐるりと囲む校舎の間に設けられた広いスペースを縦横無尽に使って、平日ほどではないにせよ少なくない生徒たちが様々な活動に精を出している。


獣毛に覆われた野太い足から生まれたシュートを、翼を広げ高空から滑り込んだ選手ががっしと受け止める。機械の四肢で遠くまで投げ込まれるボール目掛けて砂煙を上げて走る選手たちは、様々な面相をしているが皆一様に筋骨隆々だ。獣人族も、一時的に獣化している者も、純人族もいっしょくたで砂塵にまみれての徒競走。


道端では大量の犬猫に囲まれた少年が、鳥のような頭をした学生服姿と笑っている。犬猫も一緒になって鳴いているのは恐らく少年が通訳しているのだろう。どうやらエサの良し悪しが話題らしいが、鳥頭の弁にはやたら熱が入っていた。まさか同じものを食べるのだろうか。鳥人族がドッグフードを食べても別に文句は無いが、ちゃんと消化できるのだろうか。純人族の食事が食べられるのならたぶんイケるのだろうが。


体育館では今日もまた、友人である鬼族の少年が半霊相手に柔道の真髄とやらを叩き込まれているのだろう。いくら怪力を誇ろうと、襟を掴んでも掴んでもすり抜けられるのでは勝負になるまい。柔道では反則だと思うのだが、友人は何かやりようはあるはずだといって聞かない。負けず嫌いなのだ。ラナに誘われなければ、その姿を笑いに行くのも良かったかもしれない。


――旧世界の人類が見れば、まさにデタラメ。フィクションの世界と評しただろうこの光景こそが、異世界群利用技術の学び舎たるこの『ユグドラシル・アカデミー』の日常である。樹齢何千年だかという世界樹を囲むように築かれたこの学園の中で、様々な種族が異なる世界の理を利用する術を学んでいる。


世界の法則を自らの力で歪めることで、巨大な体躯を維持している世界樹の日陰には、世界樹を介して様々な恩恵を得るための施設がある。僕たちが入った訓練棟もそのひとつだ。


「じゃ、いつものレギュレーションでいいな」


「ばっちりよー! どんとこーい!」


制服から動き易い体操着に着替えて殺風景な大部屋の一つに入ると、世界鍵を解して部屋に施されたシステムへ命令を送る。


『受理されました。展開者はケイン・マックスウェルおよびラナ・ワイエスの2名。仮想戦闘空間、ならびにオーバーライドの展開準備が完了しました。同調を開始してください』


アナウンスが響く。部屋に備えられたシステムの補助を受けて、僕たちはこの部屋の中に都合の良い世界を作り出す。己の出来ること全てを気兼ねなく試すことの出来る、どんな事をしてもお互いが傷つかない世界を。輝きの中から現われた、二人で作り出した柔らかな日の照らす美しい草原のなかで。


「ぬぉおりゃぁあー!!」


瞬く間に無から作り上げた身の丈を越える大槍を振りかざし、オーバーライドの負荷を全く感じさせない可愛らしい雄叫びを上げて突進してくるラナへ向けて、自分も周囲空間を改変して精製した人の頭ほどもある火球を容赦無く投げつけた。うん。いくら試合でも手加減は良くないよな。

それに、僕はこれから重大なミッションを控えているのだ。目標を達成してどこか気が抜けていた気もするし、ここらで一発気合を入れておかないと。可愛い後輩には悪いが僕のテンションを上げる踏み台になってもらうとしよう。

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