part1-3
模擬戦は5組の勝利数が多いという事で5組の勝利で終わった。そして今は学院内の案内をして貰っている。
此処は何室だの説明してくれているみたいだが、雪はそれを聞かずに持って来ていたメモ帳に簡易の地図を書いて何処に何室があるかを記して行った。
「貴方、優等生…?」
紫音が呆れた様な声で呟く
「いや、ただ構造覚えとかないと審判長が怖そうだから」
特に何も言われていないが、これから先絶対に魔導会関係で校内をうろつく事が多くなるだろうと思い早めに覚えとこうとメモを取っているのだ。
その後も色々紫音に突っ込まれながらも校内案内を終え、雪は教室に戻ってきていた。見取り図は完成している。
今は九十九が教壇に立ち、校則についての説明をしている。その辺は生徒手帳に全て記載されているので雪は聞き流していた。
「それじゃあ、今日の日程終了。 解散していいよ」
『なんと大雑把な…』
そう言いつつもクラスメイト達は新しく出来た友達と共に下校を始める。
雪は魔導会に顔を出さなければいけない(気がする)ので早々に教室から出て行こうとしたところで、紫音に制服の袖を掴まれる。
「…? どうかした?」
「貴方は、魔導会の一員…だっけ」
「一応、そうだけど」
「そう。 …ねぇ、もし私が困っていたら、助けてくれる?」
唐突な質問に雪は疑問を感じる。何故急にこんな質問をしてきたのだろう、魔導会と何か関係があるんだろうか、と言った疑問だ。
だが、今はそれを考えている時では無い、質問に答えなければと思い雪は返答する。
「今日みたいにペア組むとか僕の出来る範囲なら助ける…というか手伝うよの方が合ってるか」
「…ん」
紫音が小指を差し出してくる。
「ん?」
雪は意図が読めずに首を傾げる。
「…ん!」
「あぁっ」
少々強引に小指を絡めて来てようやく解った雪。紫音は指切りをしたかったのだ。
「指切りげんまん、嘘付いたら--『槍千本突き刺す』」
「怖いっ!」
「指切った。約束、破らないでね」
そう呟いて、紫音は魔導書を抱えて教室から出て行った。
何だったんだろう、と思いながらも雪は魔導会室を目指す。何処を通れば最短で辿り着くかなどはメモ帳の見取り図にしっかりと書きこんである。
「失礼します」
魔導会室の中にはすでに瑠夏と夕と湯野が揃っていた。夕と湯野の補佐もいる。
「あ、着てくれたんだ。 伝え忘れてたから放送入れようかと思ってた所だよ」
ホッとした感じで瑠夏が声を掛けてくる。
「あんまり目立ちたくないんで放送は控えて貰えると嬉しいんですが」
「そう言われるとしたくなるなぁ…」
「…まぁ、好きにすればいいですけど。 で、なんでこの部屋の空気こんなに張りつめてるんですか?」
「あ、やっぱり解る?」
「はい。 夕先輩と湯野先輩を見れば何となく」
『また俺 (私)達で見抜かれた!?』
心底驚いた様な顔をする夕と湯野。それを見た瑠夏が笑いながら答える。
「白石君。 この2人は2人なりにこの空気を隠そうとしてるんだから、指摘しちゃダメだよ」
『暗に酷い事言われた気がする…!』
「気のせい気のせい。 で、まぁどうせ君にも話をするから気付いて貰っていいんだけどね」
「何かあったんですか? まるで僕の親が病死した時の僕が醸し出していたみたいな空気がありましたが」
「その例えはどうかと思うのですが…」
「で、この空気の発端の話なんだけど…」
湯野の突っ込みをスルーして瑠夏が説明を始める。
「最近、学院内で酷く生命力を消耗して意識を失ってる子が続出してるんだよ」
「意識を失うレベルと言えば--」
「この前の君が良い例だね」
あの時の雪は生命力の9割を消耗し、意識を失ってしまった。
そのレベルで生命力を消耗し、意識を失っている生徒が続出しているらしい。恐らくというか100%自分で消費している訳ではないだろう。自殺をしたければ町を出て魔物に殺される方が早い。
つまり--
「誰かの犯行ですかね」
「そう。 意識を失ってた子達に聞いた結果、『黒いローブを着てフードを目深に被った奴に無理矢理奪われた』って言ってた」
「『生命吸収魔法』ですか。 あれは対人で使うのは禁止されてるはずですが…」
「それを破ってやってるんだろうね。 これは罰せられる事だよ」
瑠夏の声はいつも通りだが、その目はいつも以上に真剣だった。
「どのくらいの人数が意識不明になってたんですか?」
雪は詳細を知るために質問を重ねる。
「20人以上だね」
「20人以上…。 多いな…」
メモを取りながら呟く。
瑠夏はメモを取る雪の姿に感心していた。「白石君を補佐にしてよかった」と心の中で思ってしまう瑠夏だった。
「襲われた人の性格とか場所に共通とかあります?」
「性格は全くバラバラ。 場所は--魔導会室が無い方の旧校舎の方」
「明らかに目を付けられるのを嫌って犯行している感じか…」
「目に付かない場所でやってたら、そこに監視の目が行くことを理解してるみたいだけどな」
「旧校舎で張り込みをしていてもそれっぽい人は見つかりませんでしたしね」
話を聞きながらもメモを取り続け、一通り書いた所で顔を上げる。
「で、これからどうするんですか?」
「取り敢えず、放課後は見周りかな」
「ふむ…。 まさか8人で集団行動する訳じゃないですよね?」
「うん、長と補佐のペアで行くよ。 私は李世ちゃんと組む気だけど…大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
元気良く返事をする李世。
「んじゃ、俺は遊呂で良いかな」
「よろしくお願いします」
「私は緋呂、かな。 どっちかというと遠距離の方が得意だし…」
湯野の言う遠距離とは『移動する突き』の事である。雪は確かに7対1で戦った時のあの突きは鋭かったな、と思いだす。
「で、僕はえーと…」
「夜羅よ。 あの時最初に戦った魔弓使い」
「覚えました。 夜羅…先輩?」
「えぇ。 私は2年だから一応先輩よ」
「了解です、夜羅先輩。 よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「…挨拶終わったかな?」
夜羅とのあいさつを終えた所を見計らって瑠夏が声を掛けてくる。それに軽く頷いて答える。
「それじゃ、これから見周りの担当を説明するね。 まず、夕と湯野の所は新校舎を見張って。 相手は頭が回るみたいだから今度はそっちに行くかもしれないし。 白石君は、私のとこと一緒に旧校舎。 何階を担当するとかは各自の所で決めて」
そう言った後、瑠夏は審判長の机の中から一枚のカードを取り出す。
「白石君。 これ」
「あ、抜刀許可免許。 判定は合格なんですか?」
「あれで不合格だったレベル高すぎだわ…」
呆れた様に夜羅がぼやく。
それとほぼ同時に担当が決まったのか、相談する声が無くなる。それを確認した瑠夏が真剣な顔で告げる。
「それじゃ、行くよ」
『はい!』
* * *
ほぼ同時刻。図書室に1つの影があった。
「……う、ぁ」
その影は苦しげに呻き、胸を抑える。その顔は黒いフードに隠れていて解らない。
「ほ、しい…。 もっと、欲しい…!」
黒いローブの中から魔導書を取り出す。その魔導書は生命吸収能力に長けた魔導書だった。吸収した生命力を無制限にため込んでそれを自分で使用できるという強力な効力を持つ非常に強力な魔導書でもあった。
だが、その効力の反動として、使用者の身体が酷く生命力、つまり『命』を求めてしまう。
「強い、命が…。 強い、人の命が……」
うわ言の様に呟いて立ちあがる。魔導書を開き、自身の気配を薄くする魔法を使用し、黒フードはその場を後にした。
* * *
「…? ねぇ、今気のせいか呻き声が聞こえなかった?」
「図書室の方ですね」
「だよね。 李世と夜羅は図書室が見える新校舎の部屋に行って攻撃準備。 その際、新校舎見周り組に合流できたらする事!」
『了解!』
「白石君は一緒に!」
「了解しましたよっと」
近くの階段で李世、夜羅と別れて雪と瑠夏は上の階を目指す。
「…っ」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫…だけど、この魔法は…」
「音響ですかね。 耳栓魔法した方が良いかもしれませんが…」
「私たちなら--」
雪は柄に手を掛け生命力を流し、一気に引き抜く。それと同時に瑠夏も生命力を流し込み、思い切り一閃。『移動する斬撃』は飛ばず、代わりにバンッという凄まじい音が鳴る。
「振動する空気を押し返せば音響は届かないですもんね」
「その通り」
「しかし、こっちに音響が来たって事は…」
「バレてる…どころか狙われちゃってるね」
「狙われるのは良いんですけど、これ校舎に被害出たらどうするんですか?」
「全部個人負担だよ」
その言葉に雪は絶対に校舎を破壊しないようにしようと心に誓った。
音響を消しながらも廊下を進むと人影が見えた。音響の出所はそこだと気付いた2人は少し距離を開けて止まった。
「………」
黒いフードに黒いローブ。瑠夏の知っている情報とほぼ一致している、が、思ったよりも背が低い。その黒フードがローブの中から魔導書を取り出す。
「吸収魔法用の魔導書…。 それも吸収の衝動が湧いて来る反動付きの奴か…」
「ん? て言う事は…」
「多分、あの人やりたくてやってるんじゃないと思います」
「なら、攻撃しにくいかな…」
「でも相手は容赦なく来ますよ」
「だね…っ!」
飛来する雷を避けつつ接近を試みる。しかし、後少しという所で氷の障壁を作り出して接近を許さない。
「あの魔導書なんとかしないと半永久的に魔法撃たれますね」
「なんとか相手が落ち着いてくれればいいんだけど…」
「……一つだけありますね」
「奇遇だね。 私も一つだけ思い付いたよ。 だけど、ダメ」
「まぁ、そう言うと思ってましたよ。 じゃあ最終手段という事で…!」
身体強化からの音速行動。音を置き去りにする程の速度で氷の障壁に向かって斬撃を放つ。
「…!」
氷の障壁が崩され、驚愕の気配を漏らす黒フード。同時に氷と雷の2種類の槍を生成し、雪に向けて飛ばす。
それが、間違いだった。
「私がいる事、忘れないでよ…!」
「しまっ--」
「…!?」
その声を聞いた雪は目を見開く。だが、何も言わなかった。その名前口に出せば最悪の事が起こりかねないからだ。
そして、その瞬間に雪は油断していた。だから、自分の背後に転移で逃げて来た黒フードに対応できずに捕まってしまう。
「白石君!」
「ごめん…!」
瑠夏の悲鳴と黒フードの謝罪が聞こえたが、雪は生命力を一気に吸い上げられ意識が遠のく。瑠夏も雪が捕まっているせいで攻めあぐねている。
「後で、ちゃんと謝るから…」
「……」
雪にだけ聞こえる声で呟いて、黒フード--紫音は雪を離して転移を使い逃げた。
「白石君、大丈夫!?」
「え、ぇ…。 大丈夫、ですよ…」
「何処が大丈夫なの…! あの子、取り敢えず捕まえないと…」
「…あぁ、それこそ、大丈夫です」
「…? どういう事?」
瑠夏はもっともな疑問をぶつける。それに対して雪はいたずらっぽく笑って告げる。
「秘密、です、よ……」
「え、ちょっと白石君しっかりして。 って、冷たっ…」
雪の体温は、冬場に外から帰って来た時の手の温度と似たり寄ったりの体温になっていた。
その後、瑠夏は意識を失った雪を保健室に運びこんだ。
(なんか、白石君って生命力消耗して保健室に運ばれること多いなぁ…)
雪を寝かせ、校内に散らばっているはずの魔導会員を集めるために瑠夏は保健室を後にした。
「………」
雪だけがいる保健室に新たな人影が現れる。紫音だ。
「雪…」
生命力を吸って現在は落ち着いている紫音は吸収魔法用の魔導書を開いてそこに溜まっている生命力を雪に分け与える。吸いたい衝動と魔導書の生命力は特に関係が無いので問題ない。
「…うっ」
「雪、ごめんね」
「穂坂、さん…?」
「うん。 また、やっちゃったな…」
「その衝動はどのくらいのペースで起こってる?」
「吸ってから、丁度24時間後くらい」
つまり、放課後にはこの衝動が起きてしまうという事だ。
「…それは、誰でもいいのか?」
「…強い、生命力の方が衝動は治まり易い」
「……例を上げるとしたら?」
「貴方や、魔導審判長」
「…じゃあ、僕から吸っても良いからもう放課後に事件起こすの止めてくれる?」
「…良いの?」
少し驚いた様子の紫音。雪の考えが読めないのだろうか。
「一応、約束したしね…」
「約束…、あっ」
そう。雪は『自分の出来る範囲なら助ける』と言う約束を紫音としていたのだ。
それを思い出した紫音は戸惑った様に視線を右往左往させ、最後に雪を見つめる。
「後悔しても、知らないから…」
「約束破って後悔するよりマシだと思うんだけど…」
「…そう。 なら、まず他人じゃなくなるから他人行儀な呼び方は止めて」
「…? 穂坂さんって言うのを?」
「そう。 紫音で良い」
私も雪って呼んでるから、と付け加えそっぽを向く紫音。
「解った、紫音」
「…うん」
恥ずかしそうに眼を逸らす紫音。だが、直ぐに魔導会員の気配を感じ取って顔を上げる。
「私、もう行く」
「また明日」
「ん、また明日」
紫音は空気に溶ける様に消えた。それと同時に保健室の扉が開く。
「…!? あ、あれ、白石君なんで起きてるの…!?」
「起きてたら何かあるんですか?」
「いや、でも--あれ、暖かい」
瑠夏が雪に近づいて体温を確認した所、先ほどとは大違いで驚いている。
時期にどういう事か気付いた様で、落ち着きを取り戻した。
「さっきの子?」
「どうでしょ--痛い痛い!」
「補佐の分際で、私に隠し事しないの…!」
「いや、黙秘権という物が!」
「そんなの、知らない。 さぁ、吐けぇ!」
「ちょ、それは不味--ゲフッ」
折角意識を取り戻した雪だったが、再び瑠夏によって沈められてしまった。