part2-3
「契約者、私は一旦貴方の傍から離れます」
家に帰って部屋の移動の為に必要なものをまとめている時に雪之血が人型になりそんな事を言った。
余りにも急な申し出だったため、少し雪は面食らっていた。
「別にいいけど、僕をどうこうするって言ってたのは――」
「その為に一旦離れるんです。 貴方は私が戻ってくるまでこの家の人達と平和に暮らしていてください」
「雪之血は? 」
「情報収集です。 恐らく時間は掛かりませんが、私が戻ってきた時には出て貰います。 では」
言う事だけ言って彼女は窓から飛び出していった。雪が止める間もなかった。
* * *
ラルゲットの廃墟区の建物。そこに一人の少女がいた。ベルトに吊っている2本のジャマダハルと呼ばれる刀剣の一種である武器がボロボロのカーテンの隙間から差し込む日光に照らされて不気味な輝きを帯びる。
そこに、一人の巨漢が現れる。その目に生気は無く、意思すら感じられない。
「主、魔導軍が動いた様です」
「情報収集お疲れ様。 もう帰ってくれても構わないよ」
「はっ」
巨漢は建物から出て行き、近くの廃墟に消えた。
建物に残された少女は窓に歩み寄り、そこから暖かな雰囲気のする廃墟区の向こうにある町並に目を向ける。事実、そこには暖かさがあった。
少女は忌々しそうに舌打ちをして建物から出ていく。決して『ラルゲットの町』として定義されている場所には入らない様にしながら散歩をする。
この廃墟区は少女にとってとても良い場所だった。誰も訪れないし、何よりも町の中にありながら町として認識されていない場所だからだ。偶に招かれざる客が訪れることがあるが、そんなもの追い返してしまえば良い話だ。それが軍等の組織であれば殺す。使えそうであれば支配する。そして自分の駒として使う。この廃墟にいる人間達は皆彼女の支配を受けた者達だけだ。
「今度は誰だい? 」
「よお、アンタが最近禁術使ってる奴? 」
そう言って現れたのは身軽そうな装備をした男。腰には缶を3つ三角状に並べた感じのポーチが4つ。手には銃槍が握られている。
「そうだよ。 何の様かな」
「ちょっとおとなしくしてもらえると嬉しいんだが。 魔導軍全員を動かすのが面倒でな」
「帰ってくれるかい? 」
「そりゃ残念」
そう呟き、穂先を少女に向け引き金を引く。穂先にあった銃口から巨大な弾が放たれ、少女を射抜く――前に、少女が腰に吊っていたジャマダハル1本を引き抜いて叩き切る。少し意外だったのか、銃槍を持った男が目を見開いている。
「珍しいな、魔装じゃない武器を持ってる奴なんざ…」
「キミが持っているそれだって、魔装ではないだろう? 魔装なのはその弾だけだ」
「うお、そこまで見抜かれたのは初めてだわ…」
心底意外そうに驚く男。確かに彼女の言う通り、この男が使っているのは通常の銃槍だ。そして、そこに装填されているのが『魔弾』と呼ばれる魔装だ。
魔弾には、予め生命力を込めて発射する媒体に装填する。そこから打ち出すことによって効力を発揮させる魔装だ。
メリットは様々なものに変化させる事ができる。例を挙げると爆発させる弾にしたり、恐ろしく鋭い弾にしたり、だ。
デメリットは魔装では打ち出せないということ。何かを打ち出す魔装は皆独自の生命力を持っており、弾の生命力と干渉しあい、ただの弾と化してしまう。
「なるほどな。 アンタの強さは大体解ったよ。 今回は引く」
「出来ればもう干渉しないで欲しいな」
「それは無理だな」
「なら今殺すよ」
瞬時に距離を詰めジャマダハルを突き出す――前に、男が地面に向かって閃光弾を放つ。
咄嗟にジャマダハルを投げ捨て、両手で耳を塞ぎ目を瞑る。瞼越しでも凄まじい閃光が目を焼いてくる。
それが収まった頃にはあの男はいなかった。
「チッ、逃がしてしまった」
視界がはっきりとしない。目を閉じていたというのに、閃光に目がやられてしまったのだ。先程投げ捨てたジャマダハルを腰に吊り直して目が回復するまでその場で待機する。
「面倒そうな男はさっさと始末しないとね」
支配している人間に命令を出す。例え声の届かない場所にいたとしても支配という線を通して命じることができる。
「『魔導軍の襲撃を警戒』」
その命令を受け取った支配化にいる人間は廃墟の防衛を固め始める。
「さてと、死ぬ程嫌だけど町に行こうか」
少女の目的の1つである謎の魔法を使う少年の支配及び、その魔法についての解析。
わざわざ支配するのは戦闘という面倒事を避けるためだ。魔法については、この町全体を支配するのに使うためだ。
少女にはあの魔法がどういったものかは大体理解できていた。だが、どういった想いがあれば発動するのかは解らない。だから捉え、支配し、聞き出す。そして、いずれはこの町を支配する。
「情報は? ――そうかい。 キミも廃墟区の防衛に回ってくれ」
少女は部下から情報を受け取り、命令を下す。そして、自身は町へと歩みを進める。廃墟区と町を分ける川。そこから先は彼女の嫌いな暖かくて平和な気配を感じる。それを崩したくて仕方が無い――が、下手なことをすると面倒事が増えるので大人しくすることにした。
「白石雪、もしくはシラユキ。 キミは今何処にいる? 」
不気味な笑みを浮かべ、川を飛び越すと町の中へと消えていった。
* * *
雪はとても居心地の悪い部屋にいた。右に瑠夏、左に紫音と言う厳重なボディーガードが一緒にいるせいだ。
「あの、ちょっと空気入れ替えたり……」
「「ダメ」」
「なら、外の空気を吸ってきたり……」
「「同行する」」
「…………」
なんだかもう嫌になって来た雪である。
ちなみに何度も何度も二人の目を盗んで抜け出そうとは試みているのだが、一度として上手く行っていない。肉体的には大丈夫だが、精神的やられてきている雪だった。
(何とかして二人の意識を逸らす方法は……)
最悪雪之血が飛び込んできたりすればこの場からの離脱は可能だろうが、その可能性は低かった。もういっその事禁術を使っている奴が近くに現れれば良いのに、なんて思ってしまう。
その時、魔導軍から渡されていた端末に連絡が入る。雪は即座に反応し、それを確認する。
『禁術使いが町に出たらしい。 警戒をするように』
「まじか…」
「何があったの?」
「禁術使いが出たらしい」
「っ…。 雪君、君は私の傍に。 紫音ちゃんは――」
「行って来る…!」
雪の傍にあった端末を手に取り、窓を開いてそこから飛び出そうとする紫音。幾ら2人に監視され息が詰まっていたとしても、雪は紫音を案じて声を上げる。
「精神干渉の魔法を張っとくんだ!」
「解ってる。 行って来ます」
窓枠を強く蹴り付け、紫音は警報が鳴り始めた町の中へと消えて行った。
それを見届けた瑠夏は魔刀を手に取り、雪を連れて一階へと向かう。
「雪君、鬱陶しいかもしれないけど、君を私に守らせて」
「鬱陶しくは無いですよ。 寧ろ迷惑かけてすみません」
「気にしないで。 私が君を守りたいだけだから」
薄く微笑み、瑠夏は自分の想いを雪に告げる。それを聞いて雪は今までの『息の詰まる』と思っていたことを恥じた。彼女達は純粋に心配し、家族を失いたくなかっただけだと、解ったから。
「瑠夏先輩。 あの時僕を指した奴のことなんですが」
「何か、解ったの?」
「解ったというか、知ってました」
そこまで告げると、瑠夏の瞳が真剣みを帯びる。
「あれは僕の魔刀です」
「……えっ?」
「雪之血です」
「っ、その魔刀は今――」
「情報収集とか言ってどっかに行きました」
少しほっとした様子の瑠夏。だが、それは直ぐに強張る事になる。
「此処まで言ってから言うのもあれですが、出来れば皆に言わないでくれると嬉しいです」
「……どうして?」
その声には真剣を通り越した、殺気が含まれていた。
「僕も、皆の血を見たくない……」
「あ、そう、か……」
瑠夏は雪之血と戦ったことがある。だからこそ、雪の言っていることが理解できた。
雪は申し訳なさそうな顔をして再度口を開く。
「すみません、勝手なことを言って」
「うぅん、それは良いよ。 雪君の気持ち、解るから」
やはり薄く微笑んだ瑠夏は、雪の手を取ってその瞳を覗き込む。それに、少し照れたように目を逸らす雪。若干、空気が和らいだ瞬間――近くで大爆発が起こった。
「っ!?」
「まさか、この近くに!?」
雪之血がいない今、雪は通常の魔刀で戦わなければいけない。
「雪君、此処を離れよう」
「解りました」
2人は常に近くに置いてあった魔刀を手に取り、家から飛び出す。そして目指すのは町の外。魔導軍本部がある方向へと向かって走る。
その途中――
「見つけたよ」
そんな呟きが聞こえた。咄嗟に聞こえてきた方向に移動する斬撃を放つ――が、闇に走った二閃がそれを切り裂く。
瑠夏も雪の攻撃に気付き、便乗し音速の移動する突きを放つが、それすらもはじかれる音が聞こえた。
「キミがシラユキ、いや白石雪かい?」
「いや、違うけど?」
「あれ、可笑しいな。 こっちにいると聞いたんだけど」
「あっちに行ったぞ」
「そうかい、それはどうも親切に――って、騙せると思うかい?」
小首を傾げながらジャマダハルを2本装備した少女が問いかけてくる。
「いや、無理だろ」
「解ってて何よりだ。 ところで、『ぼくの物にならないかい?』」
「断る」
「おや、『支配』を無効化したってことは、もう伝わってるんだね」
ケラケラと笑いながら口を開く少女。その笑い声が途切れると同時に、その姿が掻き消えた。次の瞬間には、雪の背後で金属音が鳴り響く。
「っ!」
「おや? 防がれるとは思わなかったんだけど」
「雪君、逃げて!」
「何言ってるんですか!?」
雪は逃げ出せなかった。自分を守ると言ってくれた人を置いて行くなんて、したくなかった。
「雪君、今度こそ、守らせて」
「っ、死なないでくださいね」
雪は振り返らずに走り出した。
「ふふっ、キミもなかなか……」
「生憎、私には支配は聞かないよ」
「そうだろうね。 でも、キミ1人程度――」
「1人じゃ、ない……!」
「おぉっと?」
飛来した闇の槍を左手のジャマダハルで思い切り弾き飛ばす。投げたのは勿論、紫音だ。
「紫音ちゃん、ナイスタイミング」
「2人なら、行ける。 雪を支配しようとしたこと、許さない」
手元に槍を生成し、構える紫音。それに倣う様に魔刀を構え、『命刀』を使用し、2本目の刀を作り出し、構える瑠夏。
「行くよ……!」
「ふふ、おいでよ。 彼の仲間さん?」
その言葉が終わる前に瑠夏と紫音は同時に地面を蹴り、支配使いに挑みかかっていった。




